これが本性です
メッチャ派手だな~、この人。
最後に紹介された佐藤美優紀という女性。他のメンバーでお洒落に飾る人もたしかにいるが、それでも「学生らしさ」を逸脱している者はいない。しかし、佐藤だけは明らかに異質だ。浮いているとかの次元ではない。
綺麗な人であることに間違いはないだろう。壁に寄り掛かりながら長く綺麗な足をクロスさせ、その姿は絵になっている。ワンピースということから身体のラインもはっきり見え、細いウエストに豊満な胸。スタイルは抜群だ。だが、場所が大学という学舎でありながらこの格好はいかがなものだろうか。それが俺の第一印象だった。
「何か?」
じっ、と見ていたからか、佐藤が目を細めながら俺に尋ねてくる。
「えっ? あ、いや、何でもないです」
俺は手を振りながら慌てて目線を反らす。
「……ふふっ」
すると、微笑みながら佐藤がこちらに近付いて来た。それに連れ、鼻に強烈な匂いが襲ってくる。おそらく、彼女が付けているであろう香水だ。それがどんどん強くなり軽く頭が痛くなる。
「な~に? 私の顔に何か付いてる?」
俺の目の前に立つと上目遣いで見つめてきた。
「いや、何も……」
「それとも、別の所に目がいってた、とか?」
腕を組むと、見せびらかすように自分の胸を持ち上げて俺に迫ってくる。その顔はイタズラを楽しむような妖艶な笑みで満たされていた。
あ~、この人苦手なタイプだ。こうやって迫ってくる女性は俺の好みじゃない。俺はもっと清純で恥じらいを持つ女性が好み――ああ! 耐えろ俺の目! 今、下を向いたら石になるぞ!
「佐藤、やめろ。森繁さん困ってるだろ」
「あら、そう? 満更でもない様子だけど?」
「どこがだ。どう見たって戸惑ってるじゃないか。今すぐ離れろ」
新原の注意に肩を透かしながら佐藤が俺から離れていく。そして、さっきと同じ位置に戻っていった。
ようやく解放され、俺は一息つく。新原の助けが後一秒でも遅かったら、あの二つの丘に目が釘つけになっていただろう。そんなことになればレイにどんな目で見られるか……。
チラッ、とレイの様子を窺うと、彼女は眉間に皺を寄せて佐藤を睨んでいる。ああ、やっぱり怒ってる、と思ったが、どこかいつもと怒り方が違うような気がした。
なんだ……どうした?
「森繁さん!」
「うおっはい!」
不思議に思っていたら突然声を掛けられ、気付けば豊島が俺の目の前にいた。
「質問いいですか?」
「し、質問?」
「そうです、質問です。紗栄子と森繁さんの事について!」
目を輝かせながら豊島が握りこぶしを作っている。顔は既に真っ赤になっていた。
しまった、すっかり忘れていた。俺はレイの彼氏ということで呼ばれていたんだった。どうしよう……。
「紗栄子とはどこで出会ったんですか? 紗栄子のどこが好きになったんですか? 紗栄子は森繁さんといる時、どんな態度になりますか? 紗栄子は――」
怒濤のごとく!?
矢継ぎ早に豊島が質問を浴びせてきた。しかも、他のメンバーも同様に興味津々で俺を見つめてくる。
何でそんなにレイの事聞きたがるのだろう? まあいいか。このために来たようなものだし、取り合えず一つずつ答えていこう。
「え~と、出会いですか? 出会いはたしか……雨宿りしている時にたまたま会った感じです」
これに関しては作り話ではなく事実だ。俺が雨宿りした場所にレイがいて、そこで初めて知り合った。もちろん、幽霊になってからの話だが。
「……」
「……あれ?」
素直に答えたのだが、ワイワイ騒がしかった部屋が一瞬で静まった。全員キョトン、と固まっている。
何だ? 何か変な事言ったか? 別に突飛な事でもないよな? えっ、まさかこれアウト!?
「……ック」
「はい?」
「ロマンティッッッック!」
一番に声を出したのはやはり豊島だった。続いて、他の皆も思い思いに口にしていく。
「突然の雨。雨を凌ごうと一つ屋根の下に慌てて逃げ込む二人。そして「すごい雨ですね」とか話ながら濡れたお互いが惹かれ合い……キャー、憧れのシチュエーション! 雨万歳!」
「雨宿りで出会うとか、ドラマみたいだ」
「本当ね。そんなの空想の話だと思ってた」
「雨宿り、ということ自体がすごいな。ド田舎じゃないんだし、普通コンビニで傘でも買うだろうに」
「いいね。予想以上に面白い話が聞けそうだ。僕達の知らない速水の姿が見れそうだし」
今の話は彼等にハマったようで、思いの外盛り上がっている。何気ない内容でさらっと流していくつもりが、逆に彼女達の興味を増長させたようだ。
まずいな……これ、ハードル上がってないか?
「はいはい! じゃあ今度は私!」
次に挙手してきたのは林野だ。彼女も豊島同様に楽しそうに満面な笑みを浮かべている。
「紗栄子はどんな性格でしたか?」
それはここに来る前、お参りした場所で聞かれた内容と同じものだった。たしか、友達と恋人の前ではガラッと変わる、とかなんとか。
「いや、まあ……普通ですね」
「そんな曖昧じゃなく、もっとこう、普段は冷たいのに時々甘えてくる、とか。誰もいない家では大雑把な部分がある、とかです」
どうやら林野の中では「恋人がいる=性格逆転」のような公式が組み込まれているらしい。自分の知らない紗栄子を知りたいという欲求が涌き出ているようだ。
さて、どう答えるか……。
一緒に生活しているわけだから、ありのままのレイの姿を教えてもいいだろう。しかし、本人からその許可が下りそうにない。当の本人を窺ってみると『余計な事は言うなよ?』みたいな威圧を放っている。
こういう場合、レイ自身に答えを求めればいいのだが、この状況では難しいだろう。一応家からひらがな表記を持ち出してきており、ズボンのポケットに忍ばせてはある。これを使えば意思疏通はできるが、彼女達の前でそんなものいきなり出したら疑問に思われるだろう。
長く黙ったままでもまずい。早く答えなければ。でも、何て?
あれこれ考えていると、ふとレイが何かに気付いたのか壁に向かって歩き出す。その先にはなんとひらがな表記が張られていた。
「ああ、あのひらがな表記ですか? あれ速水が作ったんですよ」
俺の目線に気付いた新原が教えてくれた。話によると彼女は教師、小学生の先生になることを目指し、課題か何かで自作した物だそうだ。レイの亡き後、思い出というかこのゼミにいた証として張ったらしい。
そういえば、あいつは先生になることを夢見てたんだよな……。
過去にレイから自分の夢を語られたことを思い出す。そして、レイも懐かしそうにそのひらがな表記に手を滑らしていた。色々と思うことがあるのだろう。
それから、こちらに振り向くと指を走らせた。
『いい? 余計な事を言わずに私の言う通りに喋って。分かった?』
腰に手を当てながらレイが語りかけてくる。その方法が妥当だろう。生前のレイの事など皆無である俺が話しても食い違いが出るし、俺が考えて話すよりは確実だろう。その案に乗るため、小さく頷く。
『オーケー。じゃあ、いくわよ。まずは綺麗好き』
「結構綺麗好きですね。ゴミはきちんと処理してましたし」
これは熟知しているのだろう、全員が縦に首を振った。
『あと、料理が得意』
「あと、料理が好きだったかな」
「料理好き、か。そういえば、紗栄子はずっとお弁当持参してたな~。学食で買ってる所ほとんど見たことない」
へ~。レイらしいっちゃらしいな。
「ということは、森繁さんは紗栄子の手料理食べたことあるんですよね? 何が一番好きでしたか?」
おおう、まさかの質問。これに関しては一番どころか唯一になるけど、あれしかない。
「に、肉じゃが?」
つい先日、栞と共に作った肉じゃが。あれがレイに初めて作ってもらった料理だ……失敗してたけど。
「肉じゃが! 嫁の必須料理! 恋人どころかその先まで見据えていたのか紗栄子!」
また一人で盛り上がる豊島。もうだいぶお酒が回っているだろうから何と答えても盛り上げてしまう。
「う~ん……でも、綺麗好きも料理も知ってることだからな~。他には何かないですか?」
「他にですか?」
困ったように俺がさりげなく視線を向ける。少し考えた後、レイが再び指を走らせた。
『めぐみの期待に応える回答か……だったらこれしかないわね』
おっ、なんかあるのか? よし、それで来い。
準備は万端。あとはレイの言う通りに――。
『グータラでだらしない悟史をきちんと介抱し、毎日廃棄弁当やカップ麺で過ごしていたメタボ一直線の悟史にバランスよい食生活を整えてあげるぐらい献身的で、人として腐敗しかけていた悟史を立派な男にしてみせる完璧美少女――』
「細かい所にネチネチ拘って口うるさくて、機嫌悪くなると物を投げてくるぐらい暴力的で、クイズ番組とかで自分だけ正解すると俺を見下したような目で見てくるやっかいな女ですね」
「おお! やっぱりあったじゃないですか。そうです、そういうのです。私達が知らない紗栄子の姿が見たいんです!」
レイの台詞を無視して俺は林野にそう説明した。彼女は新しい発見に大いに喜んでいる。
『くぅおらぁぁ! 悟史何言ってんのよ! 私の言う通りに話せって言ったばっかでしょうが! 何いいかげんな事をつらつらと!』
黙れぇぇ! それはこっちの台詞だ! 何がグータラで人間として腐敗しかけてる、だ! 俺を何だと思ってやがる!
「他には何があります?」
『次はちゃんと伝えなさいよ。風邪を引いた時は甲斐甲斐しく看病を――』
「前に風邪を引いた時、風邪薬と間違えて胃薬飲まされた事ありますね」
「ドジッ子! まさかの紗栄子がドジッ子! かわいい~!」
『だから私の言う通りに喋りなさいよ! それに、その件に関しては散々謝ったじゃない!』
地団駄を踏みながらレイがまた抗議してくる。しかし、事実と異なるわけだから俺も黙っていられない。
謝ったから許されると思うなよぉぉ! あの時、ただでさえ体調が悪かったのに胃薬なんぞ飲んだから余計に腹がおかしくなったんだぞ!? マジで死ぬかと思ったんだからな!
「いい感じです。乗ってきましたね。さあさあ、森繁さん続きをどうぞ!」
その後も彼女達から質問が殺到し、レイの台詞は無視して俺は答えていった。
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