誕生日プレゼント……?

「これは何だ?」

 器に盛られ、テーブルに用意されたレイと栞の料理を俺は見つめながら尋ねてみた。

「に、肉じゃが……」

 どこか不安そうな声を含みながら栞が答える。

 たしかに仄かに香る甘い匂いは肉じゃがのもの。花の蜜に誘われる蜂や蝶のように食欲をそそる芳しい香り。例外なく、それを嗅いだ俺も自然とお腹が鳴った。鳴ったんだが……。

「形悪いな~」

 器を持ちながら思わずそう口にしてしまった。

 そう。香りは文句なしなんだが、見た目が明らかにアンバランス。ジャガイモを始め、ニンジンやら玉ねぎの大きさが見事にバラバラなのだ。

「し、しょうがないじゃない。レイちゃんが邪魔をしたんだから」

『じゃ、邪魔したのはそっちでしょ。私はもっと小さく切りたかったのに』

 お互いに文句を言うレイと栞。料理を終えたので、レイは栞の身体から既に抜け出していた。

「ま、まあいいや。別に形はどうでもいい。問題は味だからな。それじゃあ、いただきます」

 まずは一つだけ一際大きく、主張の激しいジャガイモから行ってみよう。箸で掴んで口に入れ咀嚼する。

 ……ゴリッ。

「固っ!」

 強い抵抗が口の中に生まれる。明らかに中まで火が通っていない感触だ。

「まだ生の部分があるじゃねえか!」

『ほらやっぱり。大きすぎて中まで火が通らなかった』

「違うわよ。火加減が弱すぎたのよ」

 決して自分の非であるとは言わない二人。

 ま、まあ、料理下手な俺が言うのもなんだが、この大きさならこういう失敗も起こりかねないよな。よくある失敗と捉えよう。あまりしつこく言っても悪いので次に移るか。

 今度は玉ねぎへと箸を向ける。しかし、掴んだそれは……。

「メッチャ薄い!」

 そう。玉ねぎ越しに栞の姿が見えるぐらい薄かった。ペラペラというか、一瞬ビニールではないかと見間違えるぐらいの厚みだ。

 逆にスゲーな。かんなでも掛けたのか、っていうぐらい薄いぞ、これ。

『私は少し厚めに切ろうとしたのに、栞さんが邪魔するから』

「レイちゃんのは厚すぎ。玉ねぎは普通二、三ミリぐらいよ」

 そうやってお互いが抵抗し合って結果こうなった、と。よく怪我しなかったな。

 そんな薄さだから口に入れても食感も味もへったくれもない。玉ねぎって何? という疑問をこの年で初めて抱いた。まあ、気を取り直し、お次は半額になっていたというお肉。

「おっ、肉はまともそうだな」

 赤身の部分がなく、きちんと火が通り柔らかそうな肉がジャガイモとニンジンの間に挟まっており、それに手を伸ばす。ようやくまともなものにありつけそうだ。箸で摘まみ持ち上げたが……。

 ズル……ズルズル……。

「切れてない!」

 こちらに引けば引くほど肉が列を成して延びてくる。肉というか、繊維らしき部分が連結していた。

「これもレイちゃんのせいね。私はちゃんと切り分けようとしたのに」

『どこがよ。あの大きさなら三~四分割ぐらいに切るのが妥当よ。何で半分? むしろ、そのまま入れようともしてたよね』

 に、肉は後にしよう……どれでもいいから、きちんとした形のものはないのか?

 必死に探していると、唯一程よい長さに切られた白滝が目に入った。

 一番歯応え無いやつじゃん……。まあ、白滝なら失敗もないだろ。

 純粋に味わうには味が染み込んだ白滝が一番だろう、と自分に言い聞かせてながら口に入れた。

「っ! 味がない!」

 だが、口の中に広がるはずの肉じゃがの風味は皆無。味気のない素のこんにゃくを食しているだけだった。

「……何でこうなった?」

 俺の質問に目の前の二人は迷うことなくお互いを指差した。

 チクショオ! 俺の誕生日じゃないの!?

俺のお祝いじゃないの!? 二人掛かりでこれ!? いや、もしかしたら二人掛かりだからこそこの結果となったと言えるかもしれない。やはり、どちらかに任せればよかったんじゃないのだろうか。

 さすがに俺もショックを隠せない。箸の動きは完全に止まっていた。

「……ねぇ、レイちゃん」

『……何?』

「もう一度作り直さない? 二人で」

 栞の言葉に俺とレイは栞を見返した。

「どう見てもこれは失敗でしょ?

たしかに私はレイちゃんの動きを邪魔した。でも、レイちゃんも私の動きを邪魔したよね? どっちのせいとかじゃなくて、どちらも原因だと思う。だから、お合いこってことで、今度は一緒に作らない?」

 反省の色を含ませた栞の提案。それを感じ取ったレイも同意見なのだろう、素直に受け入れた。

『いいですけど、材料はもうありませんよ?』

「また買って来て作ろうよ。まだ時間あるでしょ。悟史の誕生日なのに、さすがにこれは酷いし」

「……」

『……そうですね。今から作れば夕飯には間に合いますし』

「よし、そうと決まれば早速買い出しに行きましょ。これはもう捨てて――」

 栞が取ろうとした肉じゃがの器を寸前の所で俺は奪った。そして、その勢いのまま口に含ませていく。

 モグモグゴリッ、モグモグフニュ、モグモグ……。

 時々変わった咀嚼音が出てくるが、俺は構わず次々と口に入れ飲み込んでいった。最後の一切れのジャガイモを味わった後、空になった器をテーブルに置く。

「ごちそうさまでした」

 そう言った俺だが、栞とレイは呆然と不思議そうに器と俺の顔を交互に見ていた。

「いや、あの……」

『悟史……何で?』

 何で? んなもん決まってる。

「せっかく二人が作ってくれたもんを捨てるわけにはいかないだろ」

「いやいや、これは失敗作だよ?」

『そうよ。そんな無理して食べなくても』

「アホ。これは

『……え?』

「普段家で飯作ってる時はレイの指示に従っているが、作っているのは俺自身だ。でも、こうして俺以外の身体を使って料理をしたのは初めてだろ? いわば記念すべき一品だ。それを捨てるわけないだろ」

『いや、え? あの……』

「あと栞」

「ふぁい!?」

 急に呼ばれて驚いたのか、裏返った声を栞があげた。

「わざわざ地元からこうして誕生日プレゼントとして料理しに来てくれたんだぞ。向こうで作ったやつじゃなく、途中で買い物してまで、だ。そこまでしてくれたもんを拒否するわけにはいかないだろ」

「……」

 お世辞にも旨かったとは言えないかもしれない。だが、それよりも俺の誕生日にこうして祝いをしてくれたという行為に答えてやるのが正しいのではないだろうか。ましてや相手は幼馴染みといつも一緒にいる人物だ。一番蔑ろにしてはいけないだろう。

「そ、そういう優しい所は昔から変わらないね……」

 視線を反らせながら栞がボソッ、とそう呟き、モジモジと身体を捩らせ始めた。隣ではレイも同じような動きをしている。

 何か変なこと言ったか、俺? 何をモジモジしてるんだこいつら? なんか落ち着かない様子に見えるが……あ、あれか。

「トイレか? トイレならそこのドアだよ。何我慢してるんだよ、早く言えば教え――ぐっはぁ!」

 なぜか栞が俺の顔面に拳を突き出してきた。そしてさらになぜか、時間差でレイもポルターガイストでテーブルにある器を飛ばし、それは俺の額に命中する。

 しまった。女性にこの手の話はご法度だったな。


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