燃え炊ける戦場

 ……酒が欲しい。


 今の気分は強い蒸留酒だ。消毒ポーション代わりに戦場で配られた安物の臭くて苦い、あれでもいい。


 それにチーズも、塩辛いやつ、歯で削りながら舐めるみたいに食いながら呑みたい気分だ。


 平時、呑む方ではないが、今はそんな気分だ。


 ダメな方向だ。疲労、出血、低体温に空腹も感じ始めて、要するに消耗が激しすぎて、現実逃避が捗ってる。


 それも全て、この階段の炎が見せる夢なんだろう。


「まんんまぁあああああああ!!!」


 また一人、後ろにつっかえたお仲間に、炎の中へと突き飛ばされた。


 大した火力でもない。段数も六段足らずだ。


 それでも炎、しかも裸足にズボンだけの痩せ男が入れば、面白いダンスで悶え苦しむのは何の不思議でもない。


 ジュグジュグに焼き爛れた肌、パチパチと肉の焼ける匂い、絶叫がその他の音をかき消す。


 これは火葬の時と同じ、人肉を焼いているはずだが、髪がないからか、戦場ほど嫌な臭いはさほどせず、むしろ焼肉の香ばしい香りとなっていた。


 不謹慎に、グゥ、と腹がなる。


 だが焼きたてといえ人肉を、それもプシュチナならまだしも洗脳兵なんぞ、いくら空腹でも食う気になれなかった。


 なので、というわけではないが、炎の中の男の横面を、ロングソードの腹でぶん殴る。


 いい手応え、殴られた方は炎の中でダンスの気力も叩き潰されたのか、そのまま仰向けに、後方へと倒れていった。


「ふぎゃああああああ!!!」


「ま、ママ! 助けてママ!!」


 倒れた焼肉を受け取ることになった次とその隣の男、炎を抜けてまだ燻る人体に当たり、また違う悲鳴を上げ、突き飛ばし返し、階段と壁との角にまた一人、積み重なる。これで左右三人ずつとなった。


 ……こいつらに追いつかれてどれほど経ったか、休息がてらに見張ってたが、ずっとこんな感じで、無駄な警戒だったようだ。


 数がいて、つまりは踏み台になる隣人がいて、蟻に追い詰められて、だけども俺と同じように炎を超えようと試みるやつは一人も現れなかった。


 この様子、おそらく今後も現れないだろうし、半端に人を焼べても火は弱まりそうにない。なら、ここはもう大丈夫だろう。


 それよりも蟻だ。


 この階段は封鎖されたとはいえ、他にも階段はあるし、外壁もあり得る。洗脳兵の奥の方からも尋常じゃない悲鳴が上がっているし、存外迫って来ているのだろう。


 ならば急いで移動すべき、とわかっていてこうして座り直してるのは、それこそ現実逃避だろう。


 ……わかってるなら進むべきだ。


 ため息一つ残し、立ち上がり、未練たらしく現状を確認する。


 ロングソード、炎からの距離を気をつけてたから熱伝導で持てないなどという間抜けにはなってない。


 傷、小さいのは出血が止まった。痛みも引いたが、こうして立ち上がるとやはり痛い。


 体温、あったまった。体力も休息で良くはなった。


 それと死体、俺が炎を渡るのに使ったやつ、まだほぼ生なやつ、火に焚べてやっても良いんだが、これから先に放火魔がいるのは確定してるなら、まだ使い道もあるだろう。


 重くもないし、持って行こう。


 決めて肩に担ぎ上げ、脇の下にもあった女の顔の刺青に驚かされながらも、炎に背を向け、先延ばしにしていた階段の続きを登り直す。


 そしてあっという間に次の階層へ、あっさりと登り終わり、様子見に頭を出す前に気がついた。


 ……天井が天井ではなかった。


 全部が灰色、そもそもここは地下で、塔の上も天井があるからわかりにくいが、次の階層に天井と呼べる上がなかった。


 広がる床からは灰色ではない煙がいくつか、おそらくはその下にここと同じような階段があり、同じように焼かれているのだろう。


 その向こう、外側にも壁はなく、水の入った樽もない、ただ吹きさらしの風景に、はるか向こうの外壁を侵食する蟻の群れが見えるだけだった。


 だけども中央にはこれまでと同じく、螺旋階段を巻きつけた柱が一本、そびえている。


 ……ただし、その上部には何もなく、階段はそれ以上繋がってなかった。


 つまりはあの上がこの塔の頂上、到達できる最後、いつの間にか登り詰めていた。


 安堵、安心、解放感、ホッとすると同時にドッと疲れが湧き出てきた。


 だが終わりではない。


 顔を横に、右目だけ出して見回せば、まだ断定はできないが、最後の一人が徘徊していた。


 その風貌、一言で言えば、銀色のピエロだった。


 第一に目を引くのはまん丸な腹、球体にしか見えない体型、そこから出てる手足も太く、首など無くて、ガラスの覗き窓の金属の仮面が半ば胸にめり込んでいた。


 そんな面白体型を包むのは銀色、チェーンメイル、細かな鎖を連ねて作った鎧は丈夫さと機動力を併せ持つ高級品だ。それで仕立てたピエロな服、肩や腰周り足回りの飾りに、頭から伸びてる触角のような帽子、金属製の靴もでかい。


 もちろん、中身が見た目通りの体系ではないだろう。真っ直ぐな重心に足の駆動角度から、俺と変わらない姿形を着膨れさせているのだ。それが歩くたびに弾んでいる。おそらく中身は水か、水を含ませた綿だろう。


 燃えない鎧に冷やす水、詰まる所、あれは耐熱耐火の装備、即ち放火魔の格好だ。


 こうまでして炎の耐性を上げて起きながら魔法を用いないのは、何か儀式に関係しているのか、首に付けられた魔方陣が影響してるのかもしれないが、何にしろ階段が燃えていると予想してこんな格好してきたわけではあるまい。


 それとチョッキ、仮面以外の胸を覆うそいつは同じチェーンメイルでできていて、その全面にいくつものポケットが縦横ずらりと並んでいた。察するに、そこに階段を燃やしている火炎ビンを刺してきたのだろう。


 燃やしたのはあいつで間違いない。


 装備としては右手には鑢のようなザラつきが刀身にあるサーベルを、左手にはこちらも縁が鑢のような丸盾を、それぞれを右前左前に突き出すように構えながら、にじり歩いていた。


 ピエロらしい格好をしながら仮面は無表情、のっぺりとしたものだが、それでも何を考えて歩き回ってるのかは手に取るようにわかる。


 即ち最終確認、ここまで来て、あと少しで終わり、足止め食らった洗脳兵や他が焼けるか喰われるかすれば勝ちだが、だからこそ上に上がらず、油断なく確認して回らないと気が済まない、落ち着かないのだろう。


 気持ちはわかるが、だとしたら火炎ビンはいくつか残しておくべきだし、もっと下まで見に降りるべきだった。だから俺は助かっている。


 ……相手の無能に感謝しつつ、だったらもっと甘えようと決める。


 銀色ピエロは幸い向こうへ行ったばかり、戻ってくる間、時間はある。


 最後の相手と最後の殺し合いのために最後の準備に入る。


 ……今回は、倒す手立てが閃いていた。



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