ドアは開くためのもの

 シールドバッシュ、ご大層な名前だが、やってることは盾でぶん殴る、それだけだ。


 だが刀剣を防ぐほど分厚く、重量ある板での打撃は、下手なメイスなど比べ物にならないほど強烈だ。


 ましてやドアほどの大板での打撃を食らって意識が残ってるのは、縁ではなく面で受けたからだろう。


 シールドバッシュの基本は縁、横に倒して切りつけるように叩きつけるか、タワーシールドならば構えたまま下へ叩きつけて足の甲を潰す。


 そうせずにドアを開くような動作で、突き飛ばすように殴られたお陰で、吹っ飛ばされただけで済んだ。


 だが無事ではない。


 全身がズタボロ、ドア表面から飛び出てた釘の棘が、激突ついでに俺を引き裂いていた。


 額、左の二の腕、肩、肘、脇腹、左腿外側、咄嗟に左手の籠手で顔を庇わなければ目もやられていたかもしれない。どれも浅く、骨までは達してないが、痛いものは痛い。


 ……ここまで分析したところで、床に当たった。


 現実的な走馬灯、ダメージの計算、終わる前にドア男は追撃に出ていた。


 左腕一本で持ち上げられるドア、断頭刀のように振り上げられ、倒れた俺の股の間目掛けて振り下ろされた。


 本能、覚醒、仰向けの体勢のまま、必死に床を踵で蹴って身を滑り逃げる。これで確実に傷が広がった。何よりも痛みが跳ね上がった。


 回避、成功、脇腹含めてあちこちからの出血が潤滑油になったお陰で逃げれた。


 そのまま可能な限り距離をとって、追跡がないとわかるまで逃げて、ようやく足を止めた。身を起こす。


 ドア男、追撃は結局一度だけ、あとは初めに戻って、またドアを構えた。


 降り出し、だがこちらは損耗、怪我に移動で体力も、何より武器をなくした。


 投げたロングソード、こぼしてどっかいった槍、両手は空で、残るは籠手に仕込んだスティレットと、腰に隠したブラスナックルだけ、周囲には死体も転がってない。


 これだけで、あのドア男を攻略しなければならない。


 立ち上がり、一応スティレットを引き抜き構えながら考え直す。


 ドア男、あいつの右側に入ればメイスが、左側に入れば今のシールドバッシュが待っている。かといって正面からドアの盾は割れず、表面の釘から触れることもできない。


 ならば高速移動、後方へ回り込むか、無視して階段へ、というのが考えられる最善手、ながらあの一撃で体が痛む上、万全であったとしても相手の方が速そうだ。


 つまり、手詰まりだ。


 絶望、途端に疲労と痛みと、体温の低下が襲いかかる。


 出血、流れ出る血が汗の働きで体を冷やしてるのだ。縛れる布はない。それでも少しでもマシにしようと、腰に巻いたズボンをずらし、傷に当て直す。


 途端痛む。次いでブラスナックルが滑り落ちるも、それを拾い上げようと屈むそぶりだけで更なる痛みが走った。


 ……それが、閃きをもたらした。


 無茶な手、だが他よりマシな手、残された手だった。


 勝率は控え目に言って大博打、だがほっといても死ぬなら賭けるしかない。


 こちらの決心に呼応するようにドア男が動く。


 一歩、一歩、確実に踏みしめながらこちらへ、ドアを押し進んでくる。


 やるしかない。


 息を呑み、迎え出る。


 同時にスティレットを横にして口に咥え、空いた両手で腰に巻いたズボンを解く。


 ベリリと半乾きの血が剥がれ、空気に触れ直した傷がさらにさらに痛むが、気にしてはいられない。


 剥がしたズボンの足首を手繰り寄せ、それぞれ縛り、大きな輪とする。そしてその結び目を左手で掴み、口のスティレットを右手逆手で掴んで準備完了となった。


 左腕を後ろに、右手は腰に当てて邪魔にならないように構えて、これからどう動くか、脳内で順序を確認する直前、ドア男が加速した。


 真っ直ぐ突進、このまま押し潰そうという行動、攻撃、願ったりかなったりだ。


 間合いまであと五歩の距離でこちらは止まり、最後の仕上げとして足の裏を互いの脹脛横に擦り付けて湿り気を拭い去る。


 残り三歩、足を軽く曲げてすぐ動けるようびに、重心は後ろへ下げておく。


 残り一歩、左手を振り上げ遠心力でズボンを広げた。


 そして間合い、左手を振り下ろす。


 膨らんだズボンの輪、狙い引っ掛けたのは、ドア男のドア、ドア男から見て左上の角だった。


 がっつり引っかかった。


 成功、そして引っぱる。


 ……そもそも、盾とうものは正面からの衝撃を受け止めるか受け流すように作られる。それはドアの盾と言えども同じはずで、構えてる人も同じように構えているはずだ。


 つまりは


 押されることばかり考えて引かれることは考えてない、それは構えてる人も同じなはず、だからこのまま引き倒す。引き倒せるはずだった。


 ドアの角に引っ掛け、先ず下へ、ドアの底を床に押し付け支点に、そのまま手前へ引いて力点に、これでテコの原理が合ってるかは知らないが全体重乗せて思い切り引っぱった。


 ピン、と張ったズボン、しかしドアは、動かなかった。


 前進も止まって不動、音もなく動かない様はドアでありながら城壁を思わせる頑強さ、停止して動かせない。


 一瞬の静寂、その中でビリリと小さな音がした。


 ズボン、血で湿り強度は上がっているが限度がある。このまま破ければ終わり、本当の手詰まりとなる。


 残る手、使いたくない手、それで迷うは現実逃避だ。


 覚悟は既にしてある。


 迷いを産む思考を捨てて一歩前へ、踏み出しだ。


「うらぁ!」


 らしくない絶叫、全力で、ドアの下へ、左の足で思い切り蹴りつけた。


 脛につけた皮の防具を引き、そこへ蹴りの威力にドアの強度と飛び出た釘を足した答えは、ありったけの激痛、そして向こうへずれたドアだった。


「ぉ!」


 小さなドア男の声、前倒しになるドアとドア男、そのドアの下敷きになりそうな左足を急いで引き抜く。


「っっっっっっっっ!!!」


 言葉にならない悲鳴、絶叫、釘が刺さっただけの傷が、広範囲の引っ掻き傷へと悪化して、それでもドアの倒れるのからは逃れられた。


 バフン。


 倒れた衝撃に押しつぶされた空気が圧縮された風が傷を撫でてなお痛ませる。


 チラリと見た足は血だらけ、親指の爪も割れている。


 痛い痛い痛い痛い。


 それでもどしりと踏みしめて向かったのは倒れたドア男の、その背中だ。


 思った通り、ドアの盾は裏から打ち付けられた布で二重に固定してあった。


 ガッチリと固定されてたからのあのシールドバッシュもできた。だが今はそれが拘束具になっている。


 それでも立ち上がろうと手をつくドア男、その目の前でドアの裏を踏みつけてやる。


 追加の体重、それでも立ち上がれるかもしれないが、それを見届ける前に、覆いかぶさるように飛びかかった。


 ……曲がったスティレットでも、ドア男の太い首の裏へと突き刺すことができた。




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