エピローグ 殺し合いの終わりに
…………目が、覚める。
背中の感触は階段、耳には無音、痛みはない。
瞼を上げると視界が変だ。
右目、蟻に落ちた方、視野角がやたらと広く、大く見える。
過剰な情報、眼球横の骨でも食われてむき出しになったか、それでも見れているのか、右手を上げて見る。
……赤かった。
赤い、つるりとした肌質、火傷跡かかさぶたのようで、だけども光沢は爪に近く、まるで虫のようだった。
ぞくりとする考え、思わず身を起こすと、あれだけいた蟻たちが、あのモジャモジャのゴムのように、俺を囲いながらも距離をとっていた。
その視線、その触覚、全てが俺を感じていると、わかってしまった。
そんな蟻たちの意識が一斉に俺から離れ、同じ方向、階段の上へと向いた。
それに引っ張られるように立ち上がり、見上げれば蟻たちが引いた灰色の上を、赤が滑るように降りてきた。
階段を覆い、掃き取るように流れる下半身はスカートそのもの、背中と胸はぴったりと、だけども肩はむき出しで、新たな腕はまるで長い手袋だ。
ヘソとお腹、僅かな胸と首筋、鎖骨と二の腕からは白、だけども健康的な血色を取り戻した白い肌だった。
プシュチナ、まるで真紅のドレスで着飾っているかのような出で立ち、どこかのお姫様のようだ、と言えば良いのだろう。
だけどもその顔は俯いていて、表情は見えない。
そんなのが、ゆっくりと降りてきていた。
……ありえない話ではない。
最後に頂上に残ったプシュチナ、俺とモジャモジャが相打ちし、勝手に生き残った。
ありえない話ではないがしかし、納得はできない。
こいつは何もやっていない。
泣きながら逃げ回り、俺に媚びを売り、なのに言った通りのことは何もできず、俺を殺そうと試みたかと思えば失敗し、挙句に手足を落とされおもちゃになってた。
それが幸運とルールにより勝者とされ、賢者に選ばれ、挙句に俺を僕にするとぬかしやがった。
賢者の賢者、などと呼ぶのは皮肉でしかない。
この体、あの言葉、なによりも一瞬の激痛が、明確な上下を完成させていた。
逆らえない。
逆らえば、あの激痛が待っている。
おそらく自殺もできないだろう。実行前に止められるか、できても、また再生される。
そしてその後は、悪化しか考えられない。
最悪な状況、儀式が終わり、生き残れた喜びも安堵もなく、ただただ負の感情がフツフツと湧き上がってくる。
これは怒りではない。憎しみだった。
だが、俺には何もできない。
奥歯を噛むことも、拳を握ることもできない俺の前にプシュチナは降りてきて、立ち止まる。
目線は階段差を含めてほぼ同じ高さ、ここまできてたっぷりと三呼吸、置いてから、やっとプシュチナは顔を上げた。
その顔には困惑が見える。
それでも見開いた右目は青く、同じく見開かれた左目には、赤が蠢いていた。
赤、蟻、それも一際大きい一匹、こいつは女王で、つまりはこいつが言ってた未世代コアなのだろう。
……つまり、これは、お披露目だった。
気に入られなければ地獄が待つ。
悪夢のような現状、それでも、言うべき言葉は知っていた。
「ニガバナだ」
俺の一言に、若干間を置いて、不安げに、プシュチナは首を傾げる。
「ニガバナ=ハギス、俺の名前だ」
これに、何を思ったかプシュチナの両面が大きく見開かれる。
「自己紹介だよ。長い付き合いになりそうだからな」
激痛覚悟、渾身の皮肉、捨て身の一言が虚しく響く。
プシュチナは、美しいほどに残酷な笑みで、これに応えた。
1/666 負け犬アベンジャー @myoumu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます