肉弾戦

 ……紐の先に重しを付けて振り回す、属性としては、この前に戦ったゴキブリ女と同じだろう。


 だがあちらが軽く早くでの捕縛狙いに対し、こちらは重く遅くでの打撃力重視、どちらが上かなどは無いが、現状ではこのオーガの方がやりにくい。


 それでも進んで殺すしかないと本能を押し殺す。


 ブオン。


 重量感たっぷりの音、こんな肉団子、真っ直ぐ放たれれば、防御は無理だろうという、説得力があった。体のどこかに当たれば骨は確実に砕け、ロングソードで受けても弾かれるに違いない。


 なら手は一つ、目の前を過ぎた直後に一気に突っ込む。


 あの遠心力は脅威だが、逆にそれを維持させるので手一杯で、受けに回れば絶対一手遅れる。そこへ斬り込む。届かないないならナイフでも投げつけ届くまでの間を繋ぐ。


 そのためにと、飛沫が入らぬよう細めた目で足元を確認する。


 肉片、血溜まり、踏んだら滑りそうな障害物、それらのない無事なら灰色、その飛び地はオーガまで続いていた。つまり、肉片も血溜まりも踏まず安全な道が残っていた。


 勝負は一瞬、ルートは限定されるが、立ち止まれば肉団子が飛んでくるのを考えれば、他にない。


 次の一周、目の前に肉団子が来たら、行く。


 ブオン。


 来た。行く。


 ロングソードは正面に構えたまま、大きく踏み出し、爪先立ちで、飛び跳ねるよう灰色を走破する。


 詰まる間合い、狭まる距離、肉団子はまだ背後に反対側に、このペース、行ける。


 思い、着地した刹那に世界が反転した。


 現状を理解できてない頭、消えた床、回転する視界、ただ足の裏ははっきりと、冷たい滑りけを感じた。


 ……どさりと落ちたのは肩から、受け身もまともに取れずに衝撃が脇から肺に入って呼吸を吐きだ出せる。


 それでやっと滑って転んだと理解した。


 だが踏んだのは灰色、それが油断を狙う罠だと気がついたのは、こうして床に伏して、間近に見たからだ。


 てかり、滑る表面、無色透明な何かが、ワックスのように塗られてあった。


 それが滑る。


 肘を突けば肘が、膝を立てれば膝が、ぬめってすべって、立てない。


 この感触、想像するに、これは、人の油だ。


 皮を剥いだ後の皮下脂肪、それを丹念にムラなく満遍なく塗りたくってあった。


 足止めのための細かな作業、手間暇惜しまない熱意、死体を巧みに利用するその狡猾さ、敗北感が一層増す。


 それ以上に、無様に滑るだけで立てず動けず、膝立てになるのがやっとの隙だらけな自身に焦りが吹き出る。


「はっはっはっはっはっはっ!」


 それを嘲笑うオーガ、一周した肉団子を引いて振りかぶり、上から下へ、振り下ろしていた。


 直上、防御は無理、当たれば致命、ならばと思考し、出た答え、最初の一手はロングソードを手放すことだった。


 空になった両手、まだ突いてないから滑らない両手、両方を腰へと回し、引き抜いた。


 右手はゴキブリ女から奪った片刃のナイフを、左手は取り戻したスティレットを、逆手で握り、床に突き立て力を込める。


 ……灰色の床に刃が刺さるか試してない。だが大分前に倒した灰色の全裸は、削った粉を体につけてた。


 即ち削れる。ならば刺せるは道理、勝率高い賭けは俺の勝ち、僅かだがしっかりと両方の先端が刺さる。


 後は力を込めて、両手を引き、体を持っていった。


 まるで船のオールを漕ぐような、子供じみた動作、脂肪の滑りけに勝った刃物は固定され、されてない体が滑って動く。


 存外に速い移動、前へ、肉団子の下を掻い潜れた。


 刹那にバギンとブチャとベチャ、色々な音に振り返れば、背後で肉団子が激突の衝撃に潰れて中身を飛び散らせていた。


 もう肉団子としての形は保てない肉の塊、それでも価値があると引いたのか、三つ編みの腸がピンと張った。


 なら、連れていってもらおう。


 刹那に判断、左手のスティレットを腰に戻して頭上の腸を掴む。


 滑り、弾力、冷たさ、形容しがたい何か、感じるとほぼ同時に残る右手の片刃のナイフで左手よりも元肉団子側を、斬りつける。


 ブチリ。


 入れたのは切れ込みだけだが、引かれる力に負けて腸が千切れ、掴む俺ごと腸が戻る。


「まぁ、しょうがない」


 言うやオーガ、腸を手放す。


 ガクリと止まる俺、進まなくなった分、たっぷりと腸が手繰り寄せられる。


 それと別色の灰色、目の前の地面、軽く触れたら摩擦、脂肪のない普通の床だった。


 ここなら立てる。だが足の裏の方がべっとりだ。まだオーガが遠い今のうち、尻一つに座り直し、ズボンの脹脛のあたりでそれぞれ拭う。


 そんな俺の目前で、オーガは下半身を埋めてる胴体一つ一つを掴んでは投げ始めた。


 かなりの量、重さ、あれでは歩けまい。そうやって下半身を固定して肉団子の反動に耐えていたのだろう。


 そんな胴体、べちょりべちょりと剥がされ、露わになった二本の足、それが引き抜かれて着地する。


 生足、自由になって屈伸する二本は太く鍛えれていて、その指もまた手の指同様に鋭く尖っていた。


「おーし」


 言ってオーガ、肉の鎧の後ろへ手を伸ばし、二本を持ち出した。


 それは誰かの腕、それも両方右手、開いた指は関節が折れてるのかぶらぶらしてる。そんな腕を、むき出しの肘の骨を掴んで、それぞれ両手に一本ずつ、オーガは構える。


 肘を曲げて手に持つ二本の腕、右手は右の肩へ背負うように、左手は右の肘に交差するように、打撃狙いの構えと見える。


 血生臭い鈍器、手首の関節を考えればフレイルに近いだろう。対してこちらはナイフとスティレット、同じ二つ持ち、強度はこちらが上だが長さと重さは向こうが上、総合どちらが有利かは難しい。


 ただわかるのは、密着すれば斬りつけ刺し貫けるこちらが有利ということだ。


 左手にスティレットを握り直し、拭いた足の裏で地面を踏みしめ、滑らないのを確認して、突っ込む直前、突っ込まれた。


「はっはっはっはっ!!!」


 あっさり狭まる間合い、先に手を出したのはオーガ、同時に左手の腕が真横に振るわれる。


 これは右手の籠手でガード、当たる衝撃は想像よりも軽い。


 だが、そこから始まったのは連打だった。


 左の手は流れて左の肩に巻きつき、続く右手が弾いて今度は左の肘に交差する。


 左右逆の構え、そこから左右逆の攻撃、流れる二重の振り子の動き、連続で左右へ打ち流される。


 軽く、速く、絶え間なく、手数重視の連続打撃、蓄積するダメージは軽くなく、打撃の打ち身に引っ掻かれる痛み、押されてる。


 このままでは削り殺される。だがワンパターンだ。覚えた。


 右からの連続打撃、防御で耐え、戻る前に踏み込み、斬り出す左手のナイフ、狙うは腕を持つ手の左の手首、斬りつけ斬り落とす。


 ……だが冷静、オーガは合わせて後ろへ一歩引いた。


 だけども止まらぬ打撃、だが遠すぎてかすりもしない、はずだった。


 僅かな痛み、余韻、残ったのは空の左手、片刃のナイフが、掠め取られていた。


 弾かれたのではない。


 煌めく残像を目で追えばそこは右手、かすめるはずだった腕の手のひらに、ナイフが刺さって貫通していた。


 打つける動作で叩き刺し、ひねる動作でもぎ取られた。


 普通の武器ではできないテクニック、練習を感じさせた。


「はっはっはっはっ!!!」


 笑うオーガ、刺さってない腕を捨て、刺さったナイフを引き抜く。


 武器を奪われた。形成不利、ここは引くがセオリーだ。


「はっはっはっはっ!!!」


 一歩下がった俺にオーガ一歩近寄る。


 更に二歩下がるも、ここが限界、後ろは脂肪でツルツルだ。


 近寄られる。なら終わり、ならせめてと腰に巻いてたズボンを解き、肩裾を左手で掴み後ろへ引いて、右半身を前に右のスティレットを突き出す。


「はっはっはっはっ!!!」


 オーガ次の一手、まさかのナイフ投げ、咄嗟の判断でスティレットで弾くも誘導された動き、防ぎ手を戻す前に残る腕が伸びて叩いてまた突き刺した。


 今度はねっちりと見せつけるように引き剥がすオーガ、その伸びた左手へ、俺はズボンを叩きつけた。


「はっはっはっはっ!!!」


 余裕オーガ、避けもしない。


 


 ゴ、という鈍い音、オーガの肘に響く。


「あ、が!」


 遅れた痛みにスティレットの刺さった腕を取りこぼすオーガ、その目が見てるのは、俺が振るったズボンの先、結び目の袋に入れたメイスの膨らみだった。


 本来は靴下に石で作る簡易打撃武器、それの応用、足二本の長さとメイスの重さの分銅武器、仕込んであった。


 武器を奪った喜びか、目前の勝利への油断か、苦し紛れに偽装した打撃、流石のオーガもコロリと騙された。


 俺の知恵が優ったと自惚れるのは二発目を振るってからだ。


 真上から真下へ、振り下ろす攻撃にオーガは腕を掲げるも、受けたのは又の間、そこで折れ曲り、先端メイスが打ったのは、その背中だった。


「ガハ」


 息を吐き、膝をつくオーガ、後は、心置きなく殴りつけるだけで終わった。


 敗北感の反対は優越感、最高の気分だった。

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