いざ、戦場(台所)へ

 レイと栞が向かい合い勝負! と聞いた時はてっきり殴り合いでもするのかと思ったが、どうやらそうではないらしかった。詳しく聞くと、二人がやろうとしてたのは料理対決。どちらの作る料理がおいしくできるか、との事だった。まあ、幽霊のレイに対して殴り合いは不可能だろう。

 ただ、料理対決しようにも栞が買ってきた食材では明らかに足りない。そのせいでまず勃発したのが食材の取り合いだ。レイがポルターガイスト現象で浮かせてはすかさず栞が奪い返し、またレイが……の攻防が繰り返され、見ている分にはよかったが、その食材を使った料理を俺が食うとなると長くは黙っていられない。

「やめんか、アホ」

「誰がアホよ!」

 栞が叫ぶが、レイも同じタイミングで同じような表情でこちらを睨み付けている。

「食材が痛むだろ。自分から痛ましてどうする」

「この子が私から奪うからよ。私が買ってきたもんなのに」

『九字を水金地火木とか言う人の料理なんか不安でしかないでしょ。料理のさしすせそも怪しいわ。台所を爆発させかねない』

 文句を言うと、二人が再びお互いを睨み合う。

「そもそも、勝負ってなんだよ。そんなもんせずに二人でやればいいだろ」

「ダメよ。これはお互い負けられない勝負なんだから」

 だからその勝負ってなんだよ。何に対しての勝ち負けを競おうとしてるんだ?

「そもそもレイ、お前どうやって料理する気?」

『ポルターガイストで包丁動かしたりフライパン浮かしたり』

「恐い! 恐いわ! 隣でそんなことされたら!」

 たしかにそれは恐い。レイはポルターガイスト現象で物を浮かせることはできるが、長時間は続かないらしい。途中で力尽きて包丁が飛んでいったりしたら命に関わりかねない。

 なんとか穏便に済ましたいのだが、チラッ、とレイを窺うと断固阻止! というような決意の目をしている。あれはそう簡単には折れない顔だ。

「そうだ。悟史に憑依させればいいじゃん」

 名案とでもいうように栞が提案する。

「別にやっても構わんが、その後俺しばらくは目を覚まさないぞ?」

「どれくらい?」

「レイの聞く所によると、だいたい一~二時間ぐらいだそうだ」

「料理が冷める!」

 だろうな。起きた頃には料理はカピカピだ。

 じゃあどうするか、と考えているとレイが『ああ、なるほど』というように手を叩くと、次の瞬間栞に向かって飛んでいった。

「お、おいおいレイ」

 レイが吸い込まれるように栞の身体に入り込むと、栞がビクッ、と震える。

「……ふっふっふ」

 不気味な笑い声が栞の口から発せられるが、口調が栞のものではない。

「そうよ! 最初からこうすればよかったんだわ! これで万事解決!」

 腰に手を当て、勝ち誇ったように栞が……いや、レイが喋り始める。レイが栞の身体に憑依したのだ。

「お前、いきなり栞の身体に飛び込むとか卑怯じゃね?」

「問題ないわ。むしろ、家の爆発を阻止した英雄として讃えて欲しいわね」

「爆発は言い過ぎだろ」

「そんなことない。この人ならやりかねないわ」

 断言するレイ。今日初めて会った栞に対し、なぜそこまで嫌悪するのか。

「栞は大丈夫なのか?」

「うん、たぶん」

「たぶんって何だよ」

「私が入って驚いたのか、今は意識がない状態ね。眠ってるような感じ」

「……それ、本当に大丈夫なのか?」

「平気よ。悟史がいつも問題ないわけでしょ? だったら同じように私が見えるこの人だって問題ないわ」

 理屈が大雑把だが、さすがにレイも栞の身体に異変を感じていながら憑依し続けることはないだろう。

「まあ、いいや。作るんなら早く作ってくれ。腹へった」

「まっかせて。私がきちんとした料理を作ってあげ――るんじゃないわよこの幽霊女!」

 ゆっくりした口調から突然叫び始めたレイ。急な変化に俺は驚いたが、それよりもさらに驚いていたのはレイの方だった。

「どうしたの、お前?」

「いや、今のは私じゃ――人の身体に無断で入り込むとか、失礼極まりないわね!」

 再び声を荒らげるレイ。

 え~と、台詞の内容からしてまさかとは思うが……。

「もしかして……栞か?」

「当たり前じゃない。どう見たって私でしょうが」

 よく見ろと言うように、栞が両腕を広げながら答えた。

「本当に?」

「何で疑うの――悟史! この人完全に乗っ取れない! 何か変――人の事変とか言わないでくれない!? 勝手に入ってきてさらに悪口!? さすがの私も黙ってないわよ!」

 一つの口から二人分の台詞が飛び交い、まるで落語家の演技でも見ているような光景が目の前で繰り広げられていた。これは間違いない。レイが憑依しながらも、栞は完全に乗っ取られていないのだ。

「何で平気なの、お前?」

「そりゃあ私は霊力が強いからね。そう易々と乗っ取れると思ったら大間違いよ」

「口だけじゃなかったのか……」

 まさかこんな形で栞の力を垣間見ることになるとは思わなかった。

「そんじゃあ、さっそく料理しちゃうおう――させるか!」

 右手が栞の髪を掴み後ろにグイッ、と引っ張った。

「痛い痛い! ちょっと、何するのよ――あなたに台所は立たせない――台所立たなきゃ料理できないでしょ。悟史に生で食わせる気? ――私が料理するからあなたは黙っててくだ――人の身体に勝手に憑依しといてよくそんなこと言えるわね。私がやる――いいえ、私が――私よ! ――私!」

 何をしてるんだこの二人は……。

 もう面倒くさいので、俺は台所にある唯一残ったカップ麺に手を伸ばした。それからヤカンに水を入れ火をかける。

「ちょっと悟史、何やってるの?」

「いつまで経っても来ない料理を待つほど俺はお人好しじゃない。勝手に食う」

「ちょっ! ――待った待った!」

 栞かレイか、ヤカンにかけた火を止めながら俺に迫る。

「作る! 作るからちゃんと待ってて!」

「本当か?」

「本当の本当。私がきちんと作るから――私が作るって言ったでしょ? レイちゃんは早く私の身体から出てって――ダメです。悟史に食べさせるのは私――私よ! ――私!」

 ……カチッ。

「わー! 分かった! レイちゃんと作る! ――ええ、栞さんと作るから! お願い、カップ麺から手を離して~」

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