女心

「なっ……」

 レイの思いがけない発言に、俺は身体も思考も硬直する。しかし、考えればレイの言う事は一理あった。

 首を絞める。

 ナイフで胸を刺す。

 そして被害者は女性。

 それはまさに連続女性殺人事件の手口と似ていた。

 これまで俺とレイはずっとその事件の犯人を探し続けていた。犯人は誰なのか、そしてなぜ自分は殺されなければならなかったのか。その答えを見つけるため、俺達はあの事件を追っていた。だが、警察の力を借りていないただの一般人には荷が重いのか、驚くほどその手掛かりは見つかっていない。

 今回、レイの大学時代の友人に会うのは調査のためではない。かつての友に会いたいというレイの願望。ただそれだけだ。しかし、偶然そこで起きた殺人事件。まさかあの連続殺人と関連があるとは誰が予想できただろうか。

 ずっと追い続けていた犯人が現れた。僥倖と言うべきか、不幸中の幸いと言うべきか。念願の犯人の背中を見つけたので喜ぶべきかもしれないが、今回はそうはいかない。

「いや、待てよ……だとすると……」

 俺はその先の言葉が怖くて紡げなかった。いや、一番怖いのはレイだろう。なぜなら……。

『うん……もしかしたら…………』

 口にしたくない内容を、レイがひらがな表記で示す。

 そう。佐藤とレイの事件は酷似している。同じ手口であるという事は、同一犯の可能性が高い。佐藤の事件の容疑者はレイの友人達。つまりはそういう事だ。

 大学時代の友人が殺された。そして、その友人の中に自分を殺した犯人もいる。この衝撃は計り知れない。

 心配になりレイを窺うと、身体が小刻みに震えていた。

「おいレイ! しっかりしろ!」

 俺は慌てて声を掛けた。

 自分の身体を抱き抱え、何かに必死に耐えようとしているレイ。呼吸もいくらか荒くなっている。こういう時、通常なら肩に手を置くなり背中をさすって落ち着かせるべきなのだろうが、レイは幽霊だ。身体に触れる事が出来ない。

「レイ! レイ!」

 声だけでしか対処出来ないのが情けない。しかし、それだけしか出来ないならばそこに全力を注ぎ込む。俺はずっとレイに声を掛け続けた。

 しばらくして身体の震えが無くなり、深く深呼吸をすると、レイは俺に目線を向けてきた。

『大丈夫。もう落ち着いた』

「本当か? 事が事だ。無理するな」

『うん……』

 肉体はないが、今のレイの疲労は桁違いだろう。これ以上続けるのは無理があるのではないか。

「今日はもう止めにするか?」

『平気』

「けど……」

『心配してくれてありがと。でも、本当に大丈夫。まだあくまで可能性だし、それに美優紀の事件を早く解決したいから』

 気合いを入れるかのように、レイは自分の頬を何度か叩いた。本当ならここで強制的に終えるべきかもしれないが、本人がやると言っているならばそちらを尊重したい。

「分かった。でも、辛くなったらすぐに言えよ」

『分かったわ』

 お互い居住まいを正し、話を再開した。

「じゃあ、続けるぞ。今お前が言ったように、佐藤の事件とレイの事件は似ている。佐藤の事件を解けばそのままレイの方の犯人も分かるかもしれない」

『そうね』

「そんで、事件解決を握るのは佐藤の変化の原因を突き止める事、だったな」

 レイは静かに頷いた。

「失恋による変化。それなら納得出来るが、本人は何も言わず詳細は分からない。もし仮に失恋だったとすると、女性からしたらそういうのって言い難いものなのか?」

『人それぞれね。抱え込む人もいれば、吹っ切るために敢えて笑い話にして言う人もいるわ』

「レイから見て、佐藤は抱え込むタイプなのか?」

『そうね……大人しい性格だったから、口に出す感じではなかったかも。理奈が一度失恋した事があったけど、その時はお酒飲んで泣きながら全部口に出してた』

 あ~、なんか分かる。豊島の性格なら溜まったもんを吐き出して吹っ切りそうだ。

「でも、佐藤は性格まで変わったわけだよな。あの性格なら隠す様にも見えないが」

『あの性格だからかもしれないわよ? まだ吹っ切れてないからこその裏返しかもしれない。それに、どっちかと言えば女性はあまり口にしたくないし触れたくない内容だしね』

 女性と男性とでは恋愛観は異なる部分があるだろう。恋愛という言葉に飛び付きやすいのは女性の方が圧倒的に多いだろうし、思い入れも比較にならないのかもしれない。

「まあ、失恋の可能性もあるとして。女性が急に変わる要因って他に何かあるのか?」

 男性の俺からは想像しづらい。同じ女性のレイなら例を挙げられるはずと思い、尋ねてみる。

『まあ、色々あるわね。例えば、三年の夏を過ぎれば就活が激しくなるから、そうなる前にやりたいと思っていた事をやる、って人もいるわ』

「ああ、なるほど。たしかに、あんな見た目で就活が出来るわけないもんな」

『大学生にとって最後の自由な時間だからね。今まで着れなかった派手な服や髪の色、思い出作りに変える人は少なからずいるわ』

「佐藤もその一人かもしれない、と」

『大人しい性格だったから、思いきって踏み出した可能性もなくはない』

「けど、それで性格まで変わるのか?」

『なくはないわね。見た目の変化が心の変化を及ぼす事は実際にある、って大学の講義でも習ったわ』

 何でも、明るい服を着れば笑顔が増え、逆に暗い服を着れば口数が減る、なんて実験結果がどこかの大学か企業で発表されたとか。

『私達が知らないだけで、美優紀の中で自分を変えたいという気持ちがあったのかも』

「なるほどな。他には?」

 その後もレイが考えられるであろう要因をいくつか挙げていく。その時々の気分だったり、観た映画やドラマの影響で変えたりもする、等々。そんな理由で? なんてものも含まれており、元々十分に理解していなかったが、俺は女性という存在がさらに不可解になっていった。

「女心ってわけ分かんねぇ……」

『女性と女心はミステリーなのよ。けど、だからこそその気持ちを理解してくれた時は最高に嬉しい』

「いや、口で言えよ」

『自分が言う前に知ってもらうのが重要なのよ。悟史も心に留めておきなさい』

 めんどくせぇ……。

 口にせずに気持ちを理解しろ、という言い分は我が儘ではないか、と思うのは決して俺だけではないだろう。

『とまあ、美優紀についてはこんな所ね。後は別のアプローチをするしかないわ』

「ああ、そうだな。一応新原達の連絡先も聞いていたから、今度はそっちだな」

 佐藤が殺される前、ゼミの教室ので質問攻めに遭っていた際に連絡先を交換していたのだ。また会を開く時に是非参加して欲しい、と。だが、その目的以外で連絡する事になろうとは……。

「一人一人から聞いた方がいいよな?」

『でしょうね。集まった状態じゃ何も話してくれない場合もあるし』

 聞く内容はそれぞれのアリバイ確認だ。各自ゼミの教室から一度は抜け出しており、どこに行っていたのかを聞く必要がある。

「会える人物から聞きに行けばいいだろうから、順番はどうでもいいよな」

 後日の行動の確認をレイとし、俺達は休むことにした。お休みと一声掛けた後、レイは姿を消し、俺もベッドに身体を横たえる。

 自分が思っていた以上に疲労が溜まっていたのか、目を瞑ると俺はすぐに眠りの底へと至った。

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