料理は格闘技です
サクッ、サクッ……。
シャ、シャ……。
グツグツ……。
台所から特有の調理音が奏でられ、その演奏者である栞の背中を俺は遠くから眺めていた。
見ての通り、栞とレイは買ってきた具材を使って料理をしている。先程までちょっとしたいざこざがあったが、今は落ち着いているようだ。
「(レ)あ、このじゃがいもすごく良い。形といい大きさといい(栞)でしょ? ちゃんと厳選したからね~。(レ)お肉も高そ――半額っ!? (栞)そうそう、私もビックリしちゃった。この質で半額、即買いだったね。(レ)これどこで買いました? この辺のスーパーじゃこんな値段で売ってないです。(栞)えっと、たしか――」
レイと栞――まあ喋ってるのは栞一人で、一人二役みたいな感じだが――が何気ない会話に勤しんでいた。一応頭の中で混乱しないよう二人の台詞を割り振っている。女の子同志だからか、ただの食材にも関わらず「あそこは高い」だの「あそこはオススメ」だのと続き、次第にファッションへと膨らんでいく。
「(レ)栞さんのこの服装すごくいいですね。動きやすいし。(栞)そう、そうなのよ。私って動くの好きだから伸縮性のある服をよく買うんだけど、これは肌触りも優しくてお気に入りなんだ。(レ)いいですね。私は服を変えられないけど、たまにはショップに行ってみたいな。(栞)じゃあ、今度一緒に行かない? (レ)えっ、いいんですか? (栞)もちろん。買わないにしても見るだけで楽しめるじゃん」
そういえば、過去に栞から聞いたことあるが、女性というものは買うつもりがなくとも見るだけで楽しめるらしい。手に取り、試着するだけでも満足する時があるとか。俺からすれば理解に及ばないな。んじゃ何しに行ってるんだよ? 観光地じゃねえんだぞ?
「(レイ)で、でも、私は幽霊だから……。(栞)何言ってるのよ。存在は幽霊でも女の子に変わりはないでしょうよ。それだけで十分じゃない。(レイ)あ、ありがとうございます。栞さんって好い人なんですね。あの、さっきは気持ち悪いとか言ってごめんなさい。(栞)いいよ~別に。もう気にしてないし」
……結構面白ぇ。
よそよそしくしたと思えば次は明るく照れたりと、言葉だけじゃなくて手振りや仕草までを一人で演じている。まるで落語家を観ているみたいだ。
「(栞)あっ、それから敬語じゃなくていいよ。私の方が上らしいけど、ほとんど変わらないんでしょ、私達? (レ)えっ、でもそれは……(栞)こんなに話せばもう友達でしょ。(レ)と……友達……」
レイが噛み締めるように友達という言葉を嬉しそうに口にする。よくよく考えてみたら、レイは俺以外の人間と接することがない。幽霊で姿が見えず、誰かと会話したくてもできないはずだった。だが、霊感のある栞のおかげで、しかも同じ年頃の同姓と話をしている。レイからしたら、この状況は夢とさえ思っていたのではないだろうか。それが今叶っている。
「(レ)じ、じゃあ、お言葉に甘えて。よろしく、栞さん。(栞)こちらこそ」
これは……悪くないかもな。
レイがこれからも楽しく生活してもらえるように、栞にちょくちょく顔を出してもらい協力してもらおう。そんな事を俺は考え始めていた。
「(栞)じゃあ、ちゃっちゃか料理済ましちゃいましょうか。(レ)ええ、そうね。悟史もお腹空かせているだろうし」
うんうん。良い傾向だ。
二人が仲良くなり安心したからか、思い出したように俺のお腹がグゥ~、と鳴った。
あらら。普通に腹減ったな。早く出来ないだろうか。
「(レ)――ちょっとちょっと。何してるのよ。(栞)えっ? 何が? (レ)何がじゃないわよ。じゃがいも大きすぎるよ。もう少し小さく。(栞)はあ? そっちこそ何言ってるのよ。じゃがいもはこれぐらいの方がいいのよ。(レ)ダメよ。それじゃあ、中まで火が通らないわよ。(栞)平気だって」
……あれ? なんか雰囲気がまたおかしくなってきてないか?
「(レ)ちょっとぉぉぉ! 今度はお肉大きすぎる! 何でそんな大きくするのよ!? (栞)何言ってるのよ。良いお肉なんだから贅沢に使わなきゃ勿体ないでしょ? (レ)だからって大きすぎよ! 啜って食べるつもり!?」
ああ……これまたすっかり忘れていた。レイは料理に対して並々ならぬプライドを持っていたのだ。それも味付けを始めカットサイズにまで事細かに指示してくるぐらいに。どちらかというと大雑把な栞とは正反対であり、衝突するのは目に見えていた。
「(レ)ちょっと、醤油入れすぎ! そんな入れたらしょっぱくなっちゃう! (栞)私の家では一回り半入れてるの。(レ)だったらもっと早く回して! 何でそんなゆっくりやるの!」
醤油の量でまさかの勃発。
「(レ)火! 火が強い! もっと弱く! (栞)これ以上弱くしたらちゃんと煮込めないわよ。(レ)強すぎると煮崩れするでしょうが!」
火力でさらに勃発。コンロの火より二人の戦いの方が熱があるような気さえする。
「(レ)灰汁だけを取れぇぇぇ! 何で汁もごっそり取ってるのよ! (栞)おたまの四分の一も取ってないでしょ。レイちゃんさっきからうるさいよ。言うこと細かいし」
栞の意見には激しく同意。離れている俺は大きく頷いた。
「(レ)細かくない。料理というのは、ホンの少しの手間や味付けで全く変わるんだから。さっきのお肉だって、良いお肉使ってるんだからその味を最大限に引き出さなきゃ勿体ない。(栞)おばさんくさ。(レ)お、おば!?」
おばさんという言葉がよっぽどムカついたのか、それから二人の本格的な口喧嘩が始まった。
「(レ)……そういう栞さんはどうなの? お腹周り随分プヨプヨだよ? おばさんみたいに。(栞)ちょ、レイちゃん!? 人が気にしてることを――(レ)あっちゃ~、これはやばいわ~。掴んで手に余るとかやばいわ~。そんな大雑把な料理なんかしてるから無駄に摂取してお肉が付いてくるのよ」
右手がお腹辺りを掴んだり突ついたり、指で弾いたりと弄んでいる。
「(栞)……あ~そう。そういうレイちゃんはたしかにスタイル良いよね。(レ)そりゃそうよ。生前はしっかり食事に気を使ってたから――(栞)だからそんなに胸も大きくないのね。(レ)んなっ!? (栞)無い訳じゃないけど、普通というレベルよりは小さいよね。味だとか、そんな細かい事やってたから脂肪が付かなくて胸も大きくならなかったのよ。可哀想に、ああ可哀想に。(レ)ムキィィィ!」
先程まで仲良く調理していたのは幻だったのだろうか。再び二人の戦いが開始される。といっても、既に具材は鍋の中に入っているので後は待つだけである。だが、そのせいか戦いの矛先はコンロの摘まみに集中し、二人が自分の好みの火力に調整しようとせめぎ合っていた。
「(栞)その手を、離せ、この! (レ)これは、あなたの手、でしょ? だったら、あなたが離しな、さいよ! (栞)そう、ね。これは私の手。だから、まず私が使う権利があるはず、では? (レ)無理、しなくてもいいの、よ。そうやって、抵抗すれば、するほど、疲れるのは、あなたの腕、なのよ?」
息を荒げながらギギギ、とコンロの摘まみが右に左と動き、火力も強くなったり弱くなったりと定まらない。
もうやめろぉぉぉ! コンロが可哀想! というか壊れる!
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