レイの友人達
「遅いよめぐみ。みんな待ってたんだから」
「ごめんごめん」
「俺この後バイトなんだから、時間通りには来てくれよ」
「全くだね。これから就活が始まる僕達なのに時間通り来ないなんて。遅刻は一発不採用。もう少し時計を見る癖を着けたらどうだい?」
「まあまあ、そう言わずに。めぐみは紗栄子と一番仲が良かったんだから、つい話し込んじゃったのよ。ねぇ?」
林野が部屋に入ると、既に集まっていたメンバーが彼女に話し掛けてくる。遅い、と責めながらもその口振りは明るく、雰囲気は和やか。たった一言二言であるが、このメンバーが仲が良いということが一瞬で理解できた。その後も彼女達はしばらく話し込む。子供のように他愛もない話に盛り上がりつつも、どこか落ち着き大人びた印象を受ける。当たり前なのだが、その様子はまさに大学生らしさが滲み出ていた。
当然、学生でもない俺がその輪の中に入れることはできない。ただ呆然と入り口のドア付近で立ち尽くしていた。
「林野、彼は?」
メンバーの内の一人、癖っ毛の強い男性が俺に気付いたようで林野に尋ねる。それを聞いた他のメンバー全員が一斉にこっちに目を向けた。
なんだろうな……どうして多くの目線を浴びると緊張するんだろ?
まだ部屋にある物には何も触れず、何一つ悪いことはしていないのに、集中して見られているという状況は自然と身体が萎縮してしまう。手のひらが徐々に湿り気を帯びてきた。
「もしかして……」
「うん、そうそう。みんなにも紹介するね。ビッグゲストよ」
一人輪から抜け出し、俺の側まで来た林野が告げる。
「彼は森繁悟史さん。紗栄子の所で偶然会ったの。さっき電話でも言ったけど、森繁さんは紗栄子の――」
「彼氏!」
一人の女性のその一言でまたワッと場が盛り上がる。
「来た来た! 待ってました!」
「きゃあー! 噂の彼氏だ!」
「よかった。若い人だ。おじさんだったらどうしようと思ってた」
「彼氏? ちょっと待て。俺何も聞いてないぞ?」
「お前さっきトイレ行ってただろ。その時電話で彼氏が来るって」
「ささ、森繁さんこっちに」
林野に背中を押されながら、俺は彼等に近付く。
「ど、どうも……」
「森繁さん、紗栄子の彼氏なんですってね? いつから付き合い始めたんですか?」
「え、えっと……」
「はい、ストップ。質問は後にしてくれ。まずは乾杯しようじゃないか」
ポニーテールの背の低い女性が真っ先に俺に迫ったが、眼鏡を掛けた男性に襟元を掴まれ阻まれる。
男性の言葉に、各自が飲み物を手に取る。テーブルには既に持参したであろう飲み物や食べ物が広げられていた。お酒もあるが、まだ馴染んでいない状態ではさすがに手は出しづらいので、俺はお茶を受け取る。
「それじゃあ全員集まった事だし、始めるとしよう。え~、こうして集まるのももう数える程度しか出来ないだろうが、それでもできる限りは続けていきたい。周知のことだが、この集まりは亡くなった速水に向けたものだ。速水はもういないが、紛れもなく彼女は俺達と一緒に勉学を励み、苦楽を共にした仲間。ただの他人だが、かといって切り捨てられるほどの絆でもない。姿は見えなくとも、速水は俺達と共にいる。心の中にいる。彼女を忘れずに前に進むため――」
「え~い、長い! 相変わらず長ったらしいなお前は。そんなくどくど言ったって聞いてるこっちはダルいわ」
「はい、乾~杯」
「乾杯~!」
音頭を取っていた男性を無視し、他のメンバーが勝手に乾杯を始めた。
「お前ら聞けよ! 俺、良いこと言ってるだろ!」
叫ぶ男性。しかし、もう誰も聞いていない。並べられた食べ物や飲み物に意識が向いていた。
「ちくしょう……何で誰も聞かないんだよ」
「あんたさぁ、たしかに良いこと言ってるけど……」
「な、何だよ?」
「いい加減他の文句はないの? いつも同じ内容じゃん。さすがにダルい」
それを聞いた男性は機嫌を損ねたのか、唇を尖らせて背中を向けてしまった。小声でブツブツ何かを言っている。
「さあさあ、お待ちかねのビックゲスト。紗栄子の彼氏さんご対~面~!」
先程俺に迫ってきたポニーテールの女性が再び目の前に現れる。筒のお菓子を持ち、マイク代わりにして喋り始めた。
「改めてお名前をどうぞ!」
「も、森繁です」
向けられたマイクに答える。
「森繁さん。紗栄子の彼氏というのは本当ですか?」
ぐいぐいと迫る女性にたじろぎながらも俺は答えた。
「ほ、本当です」
「ファイナルアンサー?」
……使い方違くね? まあ、いいか。
「ファ、ファイナルアンサー」
「――正解! 正解正解大正解~! はい、彼氏というお言葉いただきました!」
やりました! と、一人突出して盛り上がる女性。他のメンバーも乗ってはいるが少し抑え目だ。どこか暖かい目で彼女の振る舞いを眺めている。
不正解が正しいんだけどな~。間違ったから退出するんだけど、俺帰ってもいい――あっ、駄目だよな。というか、テンション高いなこの人。
「森繁さん、お酒もありますのでよかったらどうぞ」
癖っ毛のある男性が俺の側に近付きながら声を掛けてくる。
「あ、ありがとうございます。でも、お茶で大丈夫です」
「お酒苦手なんですか?」
「いや、苦手ではないですけど……」
飲めるのなら飲みたいものだが、まだこの場の雰囲気と人間に慣れていないので手が出せない。
「気が向いたら飲んでください。まあ、近くのスーパーで買ってきた安い酎ハイやらビールなんでお薦めするほどでもないんですけど」
「いえいえ、ありがとうございます。え~と、すいませんお名前は?」
「あっ、すいません。僕は
黒のミドルヘアーの新原が自己紹介する。端整な顔立ちと長身、清潔感漂う白のシャツに灰色のカーディガンを羽織り、まるでモデルのような印象を受けた。
「ついでに他のメンバーも紹介しましょう。まずは彼女ですね」
そう言うと、一番近くの椅子に座っている女性を手で示した。
「彼女は
「初めまして」
名前を言われた柿澤が腰を折って挨拶してきた。ショートヘアーで耳には星を象ったイヤリングを身に付けている。
「次は
「……どうも」
短髪に眼鏡を掛けた青年。先程乾杯の音頭を取った人物だ。知識人のような印象を受けるが、雰囲気はどこか暗い。まだ機嫌が直ってないのか、軽く頭を下げた後すぐに視線を反らした。
「そんでお次は――」
「はいっ!
ハキハキと手を挙げながら豊島が自己紹介。CMか何かだったか、どこかで聞いたことのあるフレーズを口にする。顔が既に赤く、かなりアルコールが回っているように見えた。
「酔ってません?」
「ああ、うんまあ……豊島はお酒弱いんです」
よく観察してみると、豊島はまだ缶チューハイ二個目。どうやら、たった一缶であそこまで上げ上げになったようだ。
「いや、弱いなら止めるべきでは? 後々面倒な事になりかねないし」
「いや、今日はいいです」
新原はどこかしょうがない、といった諦めの色を出しながらそう言う。その間に、豊島がまた新たなお酒に手を伸ばしていた。他のメンバーも彼女が弱いことを知っているであろうにも関わらず、誰一人止める者はいない。
「僕は小田渕丈一郎といいます。よろしく」
横から自ら名乗り出てきたのは少しふっくらした体型の男性だった。背が高くて威圧感があるように見えたが、童顔がうまくそれをかき消し優しい印象を受ける。それを表すかのように、大きな手でありながら力強いというよりそっと包み込むような握手を交わした。
「最後は彼女だ。彼女は――」
新原の手が示した方向へ顔を向ける。すると、その瞬間俺は思わず目を見開いてしまった。
ウェーブが掛かったロングの茶髪に、目がチカチカしてしまうほどの派手な赤のワンピース。耳と胸には高価そうなアクセサリーを身に付け、化粧もかなり濃い。存在感が他の人とはまるで違う。見た目はキャバ嬢そのものだ。
「佐藤美優紀です。どうぞよろしく」
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