第一印象

 なんとかレイの怒りを治め――といってもカッターを突き付けられたが――話を本線へと戻す事が出来た。

「まあ、ざっとこんな感じかな」

 一通り各自の第一印象をレイに伝え、先程入れたコーヒーを一口飲む。近所のスーパーの安物であるが、適度な温度と慣れ親しんだ味は一息着かせてくれる。

『……ふ~ん』

 だが、俺の話を聞いたレイはどこか不満そうに頬杖を付いていた。

「何だよ、その顔。なんか変な所あったか?」

『……べっつに~』

「別にという顔でも態度でもないんだが?」

 今の話の中で何か物足りない部分でもあっただろうか。俺はもう一度振り返ってみた。

 佐藤は既に終わっていたので、口にしたのは新原からだった。


 【新原秋一】……爽やかな好青年。身長や顔付き、どこを取ってもイケメンで、性格も優しい。さぞかし大学では女性から人気を集めているだろう。

 【林野めぐみ】……レイが殺された現場のお参りで最初に会った人物。落ち着いた雰囲気の持ち主で、長い黒髪がとても似合う綺麗な女性。お嬢様、とまでは行かないが、凛々しさを兼ね備えた理想の彼女を体現したような印象。恋人であれば間違いなく自慢してしまう。

 【松田賢人】……眼鏡=頭脳派と決まっているわけではないが、乾杯の音頭の喋り方や会話から頭が良い雰囲気を感じた。知識を豊富に持ち、それを自慢する風ではなく優しく教えてくれる、そんな印象だ。

 【柿澤碧】……ショートヘアーで、背が低いというより小さいという印象。自分から行動に出るタイプでは出はなさそうだが、その分相手からの話をきっちり受け止める感じだ。現に、俺との会話も終始微笑みながら聞いたり答えていた。その笑顔にどんな男もときめいてしまうに違いない。恋人というよりも騎士ナイトとして側にいたい気持ちになるだろう。

 【小田渕丈一郎】……既にある程度話しているが改めて。大きな体躯でありながらも威圧感はなく、優しさが滲み出ている。口にする言葉のどれにも嘘偽りのない心が込められているようで、彼の側にいると安心感だけでなく気持ちが軽くなる。

 【豊島理奈】……明るく元気な女性。お酒に弱く泣き上戸になるが、それはレイの死をまだ受け止めきれていない事かららしい。それでも、屈託ない笑顔は見ている側も元気になれるほど輝いていた。デートなんかで一緒に出掛ければ楽しい日を過ごせるに違いない。


 とまあ、だいたいこんな感じだ。普通に第一印象をそのまま伝えたのだが。

「なんだよ。俺の第一印象、何か間違ってたか?」

『第一印象に間違いも正しいもないでしょ。その人が感じた印象なんだから』

「じゃあ、お前は何でそんな不満そうなんだ」

『不満じゃないわよ。なんというか……随分悟史は皆を気に入ったみたいだな~、って』

 レイに指摘されて気付いたが、たしかに俺は誰一人マイナスな印象を受けていなかった。敢えて挙げるとするならば豊島の泣き上戸ぐらいだが、それも許容範囲内だ。

「ん~、まあそうだな。実際話してて楽しかったし、みんな好い人ばかりだった」

『特に女性陣がね』

 俺の言葉にレイが続けるが、文字を差す指に力が入っているように見えたのは気のせいだろうか。顔も見てみると、目は笑っているが眉が吊り上がっているようにも見えた。

『みんなたしかに可愛いよね~。恋人だったらとかデートしたらとか、例えで挙げちゃうくらい可愛いよね~。悟史も男だし、そう思っちゃうのも無理ないよね~。ホント、ミンナカワイイヨネ~』

「……」

 最後の方は目から生気が感じられない。いやまあ、幽霊だから生気なんてないんだが、いつもの光が失われていた。

 あ~、これはあれだな。さすがの俺もそこまで鈍感ではない。なるほどなるほど。レイのヤツ……。

 レイの心情を悟った俺は、その気持ちに応えるため姿勢を正し、こう返した。

「改めて、あの女性陣を俺に紹介してください!」

『ぶち殺すぞっ!』

 ぐいっ、とレイの方に身を乗り出すが、近くにあった鈍器(収納箱)が俺の額に炸裂する。

「いってぇぇ! え、何で!?」

『私の方が何で!? だよ! 今のどこをどう取ったらそんな言葉が出てくるのよ!』

「いやいや、今お前は『はあ~、情けない。それだけ魅力を感じなから何故行動に出ないのか。目の前にその友人もいるんだから紹介も出来るのに。ホント情けない』って顔してたじゃん」

『ぜんっっっぜん違うから!』

 おかしいな。ピンポイントで当てたつもりなんだが、レイの態度から本当に違うらしい。では、一体何を考えていたのか……。

 レイが何を思っていたのかも気になるが、本題はそこじゃないので話を戻す。

「まあ、それはいいや。んでだ。俺の印象はそんな感じだが、どうだ? ?」

 そう。それがこの第一印象を話した目的。かつての友人であるレイが知る彼等と、初対面の俺の印象に差異がないかを比べるために始めたのだ。もし二人の間でそれが生じたならば、そこから犯人たる手掛かりが隠されているかもしれない。

 必ずしも意味があるとは限らない。実際は意味を成さない事の方が多いだろう。だが、されど第一印象。印象というものは時に大きく左右される事も事実だ。手掛かりには弱いからといって軽視していい理由にはならない。

『そうだね。だいたいは悟史の印象そのままよ』

 だいたい、という事は実際は違う部分もある。となれば、まずはそこをレイに伝えてもらおう。そう思った俺はその違いを言ってもらうよう促した。

『うん。あ、その前に一ついい?』

 しかし、いざ話し合いを進めようとしたら指を一本立ててレイが尋ねてきた。

「何だよ?」

『え~と、その……ちなみに、悟史の私の第一印象は?』

 ……は?

「何でお前の第一印象を言わなくちゃならないんだよ。そこはいらないだろ」

 必要なのはレイの友人達のものであって、犯人ではないレイ自身の印象は不要のはずだ。

『べ、別にいいじゃない。第一印象の話をしたら私も気になったんだから……』

 何でという気持ちにしかならない俺に対し、レイは申し訳なさそうにしながらも何かを期待する目を向けてきた。

『そ、それで。答えは?』

「別に。ただ、暗い女だな~としか――」

『うぉぉぉい待て待て待て! 何よそれ! めぐみ達には可愛いとか言ってたくせに、何で私だけは暗い女なのよ!?』

 一転。テーブルを叩きながら――音はしないが――レイは俺に迫ってきた。

「いや、普通じゃね? 幽霊の女だぞ。誰だって暗いか怖いしか思わないだろ」

『そうかもだけどさ!』

「それに、たしかお前俺に会うまで誰とも喋れなかったし、存在にも気付いてもらえなかったんだよな。そのせいで暗くもあり重くもあったぞ、雰囲気が」

『仕方ないじゃない! どれだけ寂しかったと思うのよ!』

「だったら、どうひっくり返ったって明るいやら可愛いなんて見えないだろ」

『ムキィィィ!』

 怒りを顕に、レイがさらにテーブルを叩き始める。音がしないので、ただ腕を振ってるようにも見えた。

 一体こいつはどんな答えを求めていたのだろうか。

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