闇夜に奏でるノクターン(旧)

槙村まき

序曲

 その日、テレビはある人物の話題で持ちきりだった。

 地方で活躍している有名人。彼が、乙木野町にやってきたというのだ。

 夕方のテレビ番組のニュースでは、最近はとある怪盗が宝石を盗むのに失敗したことについて話題になっていたが、嘆くようなニュースとは一転して、テレビではその話題で持ちきりだった。


『いやぁー。驚きましたね。あの彼が、この町にやってきたらしいですよ!』


 テレビをつけてすぐさま飛び込んできたリポーターの快活な言葉に、野崎唄のざきうたは首を傾げる。


「誰かしら」


 夕方。両親はまだ仕事から帰ってきていないので、家の中は唄一人である。遠慮なく声に出して呟いた。

 テレビの画面にとあるビルが映し出される。なんの変哲もないビルには、真新しい看板が掲げられていた。


「『花鳥風月』。探偵事務所?」


『やって参りました! ここがかの有名な探偵が、乙木野町に構えた事務所です!』


「へぇ、地方からご苦労なこと」


『早速入ってみましょう』


 女性リポーターはそう言うと、ビルの階段を上って行った。階段を上った先に茶色い扉があり、そこをノックする。

 カメラがズームになり扉を映し出すと、その扉は待っていたとばかりにゆっくりと中に向かって開いていった。


 中から一人の男性が現れる。

 軽くパーマをかけたような薄い金髪に、滲むような赤色の瞳の男性は、にっこりの温厚な笑みを浮かべている。


『いらっしゃいませ、『花鳥風月』へ。中で話しましょうか』


 おじゃまします、といいながらリポーターは事務所内に入っていく。女性の顔がうっすらと赤らんでいるのを唄は見逃さなかった。


「芸能人かしら? でも、探偵事務所って書いてあったわね。ドラマの撮影?」


 唄は首を傾げる。

 リポーターは向かい合っているソファーに座ると、彼女の目の前に先程の男性が腰掛ける。


『今日は何のご用件で?』

『き、今日は、どうしてこの町にやってきたのかをお訊きしたい思います!』

『目的ですか? そうですね……あえて言うのであれば、この町にある人がいるからですね』

『人? 思い人ですか?』


 遠慮のない女性の言葉だ。

 男性は苦笑する。


『ある意味そうかもしれません』

『その方の名前、訊いてもよろしいでしょうか?』

『ええ。構いませんよ。皆さんも、よくご存じの名前でしょうから』

『も、もしかして、それって!』


 わざとらしい。唄は、欠伸をする。

 そろそろ興味を失くしてきた唄は、別の番組を観るためにチャンネルを変えようとリモコンを手に持った。


『怪盗メロディー、ですよ』


 男性の言葉に、唄は静かにリモコンを置く。


「へぇ」


『あの怪盗メロディーですか!』

『ええ。僕の想い人、ですね』

『探偵が挑むには、絶好の相手ですね!』

『そうですね。……ところで、一つ訊いてもいいですか?』

『私ですか?』

『そうです』

『な、なんでしょう』

『アナタは、怪盗メロディーが好きですか?』

『そ、それは勿論』

『どうして?』

『それは……応援、しているからです』

『答えになっていないですね』


 優しく目を細めて温厚な笑みを浮かべている男性。彼の言葉に険はなく、柔らかく尋ねているようにしか見えなかった。けれど、女性はその代わり映えしない表情ににこやかだった表情を強張らせる。


『どうしてアナタは、犯罪者が好きなのですか?』

『犯罪者……?』

『怪盗は、泥棒です。物語の怪盗のように囃し立てられてはいますが、怪盗メロディーもただの泥棒に過ぎない。泥棒は犯罪じゃないですか。どうしてアナタは、その犯罪者を好きになり、応援しているのでしょうか? 僕はそれが不思議なんですよ』

『そ、それは……』

『ああ、申し訳ありません。話しすぎましたね。話題を戻しましょう。僕がこの町に来た目的、でしたよね?』

『それは、怪盗メロディーがいるから、ですよね?』

『それはあくまで前提です。僕は、怪盗メロディーを捕まえるために、この町にやってきたのです!』


「捕まえる?」


 くすっ、と思わず声を出す。

 画面にアップで映った男性の赤い瞳と、目が合った気がした。


『探偵対怪盗! といったところでしょうね』


「面白いじゃない」


 唄は思わず立ち上がった。家の中に自分以外誰もいないことを良いことに、大げさな動作でテレビを指さす。


「受けて立つわ!」


 栗色の髪の毛を両サイドで三つ編みにした、栗色の瞳の少女。

 彼女はクラスメイトに一切見せることのない、楽しそうな笑みを浮かべた。


 『怪盗メロディー』。

 ここ数年、この乙木野町を中心として、賑わせている怪盗。

 『怪盗メロディー』の正体は、この一見地味に見える少女だった。

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