立ち塞がるドア
螺旋階段は天井を過ぎると、これまでと同じ作りだった。
変わったのは俺自身、上に敵が確実にいるこの状況、嫌でも気が張る。
特に長い槍、それとロングソード、壁に柱に階段に、当てて音が鳴らないか、気付かれないよう気を配り、一段一段上がって行く。
……滴る血は諦めた。
脇腹から脚を伝わって足跡が赤くなる。
脇腹の傷、量こそ微量ながら止まってない出血、足跡、もはや後ろに気付かれる云々などとは考えてないが、体力の消耗と滑る足裏は、良くはない。
そんな俺の今後の予定は、プシュチナの時とほぼ同じだ。
ハゲに先を歩かせ、敵を見つけるか見つかって、戦わせ、その後ろを俺は可能な限り無傷で続く。
小狡い作戦、卑怯者と呼ばれるような行動、だが否定する気も元気もない。
……思考も億劫になってきたころ、先が開けた。
下の階層と同じ感じ、同じくゆっくりと頭を出して見回せば、同じような光景が広がっていた。
高い天井、壁際にはまた樽、中央には上への螺旋階段、ここからでは上手く見えないが、下と同じく、ここと同じような階段が他にもあるのだろう。
そんな中、一目で違うとわかるものが一つ、聳え立っていた。
……それは、ドアだった。
壁も縁もない、ただ一枚のドア、見た感じ、これまでいくつも潜ってきたドアと同じに見える。だがその全体は赤黒く燻んでいた。
加えて鈍い輝き、表面には刺々が、遠くからでもわかる、いくつもの釘が貫通して尖った先が飛び出ていた。
そんなのが壁から外れ、ポツンと立っている。
まるで芸術作品、テーマは何か、間違いなく殺戮系列だろう。
そんなドアの周囲には死体が三つ、どれも出血は少ないが一目で死亡してるとわかる陥没、殴り殺されていた。
うち一つは正面、傍にショートソード、こちらに拳が入りそうな凹みのあるハゲを向けて、倒れていた。
あれは先に行かせたハゲ、ここで死亡、あれだけやってこの程度とは、使えない。
と、俺の心の声が聞こえたかのようにドアが、まるで捻られたドアノブのように、横へ回転した。
そうして影から現れたのは、屈強な男だった。
金髪四角頭はいわゆる角刈りで、がっしりとした顎に太い眉毛、鋭い眼光から意思の強さを感じさせる。見える限りの肩と首とは太く、鍛えられていて、背も高い。
総合するならば岩とか山とか巨木とか例えられるようなタイプの男、軍でもエリートに属するであろう感じだった。
そんな男が、俺を見ていた。
バレてる。
音か、匂いか、まさか気配などとは言うまい、とにかくその目は確実に俺を見つめて、放さなかった。
……隠れていても仕方ない。
それにあのドアで出口を塞がれたら上がれなくなる。
ゆっくりと、階段を登りきると、それに合わせてドア男も移動して、最悪な位置どり、中央階段前に陣取った。
そしてゆっくりと斜めに、ドア男の胸の高さで掲げられたドア、動き方から左腕に固定されているようだ。おそらく束ねたシャツをあの釘で打ち付けて把手としているのだろう。
つまり、これは盾だ。それも大盾だった。
全身を隠すタワーシールド、それで守りを固めながら横から槍を突き出すのは重装歩兵の戦略だ。
その槍の代わりにチラチラと見える先端は角ばった金属、おそらくメイスだろう。打撃の武器だから突き刺す攻撃はできないはずだが、それでも脅威には違いない。
盾で身を守りながら距離を詰め、メイスで叩き潰す、重量を考慮しなければ、完成された戦術だろう。だからここまで来れた。
そんなのを倒さなければ、階段への道はない。
やるしかない。
ロングソードの左手を前に、槍の右手を後ろに、右足を後ろに、だが切っ先はどちらも前に、構える。
剣を盾として牽制し、槍の突きを狙う、はっきり言って正面からやり合うならこちらが不利だ。
釘を打ち付け穴だらけなドアの木はそれだけ強度が落ちてるだろうが、それを差し引いても叩き斬れないだろうし、突き崩せないだろう。
狙うなら大盾の弱点、小回りの悪さ、つまりは横から回って本体を殺す。ドア男の左側、右手メイスの届かない死角から、突き殺す。
かなり理想論にしがみ付いた、無理のある狙いだが、他にない。
狙いを定め重心を動かす前、ドア男に先を越された。
前進、圧迫感、ドアを盾として構えたままの駆け足、重量などないかのような速度、頭のブレのない滑らかな移動は、今更ながら一流の兵士、強者、強敵だと示している。
だけどもやれることは変わらない。
遅れてこちらも移動、方向は横、ドア男の左側、回り込む起動、駆け出すが、思っていたよりも速度が出せない。
疲労、出血、装備の重さ、思考するより先にドア男に追尾され、いくら回り込んでも常に正面睨み合い続ける。
そして槍が届く三歩手間、牽制を切る。左手ロングソード、持つ腕を肩まで曲げて腕力だけで投げつける。
がっかりする速度、それでも当たれば危ない投擲に、ドア男はドアを上げて防御に回ってくれた。
悲しいほどに音もなく当たった銀の刃は突き刺さりも叩き斬りもせず、ただ当たって落ちた。
それでも、隙が、死角ができた。
渾身の加速、一歩一歩に力を込めて一気に左側へと回り込む。
瞬間、ドア男の旋回力を上回り、その側面にたどり着いた。
あとは突くだけ、思った矢先、ドアが開いた。
衝撃、体が飛んだ。
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