新たなる可能性
とりあえず、これでゼミ生全員の性格はある程度知ることが出来た。そのままの印象もあれば意外な一面も垣間見え、中々ハードな話でもあった。
十分かもしれないが、各自の性格をもう一度おさらいしといた方がいいだろう。俺は頭の中で今までの話を思い出す。
新原秋一は、多くの女性から好意を寄せられるイケメンだが、佐藤に好意を寄せていた。ただ、それは変わる前の佐藤にだ。急に心身共に変わってしまった佐藤を見て、失恋による変化と思った彼は慰めようとする。しかし、その行動には目に余るものがあったらしい。
林野めぐみは凛々しそうな見た目だが、内面は大の負けず嫌い。勝ち負けという言葉を聞くだけで対抗心が沸き上がり、勝つまで止めないという。以前にも、佐藤とは学力やコンテストで競っていたらしい。
次は松田賢人だ。物知りで頭がよい優秀な学生であり、大学の講義でみんなから頼られるほどだった。しかし、誉められると舞い上がる癖があるらしく、勉学で誉められてからは佐藤に好意を寄せていた。
柿澤碧は内気な雰囲気の女性。あまり前面に出てくるタイプではなく、休みの日は自分の部屋で過ごす事が多いインドア派。それが原因かは分からないが、片付けが苦手であり、部屋は散らかり放題らしい。佐藤も片付けが苦手だったらしく、それで気が合ったようでゼミ生の中では二人は仲が良かった。
小田渕丈一郎は巨漢な体型でありながらも、威圧的な雰囲気はなく優しさが滲み出ていた。それを体現したように、誰かが風邪を引けば見舞いに行き、単位が危なければ共に徹夜で勉強をする。仲間には親身になっていたようだ。今現在では警察に犯人第一候補とされているが、胸をナイフで刺すという殺害方法は高校まで柔道をしていた彼には一致しないように思える。
最後の豊島理奈は活発で明るく元気な女性。佐藤と一悶着あったが、今日見た彼女は普段通りの姿との事。その活発さが飛び抜け、考える前に思い立ったら直ぐに行動するらしく、歯止めが利かない時があるらしい。
こんな所だろうか。レイに確認してみると静かに頷いた。
「改めて思うが、人って中々分からないもんだな。見た目と中身が全然違う」
『当たり前よ。私だって皆の性格を知るのに一年近く掛かったんだから。初対面の悟史が把握出来るわけない』
レイの言う事はもっともだった。人が何を思い、何を考えているのかなんて家族ですら知り得ない。それなりに付き合いのある、目の前のレイが俺に対してどんな気持ちなのかさえ分からないのだから。
こいつの事だ。どうせだらしねえ男とか、頼り甲斐のない男に憑いてしまったとか思ってるんだろうな。まあ、それは置いといて。
「やっぱ小田渕は犯人とは思えんな」
『そうね』
二人してテーブルに肘を付く。
佐藤の発見状況からして、もう俺とレイの中では小田渕は犯人として圏外だった。やはりナイフという凶器が型に嵌まらないのだ。
となると、他に怪しい奴がいるはず。
ナイフで刺し、首を吊るす。中々の力が必要だ。力仕事だけを考えれば、それが出来そうなのは小田渕を除いた男の新原と松田。
「新原なら振られたという動機付けが出来るよな」
『出来なくもないけど……』
「そうだよな……」
俺は天井に顔を向ける。
振られたから殺した。自分勝手な理由だが、そんなニュースをごくたまに目にするので可能性としてはなくはない。
しかし、新原が振られたのはレイがまだ生存している時だ。それは約一年近く前の事であり、それほどの時間が経ってから殺意が沸くのだろうか、と疑問が浮かぶ。
「じゃあ、松田?」
『まあ、松田君は褒められる事から貶されたわけだから、怒りが溜まっていたかも知れないけど……』
「あの身体で佐藤をロープで持ち上げられるかと言えば……」
見た目はひょろりとした体型だ。裸を見たわけでもないし実際はどうだか分からないが、筋肉は無いように見えた。そんな松田が人一人を持ち上げる。まったくイメージが出来ない。
女性陣も同様だ。林野は負けず嫌いな事から佐藤と対立。豊島は今日の出来事があるし、柿澤は仲が良いと言っても佐藤のあの性格からして内気な彼女をほっとくとも思えない。知らない所で罵られ、ストレスが溜まっていった可能性もある。
結局、現段階ではまだ犯人特定するまでには至らなかった。決め手が足りない。
『やっぱ美優紀の変化を突き止めるべきかな~』
悩んでいると、レイがそんな風に述べてきた。
「佐藤が見た目も性格も変わった理由、って事か?」
『うん。なんかそこが重要な気がする』
レイの話によれば、以前は仲睦まじい七人だった。互いを思い合い、大学内だけでなくプライベートでも一緒に過ごすほど仲が良い。
しかし、三年になると変化が訪れた。今まで大人しかった佐藤が見た目も性格もガラリと変わったのだ。大人しかったはずの彼女は、人を傷付けるような言葉を吐くようになり、ゼミ生全員がその変化に驚く。
なぜ急に変わってしまったのか。本人は心境の変化と言うが、その詳細は誰も知らない。レイ達の間では、失恋によるものではないかと話していたらしい。
最初は皆、そんな佐藤に戸惑いながらも今まで通り接していたが、彼女の暴言は日に日にエスカレートしていく。何かあれば突っ掛かり、罵るようになる。周りの彼女に対する見る目が次第に悪くなっていった。
『やっぱ根本は、そこから始まっていると思えるんだよね』
「でも、誰もその変化の理由を知らないんだろ?」
『まあそうなんだけど』
「本当は誰かが知っているとか?」
『なくはないけど、私の印象では皆知らないと思う。もし私が死んだ後に言ってたら、今日話題になったんじゃないかな。でも、そんなの出なかったし』
やはり誰も知らないのだろう。本人も既に亡くなっている。真相は闇の中だ。
とはいえ、気になる点と言えば気になる。考えるべき項目でもあるかもしれないが、俺とレイだけでは進展しない。
「まあ、それも後で考えるとして。他に何かないのかも検討しようぜ。思い付く事はないのか、レイ?」
そう尋ねると、レイは眉間に皺を寄せて何かを考えだした。
「何だよ、黙ったままで。なんか思い付く事があるのか?」
『……あることはある』
「じゃあ、それ言ってくれよ」
『いや、ちょっとこれは……』
どういうわけか、レイは歯切れが悪い。
「いや、言ってくれなきゃ始まらないだろ。それとも、言い難い事なのか?」
『言い難いというか、信じたくないと言うか……』
「曖昧だな。ともかく言ってくれ。一人で抱え込んだってしょうがないだろ」
『……そうね』
意を決したように、レイはゆっくりとひらがな表記に指を走らせた。
『悟史は知ってるよね? 私が殺されて事件』
「当たり前だろ」
即答。それもそうだろう。俺とレイがこうして一緒にいる理由はそれだ。その事件の犯人を見つけるためにいるのだから。
「けど、何で今それが出るんだ? 今は佐藤の事件だろ?」
『似てると思わない?』
「似てる?」
『うん。あの連続殺人の犯人はどういう殺し方をしてる?』
「どういう、って……被害者は女性だけで、首を絞めてからナイフで刺す……ってまさか!?」
ようやくレイの言わんとしている事が理解できた。
『そう。首を締めるのとナイフで胸を刺す。これって、私が殺された連続殺人の事件と酷似してるのよ』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます