訪問者
というわけで、現在俺は部屋の掃除をしている。レイの言うように隅から隅まで行うことになり、物を退かしたりと移動させ、その結果部屋中にあらゆるものが散乱していた。
『寝てる暇なんかないわよ! あの悪魔を二度と見ないために、そして私が一秒でも早く安心するためにも働け!』
ソファーに寝る俺にレイが説教を浴びせ始める。
「もうよくね? 普段やらない所も家具動かして掃除したんだ。十分だろ」
『十分じゃ足りない。完全にやらなきゃ意味がないでしょ。そのやり残しがあったらそこから出てくるでしょうよ!』
これだよ……本気でやり始めたレイはもう止まらないのだ。掃除機で埃を取りきったにも関わらず『まだ甘い!』とか『まだ見えない汚れがあるかも!』と言ってはさらに掃除をさせてくる。端から見ても隙間なんかないのに『そう見えるだけで実は亀裂が……』と言う始末。
面倒くせぇ……。
ぶっちゃけるなら普通に疲れたし、飽きている。年末でもないのに、何でこんな大々的に掃除をしなければならないのか。
「冗談抜きで少し休ませてくれ。ずっと動いてたから疲れた」
もうかれこれ一時間以上は掃除をしている。それでもなお部屋は未だに散らかったままだ。この調子ではまだまだ終わらないだろう。そうなれば休憩も欲しくなる。
隣でレイが何か訴えているが、俺は無視して休憩を始めた。
「そもそも、何でお前そんなにゴキブリが嫌なんだ?」
『はあ? 何バカなこと言ってるの。誰でもゴキブリは嫌でしょ。あの姿にあの動き……うう~、思い出すだけでも鳥肌が』
「苦手なのは分かるけど、こんな隅々までやるほどのものか?」
『分かってない。悟史は何にも分かってない。女の子にとってゴキブリは人生で関わりたくない存在ワーストスリーに入るのよ』
「ふ~ん。因みに他の二つは?」
『だらしない男、口だけの男、自分勝手な男、人の話を聞かない男、何かしら強請してくる男に――』
「二つじゃねえじゃん」
『今のは分けただけよ。そういう男とは関わりたくないってだけ』
ゴキブリと近い順位か。まあ、気持ちは分からんでもないな。同じ男の俺でもそんな男は関わりたくないし、友達にはしたくないな。
「んじゃあ、ラストは?」
『恋のライバル』
……What?
他二つと比べて明らかに異質な答えが返ってきた。
「何で?」
『そりゃそうでしょうよ。好きな人が出来たら誰だってその人には自分だけを見て欲しいわ。でも、ライバルが出てくるとそれが難しくなるしややこしくなる』
「だろうな。恋は戦い、なんて言うぐらいだし。でも、それってお互いが認め合いながら自分をアピールして勝ち取るわけだろ? ややこしいは言い過ぎじゃないか?」
『それは綺麗事よ。漫画とかの世界だけ。そういう人もいなくはないけど、ホント少数よ。実際は男相手に気に入られるよりも、ライバルを蹴落とす方に力を入れる女の人の方が多いんだから。そうやって自分の方が優れていると見せつけるためにね』
え~、逆じゃね? そっちの方が非現実的な気がするぞ? ドロッドロの昼ドラみたいじゃん。
「それ、どこ情報だよ?」
『この前のバラエティ番組』
はい、少しでも信じかけた俺がバカだった。TV情報、しかもバラエティ番組を信じるとか話にならん。
『な、何よその顔。言っとくけど、TVだけじゃないからね。実際に私はそれを見てるんだから』
「何処でだよ?」
『それは――』
ピンポーン。
そこで部屋のチャイムが鳴り響いた。誰かが家に来たようだ。
俺は立ち上がると玄関へ向かう。
誰だろ? 宅急便か何かかな? でも、そんな話は聞いてないな。別の部屋の住人かな? 掃除がうるさいとか苦情だったり。それとも大家さんかな?
来客を予想しながら玄関に辿り着くと、俺はドアを開けた。
「やっほ~」
明るい声と共に、そこには笑顔で手を振る一人の女性が立っていた。身長は俺より頭二個分低く、髪は茶髪で肩で切り揃え、薄手のシャツにジーンズという比較的ラフな格好をした女性だ。そして、一番目に付くのは押し上げられた豊満な胸。男なら誰しも目を奪われるだろう。そして、その来客を見た俺も当然――。
……バタン。
――静かにドアを閉めた。
おかしい。見てはいけないものを見たような気がする……。
ドアノブを握る自分の手を見ながら、頭の中で疑問符が飛び交っていた。気のせいか、背中からは汗が流れている。
ピンポーン。
再びチャイムが鳴ったので俺もドアを開ける。
「えへへ、来ちゃった」
バタン。
俺はまたドアを閉めた。
う~ん、どうやら慣れない掃除で疲れているみたいだ。幻覚が見える。
目頭を強く押し、頬を叩いて意識をしっかり目覚めさせる。これでもう大丈夫だろう。
ピンポーン。
三度目のチャイムが鳴り、これも幻聴だな、と思いながら確認のためドアを開けた。
「いい加減に入れなさい、このタコ」
やっぱ疲れてる。これは寝た方がよさそうだ。
そう考えた俺は三度ドアを閉め――。
……ガッ!
――ようとしたが、閉まる寸前の所で女性に足を滑り込ませられ阻まれた。
「ちょっと、さっきから何で閉めるのよ!」
「うるせ! 何でお前がここにいるんだよ!?」
「あんたに会いに来たからでしょうが! さっさと入れなさい!」
「入れるか! 帰れ!」
ドア一枚を隔て、罵声を浴びせながら俺と女性の格闘が始まる。
「ひっど! 私がわざわざ会いに来たのに門前払い? しばらく見ない間に性格歪んだの? あっ、もしかして部屋でエッチなことしてたとか?」
「違えよ! もう俺の顔は見たろ? 目的は達成した。よし、帰れ」
「そんなに私を帰したいか、あんたは! 痛い痛い、足が、足が!」
「痛いなら退けろ。そうすれば楽になるぞ」
「こうなったら……誰かぁぁぁ、助けてくださぁぁぁい!」
「お前、それはズルいぞ!?」
「誰かぁぁぁ、殺され……これは言い過ぎか……犯されるぅぅぅ!」
「それも大概だよ! 分かった、分かったからもうやめろ! シャレにならん!」
***
「うわ、きたなっ。何これ?」
部屋に入った女性の第一声がそれだった。
「掃除してたんだよ」
「掃除? 空き巣に入られたんじゃなくて?」
掃除という言葉を信じない女性。まあ、この光景ならそれも無理ないかもしれない。
「取り合えず、お前も手伝え」
「はあ? 何で私が?」
「部屋に無理矢理入っといて文句言うな。それに、この状態じゃ座れないだろ?」
「だろ? じゃないわよ、全く。しょうがないわね」
観念したのか、女性が掃除に参戦してくれた。そのおかげもあって、予想よりも早い時間で部屋が片付き、現在女性とテーブルに対面する形でコーヒーを飲んでいる。
「ふぅ~、やっと落ち着けるわ」
自分の肩を揉みながら溜め息をつく女性。人の部屋にいるにも関わらず、この女性はまるで自室にいるかのように寛いでいた。
「んで、何しに来たんだよ」
「だから、あんたに会いに来たってさっき言ったでしょ」
「何のために?」
「そりゃあ、私と久しく会ってないからあんたが寂しい思いをしてるだろう、と」
「残念でした。さっき会うまでお前の事全く頭になかったわ」
「そこは嘘でも「元気出た!」とか言えないの?」
「俺がそんな戯言を言うと思うか?」
「言ってたら気持ち悪くて吐いてるわね」
俺と女性はお互いを捲し立てた後、ズズッ、とコーヒーを飲み始める。
「さて、冗談抜きで何しに来たんだよ、
女性、栞に俺は目的を尋ねた。
「ああ、うん。言うのはいいけど、その前に一つ聞いてもいい?」
「何だよ?」
ここにきてまたはぐらかすのか、と思いきや、次に出た栞の質問は事態を深刻化させた。
「隣の彼女は誰?」
「ああ、こいつは――」
何の躊躇いもなくレイを紹介しようとしたが、俺は途中で固まる。それはレイも同様だった。
しまった! 肝心なこと忘れてた!
「何? 悟史、あんたまた取り憑かれてるの? しょうがないわね」
そう言うと、栞は手元にあるバッグから何かを取り出す。その手には数珠が握られていた。それを見たレイはガクガクと身体を震わせている。
「私が徐霊してあげる。え~と、何だっけ……南無……阿弥……ナムル、飴、ダブル? いいや、以下省略。悪霊退散!」
「待て待て待て! 退散するな! 説明するからストップ、ストッブッハァァァ!」
慌ててレイの前に飛び出すが、数珠を握り締めた栞の拳が俺の顔面に突き刺さった。
というか、ナムル、飴、ダブルって何だよ。
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