第三章
お互いの印象
「さて、と。レイはどういう考えを持ってるんだ?」
帰宅してから一時間後、俺とレイは事件について話し合い始めることになった。
家に着いて早々に事件の話を……となる流れかと思いきや、そういうわけでもなかった。レイに話し掛けようと窺うとするが、いつもの覇気はなく元気がない。やはりかつての友人達の間で起きた事件だ。いまだに気持ちの整理が出来ていないのだろう。
そして、やはりその通りだったのか、少し時間を頂戴という言葉を残し、レイは一度姿を消す。再び現れたのは一時間後だった。
『そうね……』
顎に手を添え考えるレイ。完全には拭えていないだろうが、それはいつも通りの姿。幾分かは元気を取り戻せたようだ。
『ゼミ室を出ていく前、小田渕君は呼び止められたよね? 警察は彼を疑っている』
さすがにレイもそこには気付いている。犯行時間とされる十六時半から十七時、小田渕はその時間より長い四十分もの間アリバイがない。疑いを持たれるのは当然の流れだろう。
「そうだな」
『何よ? なんか気になるの?』
「気になるというか、引っ掛かるというか……」
『引っ掛かるって、どこが?』
「いや、どこがという事じゃなくて、感覚的なものなんだけどな」
『感覚的?』
「ああ。なんか……ぽくないというのかな」
俺のその答えにレイは何も言わずにこちらを見ている。先を続けろ、という目を向けているのでそのまま口を開く。
「いや、今日初めて会ったわけだし、そんなに喋った訳でもない俺が言うのもなんだけど、小田渕さんがこんな事するとは思わなくてな」
ゼミ室でレイについての質問。そしてトイレでのやり取り。大して言葉を交わしていないが、その中での印象と今回の事件の印象が小田渕と重ならないのだ。
「どこがそう思わせるのか、と言われてもうまく答えられないだけど……」
『なんだ。私と同じ事考えてたんだ』
レイの発言に思わず顔を上げる。
「えっ、じゃあレイも?」
『うん。私の知る小田渕君はあんな事しない。小田渕君はとっても優しい人だから』
今度は俺が聞く番だと思い、口を挟まず黙ったままでいる。
『私が大学にいた頃になるけど、小田渕君は皆のお父さんみたいな人だった。単位が危ない人がいれば徹夜で勉強教えてくれたし、風邪で体調を崩したら見舞いに行ってくれたり、ゼミの皆で旅行した時なんか、はしゃぎ疲れて私達が車で寝てる中、小田渕君はずっと一人で運転してくれたりしてたわ』
へ~。面倒見のいい人なんだな。中々いないぞ、そんな人。
『だから、私もこの事件の犯人は小田渕君じゃないような気がする。それに、その根拠となる部分もある』
「根拠? どれだ?」
俺とは違い、レイには小田渕が犯人ではないという理由があるようだ。その発言に俺は思わず身体が浮き出す。
『と言っても、私のも感覚的なものだけどね。まず一つは、今言ったみたいに小田渕君の性格から犯人とは思えない』
「なんだよ。俺と同じじゃねぇか。根拠とか思わせ振りな事言っといてそれかよ」
肩透かしもいい所だ。浮きかけた腰がゆっくり降りる。
『うっさいな。一つ、って言ったでしょ。まだもう一つあるの』
「へ~。そのもう一つとは?」
『たぶん、これは悟史が感じている違和感の答えかもしれない』
俺の違和感の答え?
『悟史は覚えてる? 美優紀がどう殺されてたか』
「ああ。胸にナイフを刺されて首を吊るされてた」
『変だと思わない?』
「そりゃあナイフで刺してわざわざ吊るすとか、おかしさ満点――」
『小田渕君がナイフで刺す姿を想像できる? 仮に小田渕君が犯人だったとすると、彼ならナイフなんか使わずにロープで首を絞めるだけで十分だと思わない?』
……ああ! それだ!
ようやく頭の中のモヤモヤが晴れたような気がした。
小田渕は背が高くふっくらとしており、力のある体型をしていた。そんな彼ならナイフという武器よりも、己の力を利用した絞殺が合っていると感じたのだ。
『小田渕君ね、高校までは柔道をやっていたんだって。こんな印象は小田渕君には申し訳ないけど、ナイフで刺す姿は似合わないと思うの。彼なら首を絞めるだけで事は足りるはず』
「じゃあ、あのナイフは何なんだ?」
『いや、そこまでは。でも、これだけでも小田渕君が犯人じゃない理由にはなると思う』
格闘技を経験している犯罪者が皆、力任せの方法を取る訳ではないし、犯罪者の心理など到底理解も出来ない。雰囲気で判断するのも間違いではあるが、印象というのは時に大事である場合もあるのも事実。今回はそれに当てはまるのではないだろうか。
「となると、やっぱ別の人が犯人なんだよな?」
『でしょうね』
「でも、そうなると……」
小田渕の疑いはこれで果たせた。
だが、それは同時に行き止まりに辿り着いた事でもあった。
「誰が犯人なんだ?」
『知らないわよ。それを今から話し合うんでしょうよ』
レイから当たり前の返しが来る。
一番犯人として濃厚な小田渕が外される。それにより、犯人候補となる人物が全く分からなくなった。濃い色の物を見た後で薄い物を見ると余計に薄く感じてしまうように、疑いを持つ事のなかった人物に視点を当てるとなると希薄に見えてしまう。
『というわけで、悟史。何かないの?』
「えっ、ここで俺に振る?」
『当たり前じゃない。私は今小田渕君の犯人否定説を挙げたんだから、今度は悟史の番でしょ』
「いや、事件解決の会議に順番なんか関係ないだろ」
『一方的に言ったって意味もないでしょうよ。それに、私は皆の事を知っている立場だけど、悟史は今日が初対面。知り合いとそうでない人間とじゃ、その人物に対する感じ方も違ったりするでしょ』
レイの言う事は一理あった。知り合いだからこそ分かる事もあれば気付かない事もあるだろう。
まずはお互いの持つ彼らの印象を言い合うという流れから始めてみるか。
「じゃあ、殺された佐藤美優紀についてそれぞれ話してみるか」
『いいわよ。それで、悟史は美優紀についてどういう第一印象を持った?』
「そうだな……」
嘘をついても意味がない。俺は最初に目にした佐藤の印象をそのまま伝えた。
「めちゃくちゃスタイルが良くて綺麗で、露出が目立つエロい服装だから胸の谷間が気になって気になって――」
そこで前方から嫌なオーラを感じ始める。目を向けると、髪を逆立てながらこちらを睨み付けるレイの姿がそこにあった。
……ちょっと待ってレイさん。何でそんな怒ってるんですか? 第一印象の話ですよね!?
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