(2) 少しの接触

「おっと。ごめん、電話だ」

 ヒカリはお菓子作りが大好きな友人夏目と荒木と共に登校中だったが、いきなり鳴り響いた着信音にビクッと肩を震わせると、友人たちに断りをいれて電話に出る。

 画面に表示されている人物を確認せずに電話に出たため、携帯から流れ出てきた声に、ヒカリは驚いた。


「ヒカリか?」

「え? 水練?」


 ヒカリは慌てて声のトーンを落とす。友人たちに目配せすると、ヒカリは少し離れたところに行く。

 電話の向こうの相手は、ヒカリの同級生の七星水連しちせいすいれんだった。彼女は、『二年B組』の生徒であり、数々の謎を抱えた少女でもある。


「あとで来れない?」

「今日? 学校帰りだったら大丈夫だけど」

「唄と風羽にも言っといてな。理由はあとで分かると思うけど、会った時に話すから」


 一方的に伝えると、水練は電話を切る。

 ヒカリは携帯画面を眺めながら首を傾げた。


「どうしたんだ?」


 彼女の声音はいつもより静かだった。もともと明るい性格ではないにしても、彼女はよく意地の悪い顔でヒカリをからかってくる。何か悩み事でもあるのだろうか。

 ヒカリは考えたものの、後で話があるというのであればその時にわかることだろうと、よく考えることなく友人と合流すると学校に向かって行った。


 そして午後になり、ヒカリは水練の言葉の意味を知ることになる。



    ◇◆◇



 唄は授業中、ずっと風羽の背中を眺めていた。

 別に彼の背中に恋焦がれているとか、そういった理由は全くない。どちらかというと、仲間の中で最も「何を考えているかわからない」男子だと思う。

 昨日、風羽にお願いされた事柄について、唄は考えていただけだった。


(……『叫びの渦巻き』ね。風羽の家にあるのだったら、自分でどうにかできないのかしら。聞いたところ、セキュリティとか完備されているわけでもなさそうだし、父親がいないうちに侵入して処分するとか)


 風羽の能力があれば、絵画はどうにかできそうな気がする。

 だけど盗むようにお願いされたからには、何か理由があるのかもしれない。単純な話ではないのだろう。


(意思のある骨董品、ね。……また、そんなもの盗まないといけないのかしら)


 唄は怪盗をやっている。もともと両親がはじめていたことだったが、二年前に両親が怪盗を辞めたことにより、その理由を知りたいがために唄は怪盗になった。

 九月の終りの蒸し暑さの中、とある事件で唄は両親が怪盗をやめた理由を知った。けれど唄は怪盗になった目的の真実を知っても、いまもまだ怪盗を続けている。やめるつもりはなかった。理由は単純。唄は、ただ幼い頃から怪盗に憧れていたのだ。神出鬼没で、どんな不可能な状態になっても必ず盗み出すような物語の怪盗に。

 だけどリアルは物語のようにうまくはいかない。それを知ってからも、唄はめげずに怪盗を続けている。


 両親が怪盗を辞めた理由は、とある宝石にまつわるものだった。曰く――その宝石には意思があり、人を喰い意思を蓄えていたという。別名は『人食いのダイヤモンド』。本当の名前は『虹色のダイヤモンド』。

 両親も、唄も、その宝石を盗みだすことはできなかった。

 唄たちの能力はまだまだ未熟だ。意思のある宝石は、能力を持たない人はもとより、一定の基準に満たない能力者もいとも容易く飲み込んでしまうのだという。事実、両親の仲間の女性は、宝石の意思に勝つことができず、死んでしまったのだから。


(でも、風羽の話したことから考えると、『叫びの渦巻き』は私たちよりは下なのかも)


 風羽が言うには、『叫びの渦巻き』を見ても、風羽は平静でいられたという。なんだか嫌な気分にはなったが、に喰われることもなかった。

 意思のある絵画には挑んでみないと勝てるかわからない。けれど、『虹色のダイヤモンド』の前例があるために、唄はどうし尻込みしてしまっている。


 風羽は一週間だけ待つと言っていた。

 一週間後、自分は答えを出せるのだろうか。


 そんな考え事をしていたからか、昼休みになっていることに唄は遅れて気がついた。

 机にずれていた視線を上げて前を向くと、そこに風羽はいない。

 唄はため息を吐き、鞄から弁当を取り出して食べ始めた。

 視線を感じて横を見ると、茶髪の生徒がこちらを睨んでいる。高橋明菜たかはしあきなという名前で、風羽のファンクラブのメンバーだ。風羽のクールな外見は、なぜか女子生徒を引き付けるらしい。この学校、いや学年だろうか。風羽にアイドル的な好意を寄せている女子生徒たちが勝手に創ったた、『風羽様ファンクラブ』というものが創設されているらしい。本人は気にも留めていないが、メンバーは増える一方だという。


(風羽のどこがいいのかしら。こんな不愛想で、何を考えているかわからない男)


 唄は考えてみるが、風羽の良いとこといえば頭がいいところだけのように思った。学年で二位の成績を誇っているが、唄は学年三位。頭がいいだけで惹かれることはない。

 また考えに耽っていたためか、弁当のおかずは減っていなかった。唄は箸を自分の弁当に伸ばす。それを見計らったかのようにクラスの中から声が聞こえてくる。


「ねぇ! そういえば今日じゃない?」

「え? なんだっけ?」

「発表だよ! 誰が選ばれるんだろ」

「このクラスからだと、喜多野くんとか?」

「野崎さんは選ばれないよね。頭いいけど、能力低いし」

「確かに。でも、喜多野君だと納得できるかも」

「あと一人は誰になるんだろうねー。ヒカリとか」

「それはありえないんだけど。あはは、まあ、あたしらが選ばれることはないよね」

「私も楽しめたらそれでいいや」


 周囲を憚ることのない大きな声からするに、このクラスの主力女子グループだろうか。あまりにも騒がしく、耳を塞ぎたくなるがその中に気になる単語があったので唄は耳を傾けていた。

 母御手製卵焼きを口にいれながら、唄は考える。


(発表……? 発表……。あ、ああ。あれか)



 昼休み。姉御手製お弁当を食べ終えたヒカリは、便所に行くべく席を立った。教室から出て、近くのトイレに向かって行く。

 すると、後ろから声をかけられた。


「中澤、ヒカリ、だったか」


 低く響く、聞きなれない声。それが昨日やってきた転校生のものだと思いだし、ヒカリは振り返り相手を見る。


「えっと、優真でいいか?」

「……なんでもいい」


 身長が百六十センチ半ばのヒカリからすると、百七十センチ超えている優真は大きく見える。ヒカリは「慎重羨ましいなぁ」と思いながら見上げた。

 気だるげに、灰色優真は黄色のかかった白い瞳で睨みつけてくる。


「何かようか」


 ヒカリは一瞬感じた寒気を吹き飛ばしながら、笑顔を浮かべる。相手は昨日来たばかりの転校生だ。恐らくまだ緊張しているのだろう。そういえば昨日女子に囲まれていたが、今日は朝から一人で机に突っ伏していた。もしかしたらまだ友達がいないのかもしれない。それなら少しでもクラスに溶け込めるように、俺だけでも仲良くしておこうか、とヒカリは愛想のいい笑みで優真を見た。

 優真はすんっと鼻を鳴らすと、顎をくいっとさせて廊下の隅を指示した。


「ここじゃ話せない内容なのか?」

「そうだ。ついて来い」


 困惑しながらも、ヒカリは優真の後をついて行く。廊下の隅の人気のないところまでやってくると、優真は足を止めて見下すかのような視線を向けてきた。


「単刀直入に聞くが、あんたは『怪盗メロディー』を知っているか?」


 その言葉にヒカリは緊張した。

 どうしてこのタイミングで、その名前を?

 考えるが分からなかったので、動揺を悟られないように、ヒカリは唾を飲み込んで笑みを浮かべる。


「え? 乙木野町にすんでんなら、知らない奴はいねーと思うけど?」

「そうだな。オレはまだ越してきたばかりだからよくわからねぇ。だから、お前の知っていることを教えてくれないか」

「いいけど」


 『怪盗メロディー』。

 能力者が多く住む、この乙木野町を中心として世間を賑わせている『怪盗メロディー』のことを、ヒカリは良く知っていた。知らないわけがない。

 余計ないことを言わないように気をつけながら、ヒカリは普段より慎重に言葉を選ぶ。


 だけどどうしてなのだろうか。こんな人気のないところで、どうして優真はヒカリに聞いてきたのだろうか。ヒカリはクラスで男子の中心グループに入っているが、そこまで進んで発言する性格ではない。どちらかというと周りに話を合わせて笑っていることが多い。

 クラスでよくしゃべる奴といえば、お調子者の荒木とか、リーダーシップがある夏目とかが、その辺りだろう。特に夏目は、進んで文化祭の実行委員を買って出るなど、クラスの中でも発言力がある。

 いちいちヒカリに話かけなくても、教室で他の連中がいるときに聞けば済む話。それをどうしてこんな人気のないところで、こんなにも威圧的な目で問いかけられているのか、ヒカリは混乱して頭が回らない。


「どうしたんだ。なにもわからないのか?」

「い、いや。別に。話せるけど……」

「けど、なんだ。何か、オレに言えないことでもあるのか? もしかしてオレが部外者だからか? 昨日転校してきたばかりのオレのことを、クラスメイトだと思えないから、話せないのか? それは……少し悲しいな」

 表情は気だるげのままだが、優真がシュンとした犬のように眉を潜めたような気がして、ヒカリは思わず大きな声を出す。

「そ、そんなことはねーよ! いまから話すから安心しろよ。俺はさ、お前のことちゃんとクラスメイトだと思っているからさ」

「そうか。ならよかった」


 表情は変わらないが、雰囲気が少し和らいだ気がした。

 ヒカリはクラスに溶け込もうとしている優真に笑いかけると、自分の知っている『怪盗メロディー』の情報を、少しずつ話し始めた。


 そしてあっという間に休み時間が終わり、予冷の鳴る音で話を切り上げる。

 優真は「ありがとな」と先に教室に戻って行く。彼の後と追いかけようとして、ヒカリは肝心なことを思い出した。


「やべぇ! 漏れる!」




 そんなヒカリの姿を見つめている人物がいた。

 廊下の隅に消えて行くヒカリと優真の姿を、たまたま見かけた風羽は、訝しみ後を追いかけて、二人から見つからないように掃除道具入れの影に隠れながら、二人の話に耳を傾けていたのだ。

 風羽は、足音を立てて前を通り過ぎて行く優真の背中を極力見ないようにしながら、思案する。


(ひとまず、ヒカリが余計なことを言わなくってよかった。テレビで発表されている範囲だったから、仲間だと疑われたりしないだろう)


 話の内容について、風羽は特に心配していなかった。ヒカリは風羽より先に唄と水練と共に『怪盗メロディー』の仕事を手伝っていたのだから、唄がデメリットになることは言わないだろう。

 風羽はそれよりも別に、昨日やってきた転校生のことを考えていた。

 灰色優真。彼は、いったい何者だ?


(どうして彼は、こんなところで、よりにもよってヒカリにメロディーのことを問いかけたんだろう)


 灰色優真がヒカリや唄の正体を知っているとは思えないけれど、なんだか嫌な予感がする。


(ただの転校生じゃないのかもしれないない)


 予鈴の音ともにヒカリがトイレに駆け込んでいくのに視線を戻し、風羽は目頭を押さえた。


「こんな時に、これ以上厄介なことが増えるのは避けたいよね」

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