最後の殺し合い

「……あぁでも、考えようによっちゃあ、これはこれで良かったのかな」


 モジャモジャの声でやっと視線を、プシュチナから引き剥がせた。


「いや、実を言うと、内心不安だったんだよ。せっかくここまで準備して、覚悟を決めて参加してさ、なのに楽々で、これで大丈夫ってね」


 這いずるプシュチナを見下ろしながら、モジャモジャは両手を顔の前で合わせながら言う。


「この儀式は、君は知らないだろうけど、目的は強いものを選び出す、じゃなくて生き残るものを選び出すことにある。だから別に、全部戦わなくても構わないんだけどさぁ、でもさすがに無殺は、みっともないじゃん?」


 両手をパッと広げる。


「六白六十六人ご参加の大事な大事な儀式によって選び出された賢者様、あなた様はどうやってあの殺し合いを制覇なされたのでしょうか? どうかどうかお聞かせください。聞かれちゃったらどーするのって話だよ」


 芝居かかった物言い、実際芝居をしている気分だろう。


「いやほら、将来尋ねられた時、自慢できるものじゃなかったと口を濁すのは簡単だ。だけど、死闘の一つも話せないとさ、盛り上がらないでしょ? 特にベットの上とか」


 ニカリ、と笑うモジャモジャ、そいつを見て、感じるのは、怒りだけだった。


「そう考えたらほら、最終決戦の口数少なく話すのってかっこいいじゃない。これが、あそこで最後に殺したやつだ、ほらかっこいい」


 笑いには自慢と安堵が混ざってる。


 こいつは、もう勝った気でいる。ダメでも逃げれば良い、圧倒的優位な位置にいると自負する、こいつは俺を前線に残して逃げたお偉いさんどもと同じ雰囲気をしている。


 ならば早めに殺そう。


「こいつで遊ぶのはその後かな。あ、なんなら先、使ってからでもいいよ。俺、そこら辺は潔癖じゃないんで。どうせ勝てないんだからさ、最後に思い出、欲しいでしょ?」


 言ってモジャモジャ、プシュチナを蹴る。


 今だ。


 痛みを忘れ、一歩踏み切ると同時に、肩にかけっぱなしだったシャツを、脳みそへばりついた布地を、モジャモジャへ放る。


 目潰し、目眩し、正面からでは安い手、だが間合いが十歩以上開いて、獲物がナイフサイズのスティレットのみとなれば、こうでもしないと殺せない。


 迷う暇があるならもう一歩、奥歯wか噛み締め加速する。


 その目前で、投げたシャツが弾かれた。


 まだ、まだまだ遠い間合い、モジャモジャから見ても、剣でも槍でも絶対届かない距離、だったのに、無造作な右腕内側への一振りが、あらぬ方向へシャツを弾いた。


「全く、せっかちだな!」


 強まる語尾と同じくして外へと戻る右腕、その先端が異様に伸びた。


 紐、だけではない。その中に見え隠れする、同じく茶色の五本の指、それが伸びて伸びて、俺を右頰を叩いた。


 灼熱の激痛、続いて冷んやりとした激痛、意識を持ってかれ、踏み出した足が続かない。


 べチャリ、振るわれた腕の延長線上、叩き落ちたのは、ここまで嫌という程見てきた、人の皮だ。


 思い出した呼吸、鼻から息を吐き出せば、叩かれた右頰がいっそ痛まる。


 ……あの一撃が、俺の面の皮を剥ぎ取っていた。


「これはゴムと言う!」


 モジャモジャが自慢げに声を響かせる。


「ある種の樹木の樹液を加工し! 固めた素材だ! その性質はよく弾み! よく伸びる! このように!」


 今度は左右、両手を広げ、交互に振るってくる。


 それだけの運動、だけども伸びる手が俺の肌を叩き、皮を剥いで行く。


 その痛み、激痛に、もはや進む事など叶わず、無様にも体を折り畳み、可能な限り表面積を小さくしようと、縮まる防御の構えを取らされる。


 それにモジャモジャは笑い、なお一層腕を振るってくる。


 ……これは、鞭打ちだ。


 革を編んだ紐で叩く、罰則とか家畜への命令とかアブノーマルな夜のお遊びとかに出てくる、アレだ。


 しなる鞭の威力はそれなりに知ってはいる。その気になれば皮どころか骨まで砕け、巻きつく一撃は盾の守りを容易に巻き超える。下手な刀剣よりも恐ろしい威力の武器だ。


 軍が採用しないのはその広すぎる間合いと扱いの難しさ、仲間への巻き添いに、使い手が防御に用いれないこと、何よりも硬い鎧で平然と防がれ、これを砕けないからだと、どこかで覚えた。


 ……現に、こうしてる間も、左腕と両脛、鎧で守っている部分に痛みは無い。だがそれ以外は全て急所、声を上げて泣き叫びたい激痛が毎度襲ってくる。


 頭は冷静、だけどの痛みに体と本能が屈服し、立つことさえできなくなってくる。


「なんだよなんだよなんだよ! 結局お前もお手軽初心者レベルの試練かよ! こんなんじゃお話になんねーじゃんかよ!」


 言葉と共に振るわれた次、どちらの手下は知らないが今度は縦だった。


「っっっ!!!」


 一瞬意識を刈り取った激痛、今度は背中をバックリと、続く冷んやりは広範囲、シャツどころか肌もごっそり持ってかれ、見れば間違いなく筋肉むき出しだろう。


「もういい。あっさり殺して終わりにする。んで、こいつで最後に遊びながら、カッコ良い最後を考えてあげ、おい」


 異なる声色、止まる鞭、腕の守りの隙間から見れば、モジャモジャは足元を、そこにへばりついた、プシュチナを見ていた。


「お前と遊ぶのは後だ。だから大人しく、ね?」


 今だ。今しかない。


 ガバリと防御を解いて立ち上がり、走り出す。


 鞭、また来たら次はない。


 全力前進、痛みに脳を焼きながらただただ体を動かす。


 軍での訓練通り、これまで通り、下から上へ、走る腕の振りに合わせて振り上げ、右手より顔面狙って、最後の武器、スティレットをぶん投げる。


 真っ直ぐな軌道、貫通絶対の速度、だけどもこれに気づいて振られた左手が、容易に弾いた。


「あっぶないなぁ」


 驚きと安堵の表情、だがそこからすぐに安堵が消える。


 どっちの足で踏み切ったか覚えてない。


 ただただがむしゃらに、俺はモジャモジャへ飛びかかっていた。


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