第5話 譲渡

 つかむ達に案内されて訪れた場所は、ネグロエンタープライズ所有の高層ビル。

 しかし、中に入るなり通されたのは巨大な地下施設。


 要するに、秘密基地だな。


 まるで欧米のSF映画に出て来るようなモニターやコンピューターが並ぶ外観。自分が映画の世界に来たのではなかろうかと錯覚するぐらいだ。表示されているデジタルウインドウには、世界の情勢だとか、フクオカシティ全体の見取り図等。スーツ姿の人々がモニターと睨めっこしながら、よくわからない単語を言っている。まあ、察するに色々と監視しているようだ。


「よく来てくれましたね、サークル伊達軍の皆さん。そして、政宗くんと、北出仁じんくん……」


 やけに若々しいスーツ姿の男性が、穏やかな笑みを浮かべて話しかけて来た。

 その顔を見て、思わず驚いてしまった。天才、御門みかど御守みかみ氏と共にファンタジアギャラクシアを生み出した人物。つかむの父親である夢緒ゆめお育継いくつぐさんだったからだ。


「一応、僕がこの対アバター対策本部の司令官です。よろしくお願いします」

「は、はい、よろしくお願いします……」


 差し出された手を握り返し握手を交わす。

 ファンタジアギャラクシアを運営・発展させた人物が、現実に実態化したアバター対処組織の司令官だと!? 一体、何がどうなっているのかわからねえ。この人はただのゲーム開発の人だろう? そしてここにいる人達はなんなんだ? つかむを護衛するように並んでいた武装集団も何者なんだ?


「一つ聞きてえが、アンタらは俺達の味方って事でいいんだよな?」


 政宗は警戒した様子で育継さんに尋ねる。このような状況でも腰に手を添えて武器を取り出せるようにしている。


「ええ味方です。むしろ君達のような人類に味方してくれるアバターを探しています」


「信用していいんだろうな?」


「僕の息子、つかむとそのアバターであるナミヲがここにいるのが信用していい証拠とでも言いましょうか。ねえつかむ


「うん、そう。政宗先輩、じん先輩、俺はアバターが現実世界に来た時から、ナミヲ達と一緒に戦ってたんですよ。そちらにいらっしゃる武装集団は、民間軍事企業シティガーディアンズから派遣された方々です。ほら聞いたことあるでしょう?」


 シティーガーディアンズ。確か、世界的大企業ゼレゲン製薬の子会社で、ネグロエンタープライズに警備員を派遣し業務提携している関係だった筈。そんな組織まで関っているのか?


「シティガーディアンズだけじゃありません。フクオカゲーム産業振興機構も関ってます。なにせ、自分達が生み出したVRMMOが、世界の脅威になっていますから、対策も建てますよ」


 フクオカゲーム産業振興機構。

 フクオカシティに存在する6社以上のゲーム会社が加盟している任意団体GゲームFフロンティアFフクオカと、九州大学にフクオカ市までもが参入しているフクオカシティを代表する巨大組織。

 彼らの働きとファンタジアギャラクシアの開発により、フクオカシティはゲーム業界のハリウッドへと発展を遂げ、世界中から認められることになったんだ。


「やっぱ、大事だったんだな……」

「そうですね……」


 思わずそう呟いてしまった。つかむも苦笑いを浮かべている。


「俺は、電装ゲーマーとして、ナミヲ達を脳に憑依させて戦ってます」


「お前もか!?」


「俺だけじゃない。のぞむかなえも、同じように戦ってます……」


「なんだと!?」


 のぞむかなえとは、つかむの幼馴染みの同級生。彼らとは、つかむに誘われてクエスト参加した時に、アバター越しで会話したぐらいの付き合いだが、一応直接会って話した事も何度かある。


 そう思い返していると、部屋に複数の人間が入って来た。

 振り返ると、なんと今話していた望達ではないか!?


 望達は俺と政宗、伊達軍の皆を見るなり、少しだけ驚いた様子を見せるだけだ。この反応は、もしかして予め聞かされていたって事か?


「ああ……ツカッちゃんがお世話になってます、じん先輩」


 つかむの事を仇名で呼んだのは御門みかどのぞむ

 すらっと背の高いイケメンで、バカみたいに高けえ身体能力を持つ。いつもつかむの世話を焼いている。ファンギャラの世界を構築した天才御門みかど御守みかみ息子だ。


「こんなところで会うなんて、思っても見ませんでしたね……」


 見た目まんま可愛らしい、お花畑にいそうな美少女がねがいかなえ。彼女もつかむの世話を焼いている。はにかんだ笑顔がとてもいい印象だ。


「おおう、元気そうだな2人とも……ええと、皆、俺と政宗みたいに戦ってるってことか!?」


「少し違っす。流石に生身では戦いませんよ。アバターから攻撃食らったら、俺ら人間は大怪我しますから」


「ああ、そりゃそうか」


「てかじん先輩達は何故に無傷なんですか?」


「ああ、運が良かっただけかもな……」


「ああそうですか……。ってそんな話じゃなくて。俺達はこれを使ってるんです」


 つかむは、小型端末機を取り出して見せてくれた。ラメ入りのホワイトシルバーに黒いラインが入った四角い形状。中央に円形状の液晶ディスプレイがあり、左右にはスイッチらしき4色の突起物がある。シンプルだが中々いかしたデザインだな。


「アイフォンか?」


「まあ似たようなもんっす。インタフェイサーと言います。AIが入ってます。俺達電装ゲーマーはこれを身体に装着して戦うんですが……まあ、見ててください」


 すると、つかむはそのインタナンチャラを身体に押し当てた。どういう仕組みか知らないが身体に張り付き落下しないそれは、ディスプレイが発光して起動音が鳴る。そして、つかむは緑色のスイッチを押し込んだ。


『ポゼポゼポゼーション! ポゼポゼポゼーション!』


 すると、インタナンチャラから軽快な電子メロディと電子音声が流れだした。よく見ると、ディスプレイに顔文字のような光りが浮かんでいる。何事かと呆気に取られていると、つかむは手足を振りながら体を動かし、何かのポーズを決めて見栄を切り出した。な、なにやってんだコイツ?


「トライオン!」


『電装! ハルモニアフォーム! 繰り出す二振りは永遠の調和~!! ほっい! ほっい! ほっい! ほっい! いえええええええええ!!』


 真軽快で騒がしい電子音声とメロディが流れたと思った瞬間、つかむの身体は緑色の光の粒に包まれた。そして、傍らにいたナミヲが緑色の発光体になるとそのままつかむに憑依。光が晴れると、奴の身体は頭の先から足の先まで、生物的特徴のある鎧に覆われた姿になっていた。


「う、うわああああああああああああ!?」


 俺は思わず驚いて叫び声を出してしまった。それは朱里達も同じだ。皆悲鳴に近い声を上げて後ずさった。


 何と表現すればいいのだろうか。鎧と服が一体化したようなデザイン。だが、緑色の装甲はまるで生きているような生々しさと質感っぽい、下に見える黒い皮膚のようなものも同様だ。装飾らしき意匠が所々にはある。頭部に至っては、恐らく目・鼻・口に当たる部分が確認できるが、まるで昔見た子供番組のヒーローのような形状。大きな双眸はレンズか? 口らしき部分は呼吸マスクのようにも見える。


 人によっては化け物のようにも見えるだろうし、人によっては異形の戦士のようにも見えるだろう。


「驚かせてすまない。だが、これがこのインタフェイサーの機能だ。この姿を電装ゲーマーと呼ぶ」


 変貌したつかむから聞こえた声は、ナミヲの声だった。そうか、憑依しているから人格は彼なのか。

 身体に取り付けたインタフェイサーを指差しながら説明してくれる。


「内部に搭載されたブレイニウムリアクターの粒子を利用し、装着者の肉体を変異。強化皮膚と生体装甲に覆われた姿へと変貌させる。俺達アバターの力が加わる事で、装甲と皮膚、能力や強さが変わる」


「ほお、おもしれえ仕掛じゃねえか」


 政宗は口笛を吹きつつ、興味ありげに眺めている。


「人によっては、刺激的過ぎるか、カッコイイと言う」

「俺は後者だ。生物的かつ防護鎧っぽいじゃねえか、活かしたカッコよさだ」


 今だ状況が飲み込めない俺に対し、のぞむかなえをインタフェイサーを取り出して装着するが、俺は慌てて止めに入る。もう十分理解したので。

 インタフェイサーを外すと、つかむは粒子に包まれて元の姿に戻った。


「それで、あの……それらを見せて俺達はどうすればいいんです……?」


 改めて、育継いくつぐさんの方に疑問をぶつける。ここまで重要な事を俺達に見せるのはいいが、結局は何がしたいのかはまだ聞いていない。


「簡単な事です。君にもインタフェイサーを譲渡しようかと検討しているのです」

「……ええっ!?」


 この人は何を言っているんだ!? 俺にあの変な機械を渡すだと!? しかし、どうやらつかむや周りのスタッフさん達も予想外の言葉だったようで、割と慌てている。特につかむが。


「父さん何言ってるんだよ!? じん先輩は俺達「位持ちプレーヤー」じゃなくてただの一般プレーヤーなんだよ!?」

「ですが、彼と政宗君率いる伊達軍の活躍は目覚ましいものです。確かに御守みかみの用意した選抜条件は、ファンギャラの「位持ちアバター」を持つトッププレーヤーかつ自分の身内に限りますが、彼はつかむの先輩でしょう? なら選抜対象ではないですか」


 今、とんでもないことを聞いた。つかむの口から、自分達は「位持ち」と出たのだ。

 位持ちとは、ファンタジアギャラクシア内で目覚ましい活躍をしたプレーヤーに送られる称号で、難解なクエストをいくつもクリアし観客を楽しませた。歌やイラストを投稿し高い人気を得た。アイテム。武器・魔法のプログラムを組んで運営に提供して合格した等といったものだ。

 そうしてトッププレーヤーとなったものは、アバターを「通常プレイ用」として別の姿に変えることを許される。


「おい待て、つかむ! お前がトッププレーヤーってどういうことだ!? まさかナミヲはセカンドなのか!?」


「ああええと、そうです俺も位持ちです!!」


「ああ、ツカッちゃんと同じで俺も位持ちです」


「あ、私もつかむちゃんとのぞむくんと同じで~す」


「なにい!? ああそうなるのか!?」


 何気にとんでもない事をカミングアウトされた。まさか部活の後輩とその幼馴染み達が、ファンギャラのトッププレーヤーだったなんてびっくりだ。ってことは、彼らのアバターは通常プレイ用のセカンドということになるぞ!?


「はいはい、つかむの言う通り、今はその話は後です。それに、私は何も今すぐ渡すとは一言も言っておりません」


 何やら含みのある笑みと言葉。育継いくつぐさんは俺と政宗に歩み寄る。思わず身構える。


「問題は、君がこのインタフェイサーをちゃんと使えるかだ。御守みかみが作ったこのデバイスは並みのアバターや人間じゃ反応出来ない様にプロテクトが掛けられている。まあ、早い話誰もが◯面ライダーに変身されちゃ困ると言う事です」


「いや、あのテレビ見てないんで例えがよくわからないです……」


「おや失礼。とにかく、アバターと良好な関係を築いた、君と政宗くんという貴重な存在を無碍にしたくないのです。伊達軍の皆さんもそうだ。私達対策本部は決して戦力が充実しているわけじゃない。一人でも多くの協力者が欲しい。力ある者は、チャンスがある限りその力を活かすべきなのです。その権利は誰もが平等にあるべきだ」


 これは、俺と政宗、そして伊達軍の皆を認めてくれていると言う意味だろうか? やけに熱が入っている。


「いいや、父さん。僕は反対だ! 確かに先輩達の存在は貴重だけど、あくまで一般人だよ? こんないつ死ぬかもわからない戦いに巻き込みたくないんだ!」


 つかむが、今まで見たことも無い強気な態度を見せた。こんなつかむは初めて見た。

 いつも、部活中は適度に真面目に結果を残しつつ、のらりくらりとやり過ごして、まるで世の中を斜に見ているかのような冷たいものを感じていた。皮肉屋で逃げ足が速いが、それでも何処か憎めない奴だ。


 必死に止める様子から察するに、こいつは俺達の知らない所で、アバターとの熾烈な戦いを繰り広げていたと言う事か……俺は、何も知らずに政宗達と自警団活動をしていただけだというのに……。


つかむちゃん、私の時にも同じような態度を取ったよね? なに? のぞむくんの時は止めなくて私は女だからって止めた癖に、今度は同じ男なのに止めるんだ?」


 突如、かなえが先程のゆるやかな態度から豹変。つかむに激しく詰め寄る。え、なに君達何が遭ったの……? いわゆる幼馴染み同士特有の問題かなにかか?


「ちょっと落ち着けってかなえ!」


のぞむは黙ってて!」


 あ、急にお互い呼び捨てになったぞ。どういうことだつかむ? 君達はそういう関係なのか?


じん先輩は確かに一般人だけど、伊達軍の人達と協力して、私達と同じようにアバターを討伐してたんだよ? だからこそ、私達でサポートしながら一緒に戦ってもらうべきなんだよ!?」


「そ、そう。かなえの言う通りだつかむ。俺もじん先輩達には参加してもらうべきだと思ってる」


「そうやって関係な人を巻き込むなよ! アニメや漫画でそういった行動が悲劇に繋がるだろう? あれは理に適ってるんだ、見ている人達もそう思ってる。たかが一般人が首を突っ込むとロクな結果にならない事を創作物で物語ってるのさ、現実でも同じ結果を招くってことを!」


「ああ、まあそれはわかるさ……」


「それはあくまで創作物の話でしょう? 現実とごっちゃにしないでよ! 私の時もそうやって女だからとかよくわからない理論出してきてさ。同じ幼馴染みなのに男は良くて女は駄目ってなによ!? 意味わかんない!!」


「ああまあ確かに意味は分からいよね? よくある展開で……」


「俺はろくに戦えもしない女が戦いに参加するのは虫唾が走るって言ってんだよ、一般人も同じだ。それで捕まって足手まといになるだろうが!!」


「あぁ!? うっせーんだよぉ!! 俺様はんな無能な幼馴染み女じゃねえよ!! ちゃんと戦えてんだろうががツカポンタン!!」


 完全にキャラが豹変して喧嘩腰になったかなえつかむの胸倉を掴みあげた時点で、先に政宗の堪忍袋の緒が切れてデスクに拳を叩きつけて叫んだ。


「ごちゃごちゃごちゃごちゃうっせーんだよテメエら!!」


 流石に言い争っていたつかむ達を含め、その場にいる全員が凍り付いた。あと、のぞむくん。お前2人の間で苦労してるんだな……。


「要するに俺とじんが、テメエらに役立つ存在か証明して見せればいいんだろうが!? 余計な屁理屈立てたり気遣いしてんじゃねえぞ馬鹿が!!」


「違う、そういう問題じゃ」


「黙っとれや!!」


 つかむは政宗に反論しようとしたが、彼の怒声と勢いに気圧され縮こまった。あれ? これ俺の時と同じ反応だぞ?


「親父さんよぉ? とっととじんにそのインタフェイサーってのを渡してやれ。そして変身して見せれば合格って事で良いよな?」


「ええ。もちろんです」


 政宗の言葉に、育継いくつぐさんは静かな笑みを浮かべる。そして、手に持った銀色のトランクケースから、同形状のインタフェイサーを取り出すと、俺に差し出した。


 色は、濃ゆめのメタルブルーにブラックカラーを添え、黄色いラインが施されている。


「インタフェイサー6号機です。誰も使っていませんので生体情報も登録されていません。どうしますか、北出くん? 選ぶのは貴方です……」


 育継いくつぐさんの真剣な眼差しと俺の覚悟を見定める意思。

 これを手に取れば、戻れない所まで行くことになるのかもしれない。


 だが、俺は実際半分まで関っちまっている。それを途中で投げ出すような絶対に真似はしたくねえ。

 知らねえところでつかむ達が戦ってたってのに、可愛い後輩を放っておけるかてんだ。


「俺、やります。使わせてください……」


 インタフェイサーを手に取った。一瞬重みを感じるが、意外と軽めだ。手に取った瞬間、まるで得体のしれない力に触れたかのような、微かな電流が身体を巡るかのような感覚が走った。

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