幼馴染み

「ふ~ん、犯人探しね~」

 頬杖を突きながら栞が呆れ気味にそう口にする。

 顔面に栞の拳を食らった後、俺はレイについて説明した。レイとの出会い、そして共にいる目的やこれまで事件に遭遇したことすべて隠さずに。

「それで? 犯人の見当は付いたの?」

「いや、さっぱり」

「手掛かりは?」

「それもさっぱり」

 現時点での俺の捜査状況を伝えるが、その度にその事実に悲しくなってくる。犯人を見つけると決めてからだいぶ月日が経つが、いまだにこれといった情報は手に入っていない。

「というか、そもそもそれは警察の仕事じゃないの? 何で悟史が?」

「俺がやりたいからだよ」

「何で?」

「何でも」

 もちろん理由はあるが、説明するとなるとまた話が長くなりそうな気がする。というか、面倒くさい。

 ブンブン。

 突然、俺の目の前でレイが腕を振り、視線を自分に向けるよう仕向けてきた。

「なんだよ」

 俺の返事にレイは指を栞に向け、首を傾げる。

「……ああ、忘れてた。そういえば、レイの事は話したけど、栞の事は紹介してなかったな」

 俺は手のひらを向けて栞を紹介し始めた。

「こいつは獅子川栞ししかわしおり。同じ地元で昔よく遊んでた、俺の幼馴染み」

「獅子川栞です。初めまして、レイさん……レイちゃん? 歳上? 歳下?」

「歳下」

「あっ、なら敬語は要らないよね」

 歳下と分かるや否や、栞は気を使うことなく接し始めた。

 生前の記憶は完全に戻ってないの?

 レイちゃん自身で何か犯人に心当たりは?

 レイちゃんって綺麗な顔立ちしてるね。

 レイちゃんってどんな異性がタイプ?

 最近ハマってる事は?

 等々、矢継ぎ早にレイに質問攻めをする始末。俺以外に自分の姿が見える人物に会えた事ですら戸惑うのに、こうも攻められては落ち着かないだろう。案の定、レイはオロオロと焦っている様子だ。

「栞、ちょっと抑えろ。レイが混乱してる」

「えっ? ああ、ごめんごめん。久し振りに幽霊見たからちょっとテンション上がっちゃった」

「相変わらずだな」

 昔と変わらない幼馴染みの姿に呆れつつも、どこか安心している自分がいた。

「レイちゃん、何か喋ってよ。私レイちゃんと話がしたいな」

「無理。レイは喋れないから」

「喋れない? じゃあ、どうやって今まで悟史は意思疏通を?」

 俺は立ち上がると、コルクボードに張り付けているひらがな表記を取りテーブルに置く。

「な~るほどね。これで会話をしてるのか。じゃあじゃあ、レイちゃん何か私に言いたいことは?」

 それを聞いたレイは少し何かを考えた後、指を走らせた。

『気持ち悪い』

「第一発声が気持ち悪い!? ひどくない!?」

 バンッ、とテーブルを強く叩いて猛抗議する栞。

『だって、初対面でこんなグイグイ接してくるなんて……悟史、この人いつもこうなの?』

「ああ、こんな感じ」

『誰とでも?』

「そうでもないな。知り合いや気に入った相手ぐらいだ」

『気に入った、って幽霊の私を? 徐霊しようとしたのに? この人もオカルト好き?』

「う~ん、少し違うな。何て言うのかな……勘違い女か、ただのバカ?」

「誰がバカじゃい!」

 バンッ、とまたテーブルを叩く栞。やめろ、テーブルが壊れる。

「お前が見えるって事だから、栞も霊感があるのは分かるだろ? 小さい頃からそうでな。幽霊が見えるってよく自慢してたんだ。ただ、それを栞は自分は特別な人間だと錯覚してるんだよ。自分は選ばれた人間。そして、その役割はこの世に未練のある幽霊を成仏させること、ってな。それから幽霊を見るや否や徐霊だ徐霊だ、って駆け回る。そのせいで小さい頃は酷い目にあった」

「私、何かしたっけ? 普通に遊んでたでしょ?」

「忘れたとは言わせんぞ。お前と遊んでて、ろくな目に逢わなかったんだからな」

『例えば?』

 気になったのだろう、レイが質問してきた。

「近所の公園で砂場とか鬼ごっこ、隠れんぼで遊んでたんだが……」

『別に普通じゃん』

「そうよ、普通じゃん」

「……砂場に陣を描いてその中心に大の字で寝かされ、悪霊退散! って叫びながら砂を撒かれるのが普通か?」

『……はい?』

 それを聞いたレイの表情が固まる。

「鬼ごっこも、鬼の栞が棒に呪符みたいのを巻き付けて振り回しながら追っかけてくるのが普通? 隠れんぼもホラー映画みたいに「サトシ……ドコ……? ワタシヲミステナイデ……」って呟いて、虚ろな目で両腕だらけさせて首を傾げながら探すのが普通と言えるか?」

 今思い出すだけでも寒気がする。全国探しても俺ほど危機迫った気持ちでこれらの遊びをした者はおそらくいないだろう。既にレイの顔は同情を飛び越えて掛ける言葉が見つからない、といったものになっていた。

「それは遊びながら特訓をしていたのよ。そのおかげで今ではかなりのやり手よ、私」

「どこがだよ! 数珠手に巻き付けて殴る徐霊とか聞いたことねぇよ! しかも、ナムル、飴、ダブルって何だよ!? 南無阿弥陀仏だろ!」

「あれ、そうだっけ?」

 これだよ。一番タチが悪いのは、誰かに習ったわけではなく、独学で覚えていることだ。しかも、きっちりではなく情報誌の流し読みみたいなノリで調べてるせいで知識は曖昧。さらに、先程の殴る事から分かるように、自分で徐霊のやり方を見出だしてしまうきらいがある。

「そもそも、南無阿弥陀仏も徐霊じゃないし。徐霊は九字だよ」

「あっ、そっちか。うっかりうっかり」

「うっかりじゃねぇよ、ったく……まさかとは思うが、九字は言えるのか?」

「バカにしないでよ。それぐらい言えるわ」

「じゃあ、言ってみろ」

「水、金、地、火、木、土、天、海、冥」

「臨、兵、闘、者、階、陣、烈、在、前だよ!」

 一文字も合ってねぇ。何をどう間違えたらそう覚えるんだよ。

『やっぱり……気持ち悪い』

「また言った!?」

 二回目を言われ、栞がテーブルに顔を伏せる。どうやらショックを受けたらしい。

『ねぇ、悟史。この人本当に大丈夫なの?』

 レイの気持ちも分かる。この話を聞けば誰だって栞に良い印象は受けない。

「ああ、それは大丈夫だよ。栞がこうなるのは幽霊関係だけだ。普段は常識人だよ」

 擁護とは言わないが、一応栞への誤解を説いておく。栞は悪いやつじゃない。それは幼馴染みの俺が保証する。

「さて、栞の紹介はこれぐらいでいいだろ。それで、何回も言うが栞は何で俺の所に来たんだ?」

「ああ、それね」

 顔を上げた栞がコーヒーを一口飲むと続けた。忘れかけていたが、本題はなぜ栞が現れたのか、だ。

「さて問題です。今日~は何の日?」

「気になる日~」

「CMかっ! いや、CMは日じゃなくて木だし」

 知ってるよ。ただ、栞のリズムが完全に一致してたからつい出たんだよ。

「今日って、なんかあるのか?」

「ほらやっぱり。忘れてるじゃん」

 忘れてる? 栞となんか約束してたか?

「今日は何月何日?」

「え~と、十月十八日だな」

 スマホのトップ画面で日付を確認する。真ん中に大きく時間と日付が表示されていた。

 ん? 待てよ……十月十八日?

「あっ、俺の誕生日だ」

 そう。今ようやく気付いたが、十月十八日俺の生まれた日だ。

「悟史ホントに忘れてたんだね。呆れた」

「いやいや、この歳になったら誕生日とか気にしないだろ、普通」

「気にするわよ。誕生日は一年に一回しかない自分だけのイベントよ? 忘れる方が気が知れないわ」

 そんなもんだろうか。まあ、男より女の方がこういったイベントは覚えているような気がしなくもない。

「それで? 俺の誕生日だからなんなんだ?」

「悟史の頭はスッカラカンなの? 誕生日と言ったら当然プレゼントでしょうよ」

「プレゼント?」

「そう。ジャジャーン!」

 効果音を口にしながら栞がビニール袋を持ち上げる。中には玉ねぎや人参、肉といった食材が入っていた。

「うお、マジ助かるわ。後で買い物行こうとしてたし、今月ジリ貧だったんだ。サンキュー!」

「ちょっとちょっと! 誕生日プレゼントが食材!? そんなわけないでしょ! あんたどんだけ侘しいの!?」

 若干の憐れみが含まれている気もしなくはないが、食材を切らしているのは事実だし、貰えるというなら有り難く頂戴したい。

「んじゃあ、何のために持ってきたんだよ、それ」

「作るために決まってるじゃない」

「作る?」

 俺が疑問を口にすると、横目でレイの身体がピクッ、と動くのが見えた。

「そうよ。可愛い幼馴染みが、愛情込めて料理を提供しようということよ。女の子の手料理が食べられるのよ? 泣いて喜びなさい」

「ごちそうさまでした」

「まだ食べる所か作り始めてもいないのにごちそうさますんじゃないわよ!」

 ゴツッ、と頭を下げた俺に栞の拳が炸裂する。

「何でお前が俺に料理するんだよ?」

「どうせ普段ろくなもの食べてないんだろうから、優しい栞様が心配して旨いものを提供しに来てあげたのよ。感謝しなさい」

 そうは言われても、何か裏がありそうで疑心が沸々と込み上げてくる。

「何よその目は。まだ信じられないの? 別に何かお返しとか、交換条件があるとか、そんなのないからね。ただ純粋に悟史に料理を作りに来ただけよ」

 いまだに信じられないが、栞のこの口振りから判断するとたしかに裏があるようではない。

「まあいいや。タダで食えるって言うなら有り難く頂戴しよう」

「まっかせなさい。そんじゃあ、台所借りるわね」

 そう言って栞が立ち上がり、台所へと向かう。

「……何、レイちゃん? ちょっとそこ退いてくれる?」

 ところが、栞の行く手を阻むように、両手を広げたレイが台所の前で立ち尽くしていた。

「そこに立たれると料理ができないよ。道を空けてくれる?」

 だが、レイは道を空けず首を横に振った。それから栞の顔を見つめる。その目付きはどこか敵意があるように俺には見えるが、気のせいだろうか。

「……はっは~ん、なるほどね」

 しばらくレイの睨み付けをまた睨み返していた栞が、何かに気付いたような台詞を口にした。

「でも、私も引き下がらないわよ。そのためにここに来たんだから。それとも、私と勝負する?」

 二人の睨み合いがさらに強さを増している。

 勝負? 勝負ってなんだ? 何でいきなり対決する様な事態になってるんだよ。いや、待てよ。この景色どっかで見たような……あっ。

 思い出した俺は整理した本棚から一冊の漫画を取りだし、ページを捲っていく。そして、お目当ての絵を見つけた。

 そうだそうだ。このページの雰囲気とそっくりなんだ。

 そこには、主人公とライバルとなる人物が一人の女の子を賭けた戦いが始まろうとするシーン。二人の間には激しい火花が散っている。普通、こういった背景には龍と虎の絵が載ったりしているものだが、この漫画はギャグも含まれているのでなぜか猿と犬だった。

 ……レイと栞、どっちが猿でどっちが犬だろうか?

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