第一曲 『花鳥風月』

(1) 転校生

 幻想祭。

 それは、異能力者の少年少女の通う学園、『私立幻想学園』で行われる、学園祭だった。


 『私立幻想学園』とは、初等部、中等部、高等部から設立されており、その中でも高等部には、能力も力も選ばれた者が通っていた。途中から転校して来る者、転校して行く者が後を絶たず、学園に通っている生徒の正確な人数を知っているものは、学園長と一握りの先生ぐらいだろう。もちろん、転校してきた生徒がどこから来たのか、転校していった生徒がどこへ行ったのかはその生徒の知人と、担任の先生ぐらいしか知らないのかもしれない。中には学園町以外に知らされることなく転校して来る者もいる。


 『2年A組』の担任を努めている山崎壱郎やまさきいちろうは思う。この学園は少し歪だと。

 何はともあれ、そんな学園の彼のクラスに今日、転校生がやってきた。自分のクラスには七月以来となるその転校生を見て、山崎は苦笑する。


 転校生は、身長百七十センチという高身長の男子生徒だった。焦げ茶色の髪の毛は手入れしておらずボサボサのままだが、髪の合間から垣間みえる顔だちはすっと整っている。黄色の入った白い瞳はにごり感情が浮かんでいないように見え、ムスッと口が引き締められているので、ちょっと不機嫌なのかな、と山崎は思った。


(これは手のかかりそうな子ですね)


 彼がどこから転校してきたのか、クラス担任になる山崎も知らなかった。これはよくあることなので、気にすることはない。少しでも詮索をすれば上から注意されるどころかこの仕事をやめなければいけなくなる場合もあるし、山崎はそんなに生徒に対して興味はなかった。


 幻想祭を三週間後に控えているこの時期に転校してくるというのは、少々大変かもしれない。

 山崎はほんのりと彼に期待をしていた。


(この子をクラスの代表にするのも、面白そうですね)



    ◇◆◇



 今朝の教室は少し騒がしかった。

 窓際の一番後ろの席で、野崎唄のざきうたはため息をつく。


(ほんっとうにうるさいわ)


 どうしてこんなにうるさいのか、クラスメイトの会話が嫌でも耳に届くのでわかるのだが、それにしては騒がしい。特に女子の声が高く耳につく。


 「本当に見たの?」「ほんっとうだって! いっちーと一緒に、かっこいい男の子が一緒にいたの!」「ふーん。あんたがそうゆうんだったら、かっこいいんだろうね。ミーハーが」「ミーハーは余計よ」「あはは」


 特に大きい話し声は、このクラスで一番権力を握っている女子グループだろう。それがうるさくって厄介だ。ちなみにいっちーとは、担任の山崎壱郎のことである。


「おはよう、唄」

「風羽。おはよう。今日は遅かったのね」

「……いろいろあってね」


 長身で眼鏡をかけている黒髪の男子生徒が、唄の前の席に座った。いつもは自分と同じぐらいか少し早めに学校に着ているはずの彼が、ホームルームが始まる五分前にやってきたので少し気になったものの、難しい顔をして目を逸らすので、唄は訊くことはしなかった。


「転校生が来るらしいわよ」

「このクラスの転校生は七月以来だけど、そんなに珍しいことじゃないね」


 喜多野風羽は机の横のフックにかけた鞄の中から一冊の本を取り出すと読み始めた。

 その背中を眺めながら、唄は言葉を続ける。


「女子曰く、かっこいいらしいわよ」

「……そう。興味ないね」


(今日はいつも以上にそっけないわね)


 ホームルーム開始まで残り五分。唄は暇になり、なんとなく教室の中を見渡した。


「おっはよーっす! 唄、風羽!」


(うるさいのがきたわ)


 唄はげんなりとした顔で男子生徒に目を向ける。茶色い瞳と目が合った。

 先っぽがはねた茶髪の男子生徒だ。男子にしては身長が低く、顔立ちもどちらかというと幼い方だろう。制服を着崩した男子生徒は唄の顔を見て頬を掻く。


「あっちゃー。ご機嫌ななめ?」

「全然」

「冷たいなぁ、唄。俺たち幼馴染じゃねえか。もっとこう、明るく挨拶ぐらいしようぜ!」

「おはよう」

「棒読みッ」

「おはよう、ヒカリ」

「風羽! おはよ!」


 ヒカリと呼ばれた少年は満面の笑みを浮かべると、風羽の肩をバシバシと叩いた。しかめっ面をした風羽がヒカリの手をはたき落とす。

 「いってー」とヒカリが自分の左手を押さえたところでチャイムが鳴ったので、ヒカリは唄をチラチラと見ながらも自分の席に戻って行った。その背中を唄は眺める。


「うるさかったわ」

「そうだね」


 風羽はまだ本を読んでいたが、チャイムが鳴り終わったと同時に教室の扉が開いた、パタンと本を閉じる。

 教室に入ってきたのは、唄たちのクラス担任だった。

 前髪を覆うほど長い髪の毛を分けた下からは知的な顔が覗いており、にこやかな笑みを浮かべた長身の男性だ。

 クラス担任の山崎壱郎が教卓の前に立つと、このクラスの委員長の「きりーつ、れい、ちゃくせーき」という合図に、唄たちは立ち上がりお辞儀して座る。


「みなさん、おはようございます」


 山崎はそう言うと、ちらりと教室の扉に目をやった。


「早速ですが、今日は久しぶりにこのクラスに転校生がやってきました」


 待っていましたとばかりに、クラスの中でもうるさい生徒連中の奇声が上がった。唄は思わず耳を塞ぐ。

 苦笑をして、山崎は扉に向かって声をかけた。


「入ってきていいですよ」


 同時に扉が開いた。入ってきた生徒を見た瞬間、女子のざわめきが強くなる。

 身長はヒカリよりは大きいが、風羽よりは小さいだろうか。それでも長身に見える彼は、前髪をぐしゃっとさせると、すんっと鼻を鳴らして教室を見渡した。

 ムスッとした顔のまま、黄色の入った白い瞳の彼は笑顔を浮かべることなく口を開く。


「オレは灰色優真はいいろゆうま。よろしく」

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