(4) 発表・下
文化祭の準備のために残っていた生徒が少しずつ帰って行く時間。
唄と風羽は、ヒカリと共に下駄箱近くの掲示板の前に立っていた。人はもうまばらで、三人は寄り添うことなく適度の距離を取りながら、掲示されている〝バトル・トーナメント、出場者決定!〟という書き出しから始まる掲示物を眺める。
――『バトル・トーナメント 出場者!』
――『一年A組』……
――『一年B組』……
――『一年C組』……
――『一年D組』……
――『一年E組』……
――『二年A組』……喜多野風羽・灰色優真
――『二年B組』……
――『二年C組』……天津帆足・山原水鶏
――『二年D組』……
――『三年A組』……
――『三年B組』……
――『三年C組』……
――『三年D組』……
――『中等部代表』……
「あら、風羽の名前があるわね」
掲示板を見ている生徒は唄たち以外いなかったので、唄は囁く。
「そうだね」
そっけない風羽の返答に、唄はちらりと風羽の横顔を覗き見る。彼は少し険しい顔をしていた。
「どうしたの?」
「いや、転校生の名前があるな、と思って」
「そういえばそうね。昨日転校してきたばかりなのに。先生どうしたのかしら」
「……さあね。でも、クラスの代表に選ぶくらいだから、もしかしたら持っている異能がパフォーマンスに特化しているのかもね。強いんじゃないかな」
「そう」
「なあ、ちょっといいか」
唄と風羽の間に、戸惑った顔をしたヒカリが割り込んでいた。これにより、三人の間にあった距離はなくなり、傍からみたら普通に中の良い生徒たちが会話をしているように見えるだろう。
眉を潜めて、唄は少し距離を開ける。
下駄箱の辺りに自分たち以外ないものの、用心に越したことはない。
「で、なんだい?」
「いや、さ。何か見覚えのある名前、ないか?」
「そうだね。山原水鶏とか、白銀ハクとかだろ。白銀ハクは、中等部代表に選ばれるぐらいだから、それなりに実力があるみたいだね」
山原水鶏と白銀ハクという人物は、九月の終り頃『虹色のダイヤモンド』にまつわる事件で、知り合った顔見知りだ。あれから二人とは顔を合わせていないが、バトル・トーナメントの出場者に選ばれたということは、少なくとも風羽と顔を合わせることが可能性があるだろう。
二人の人物について、唄も風羽も気づいていたがあえて言わなかった。それなのに、ヒカリはいきなりどうしたのだろうか。それもいつ人が通るかわからない下駄箱の近くで。二人の名前を出したりして、もし人に聞かれて訝しまれたらどうするのだろうか。
唄は呆れて思わずため息をつく。
「ヒカリ」
「いや、それじゃないんだけど……その、さ」
どこか歯切れの悪いヒカリの言葉に、唄は首を傾げる。
「誰のこと?」
「あの、さ。二年B組の代表の、名前なんだけど、身に覚え、ないか?」
何かを言うのを躊躇っているみたいで、はっきりしない態度に唄はイライラしたものの、ヒカリの言葉で今一度バトル・トーナメント出場者に選ばれた『二年B組』の生徒の名前を見る。
その名前を一度口の中で転がしてから、唄は気がついた。
「七ッ星睡蓮……
「どういうことだい?」
「水練の本名は、七ッ星睡蓮なんだけど、あいつ不登校でさ、学校きてないだろ」
「そうね。あなたは理由知っているみたいだけど」
「そ、そりゃあ、さ。俺があいつを仲間に引き入れたわけだから、あいつの事情をある程度知っているけど。さすがに不登校を俺に口から言えねぇんだけど。だけど、さ。一つだけ言えることは」
「言えること?」
「この学校の理事長の名字、お前ら知っているだろ」
「……ああ」
風羽が口を大きく開けた。
「確か、七ッ星……そうか。だから、か」
唄もその名前を聞いて、ヒカリの言いたい言葉がなんとなくわかった。
「そういうことね。水連……睡蓮のほうがいいかしら。あの子、こんな大事なことを隠していたのね。不登校の理由もなんとなく理解できたわ」
「そうだね。いままで気づかなかったのが不思議なぐらい、すんなりと分かってしまったよ」
唄と風羽の言葉に、ヒカリが難しい顔で言うのだった。
「この後さ、水練に呼ばれてるんだよ。恐らくこのことについて話すと思うからさ、一緒に来いよ」
唄が無言で頷いたとき、足音がして近くに女子の一団がやってきた。
唄は二人の傍から離れると先に下駄箱に行き、靴を替えるとそのまま家の方向に向かって行く。
暫くして、道を曲がって家とは反対方向に歩きだした唄は、久しぶりに訪れる廃墟マンションに住んでいる人物のことについて考えていた。
(水練……。風羽もだけど、隠し事が多すぎるわね。仲間じゃない)
二人のことを仲間だと、唄は思っている。少なくとも、唄はそう思いたいと思っている。ヒカリほど付き合いが長いというわけではなく、ここ二年の間に知り合ったばかりの二人は、なぜか隠し事が多すぎる。風羽の父親が刑事だということとか、水練の父親が幻想学園の理事長だということとか。
いや、調べればわかることだ。知りたければ聞いてもいい。けどいままで唄は、仲間である二人のことに干渉するのを避けていたような気がする。
自分だって知ろうとしなかったのだ。苛立つ必要はない。
それなのに胸がもやもやする。
嫌な予感がする。
(仲間って、何なのかしら)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。