(6) ペテン師


 事務所に戻った優真は、事務机で書類の整理をしている英の前に立ち、机に手を打ち下ろした。


「てめえ、なに考えていやがる」

「帰ってきて早々、ただいまもなしに怖いよ。どうしたんだい、優真」

「あん? そんなの言わなくても分かってんだろ?」

「いやいや。僕はテレパシー能力なんて持ってないんだから、口惜しいけどわからないんだよ。子供の考えていることや思っていることを察してあげるのも親の務めだとは思っているのだけど、僕にはいま、君が怒っていることしかわからないよ」


 書類を机の上に置き、やれやれと英が肩の上で掌を広げる。

 その仕草に込み上げてくる怒りを飲み込み、優真は「あー」と声を吐きだしてから、続ける。


「バトルトーナメントのことだ。どうせお前が手回ししたんだろ? やっぱり、あの学園と繋がりでも持ってんのか?」

「バトルトーナメント? なんのことだい?」

「しらばくれてんじゃねぇぞ。幻想祭で行われる、能力お披露目パーディーのようなものじゃねぇか」

「へぇ。そんなのがあるんだ。面白そうだね。僕も出たいなぁ」


 あはは、と笑う英の赤い瞳を、優真は黄色の混じった白い瞳で睨みつける。


「馬鹿言ってんじゃねぇよ。どうせ知ってたんだろ。お前が、根回しして、俺をトーナメントに出場するよう仕向けたくせに」

「ほうほう。その楽しそうなパーティーに、優真も出場するのかい? 幻想祭って、そうか、文化祭のことか。それは楽しみだね。僕も一応親だから、見に行こうかなぁ」

「だから、何をしらばくれてんだって、オレは訊いてるんだけど?」

「……もしかして、君が出場することになったのは、僕が企んだことだとでも思っている?」

「さっきからそう言ってる」

「よしてよ。僕はそんなことしていない。第一僕は、バトルトーナメントがあることいま知ったんだ。その僕が、どうやって君がバトルトーナメントに出るように根回しできるって言うんだい?」

「いま、あんたが知ったって証拠はない。あんたのことだから、俺に何かさせようとしているんだろ」

「……ああ。悲しいな。まさか父さんの言葉を信じてくれない子に育っちゃったなんて……」

「あんたは俺のおやじじゃない! 家族面するんじゃねーよ!」

「パパ、って呼んでよ」

「ふざけんな、ハゲ」

「やっぱり? 僕のこの金髪地毛なんだけどさ、ちゃんと手入れしてあげないと優真の髪の毛みたいにボサボサになっちゃうんだよ。脱色しているわけでも染めているわけでもないけど、もしかしたら僕、将来的に禿げちゃうかもしれないかなと思っていたんだよね。あ、でも優真と同じ髪質だとしたら、優真も将来禿げるかもしれないよ。よし、将来のためにいまから二人で増毛体験に行こうか」

「殴るぞ」


 静かな目で優真は拳を構える。

 英は両手を上げて抗議した。


「ごめん。冗談だよ。ああ。何で本当に冗談の通じない子におっと」


 向かってきた拳をすれすれで避けて、英は足で床を蹴り回転椅子をくるっとさせながら後ろに下がる。


「怖いなぁ」

「話がそれてんだよ。あんたの言っていることなんて、一ミリも信じられねぇ」

「どうしたら僕の言葉を信じてもらえるんだろうね。これじゃ、まるで僕はピエロみたいだ」

「ペテン師みたいなものだろ」

「僕は探偵だよ。ペテンで人を騙したりなんてしない。ジョークは好きだけれどね。それでも嘘はつかないよ。真実を言えなきゃ、探偵失格だ。僕は探偵であることに誇りを持っている。だから嘘は言わないんだよ、優真。僕が言ったことは嘘じゃない。本当に、僕は何も知らないんだ」


 しばらく、無言で優真は英の赤い瞳を睨みつける。

 困ったように垂れている英の眉を見ていると、熱が覚めていく思いがした。ため息をつくと、優真は事務机から離れる。


「わかった。今回はそういうことにしておいてやる。けど、俺らを騙していたら容赦しねーからな」

「俺〝ら〟ね。もしかして、それには楓花も入っているのかい」

「あたりまえだ」

「……そうか。まあ、いいよ。そのときは、君に任せる」


 英の声のトーンが下がったことに気づき、優真はソファーに座ろうとしていたのを止めて、英を見る。穏やかに微笑んでいたはずの英は、どこか寂しそうな面持ちをしていた。

 だけどそれは一瞬のことで、さっきの表情が嘘だったかのような意地の悪い笑みを浮かべると、英は椅子から立ち上がり、歩み寄ってきた。

 思わず身構えそうになり、優真は足を一歩後ろに下げるだけに留めた。


「優真」

「あん?」

「楓花のこと、大切にしてあげてね」

「言われなくても、そのつもりだ。あいつだけは、誰にも手を出させねぇ」


 英は優真の前を通り越して、ソファーに座る。

 視線でを促されて、優真もソファーに腰掛けた。

 向かい合う形になり、優真はすんっと鼻を鳴らすと、所在なさげに自分の前髪を触る。


「ところで、優真。今日、学校はどうだったんだい?」

「……あんたの言っていた、中澤ヒカリとかいうやつと話したけど」

「ほうほう! いったいどういう話をしたんだい? 友達になった?」

「友達なんていらねぇ。……ただ、怪盗メロディーのことを知っているか訊いただけだ。最初渋っていたけど、話してくれたぜ」


 優真は、ヒカリが話してくれた『怪盗メロディー』の情報を英に話す。

 頷きながら聞いた英は、「報道されているのだけだね。尻尾は出さない、か」と言って口を噤んだ。


 優真は机を眺めながら、ヒカリと会話をしているときに盗み聞きをしていた生徒のことについて考えていた。名前はなんだったか、クラスメイトの名前なんて覚えていないからわからないが、どうしてか嫌に気になるのだ。匂い、といえばいいだろうか。鼻の利く優真にとって、嗅ぎたくない匂いを放っていた。じめじめとして、辛気臭く、嫌な匂い。


(見た目は、陰気臭く見えなかったけどな)


「優真?」


 英の言葉に顔を上げる。

 赤い瞳がじっとこちらを見ていた。


「なんだ」

「他に何かある?」

「……ない」

「そう? 本当に、他に何もなかったのかい? それにしては、いま考え事をしているように見えたけど」


 音をたてないように息を飲みこみ、優真は答える。


「本当だ」

「それならよかったよ」


 花が咲いたかのように微笑む英の笑みを見て、緊張が解ける。

 だけど、次の瞬間また優真は息をするのを忘れてしまった。

 英が屈みこむかのように立ち上がり、優真の額に指を突き立てたのだ。


「ここ、だよ。ここに、僕はおいてある」

「なに、を。だよ」

「僕は嘘をつかない。優真も僕に嘘をつかないでくれないかな。隠し事はなしだ」

「隠し事なんて」


 あんたにできるわけない、という言葉は喉仏で止まる。


「君が見てきたこと。君が思ったこと、考えていること、悩み事や心配事。それから、夢や希望でもいいかな。気になることとか、ちょっとした些細なことでもいいんだよ。僕は一応、君の親だ。だからそれを聞く義務がある。僕にテレパシー能力はない。だから、これはただの親の傲慢なお願いだ。嘘は、つかないでおくれよ」


 返事をしようと口を開くが、言葉が出てこない。緊張しているからではない。最後の言葉だ。嘘をつかないでね。という言葉に返事をするのを躊躇ってしまう。オレは、こいつにすべてを打ち明けることができるのか? そんなの、親と認めてもいない相手に対して、無理だと思ってしまった。


 優真は顔を逸らすと、無言で応えとする。

 ため息をつき、英は威圧感を消すと、優真の額から指を離す。ソファーに座り直し足を組んだ英は、「あ」と思い出したかのような声を出して、穏やかな笑みを浮かべた。


「そうだ。優真」

「……なんだ」

「今度、ご飯を食べに行こうか。優真と楓花と、僕の三人で」

「袋小路は?」

「袋小路は、ただの秘書だよ。家族じゃない」

「……ふーん。いいんじゃね」


 半ばやけくそだった。楓花のことを思うと悪くない誘いだ。楓花は、純粋にこの男のことが好きなのだから。

 優真の返答に、英は子供っぽい笑みを浮かべる。

 大の大人の喜んでいる姿を見て、優真はひたすら仏頂面を保つのであった。

 数分後、英の頼みで夕飯の買い物に行っていた袋小路と楓花が帰ってきた。

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