死体大橋
橋に近寄るに連れて、異様さはより際立った。
先ず臭い、この風もないのに漂ってくる強烈な死臭は、鼻だけでなく傷口からも染み渡ってくる。
おおよそは血の鉄分、そこにゲロの酸えた臭いに大便小便の悪臭、それに判別不能の臭いも加わって、ただ単に臭いというに留まらない悪臭が、うだつ湯気のように漂ってくる。
本能が接近を拒否する中で、たどり着いた橋は、地獄としか表現できなかった。
幅は馬車二台か三台ほど、思ってたよりも狭い。
左右の端に
代わりに左右に積み重ねられたのは、バラバラにされた人体だった。
腕、足、胴、肋、腸、胃、肉、屍、いかほど死んだのか、ありったけの破片が、飛び散り、積み重ねられ、打ち捨てられている。
それらから漏れ出る汁が真ん中に滴り、流れ、溢れてる。
……これまで幾度も返り血を浴び、屍肉を踏み付けてきた。儀式の外で戦場で、嫌という程、夢に見るほどたっぷりと、だ。
それを差し置いて、地獄とか表現できない橋、その対岸に、俺へ首を投げつけた人影が待っていた。
正面に立ってようやく見えた顔、額に二本の角に口からは牙の出て、青黒い肌に黒い渦巻きの、おそらく刺青だろう模様のある、オーガだった。
オーガ、鬼、とも形容されるこの種族は文化として好戦的、狩猟特化の肉食系、戦闘狂で殺した命の数が全ての価値の上にある野蛮人どもだ。
脈々と傭兵をやってる連中もいて、軍では敵でも味方でもよく見かけた。
印象は、化け物だ。
体は産まれながらに屈強、技への探求に貪欲で、心は殺すことにしか関心がない。
そんなオーガが着飾ってるのは屍だった。
頭にはズル剥けたどこかの皮をフードとしてかぶり、下半身にはスカートのように足に絡めてるのは背中を外に向けてる胴体、腰には脊髄を巻き、胸と肩には腕の骨を、二の腕には足の骨を、おそらく皮を捩った紐で縛り付けている。
屍肉の服、亡骸の鎧、死体のドレス、着こなしてるその姿、見て思うことはただ一つ、胸に広がる敗北感だった。
……敗北は嫌というほどしてきた。
ここにいるのだって敗北と言えなくもない。
だが、敗北感を感じるのは、圧倒的強者とか、自分にできないことをされたらとかではない。
自分にもできたのにやらなかったこと、しなかったことをされた時、俺は敗北感を感じる。なんでかは知らないが、感じるのだ。
その意味で、俺はこのオーガに敗北感を感じていた。
そう、材料はずっと転がってたのだ。
始まりはあのギョロ目から、それ以外にも殺したの、殺されたの、いくらでも転がってたし、そこから剝ぎ取ったり切り取ったり、加工して使う時間も道具もあった。
それなのに、しなかった。
無駄にしてきた。
敗北感でいっぱいだった。
「はっはっはっはっはっはっはっはっは!!!」
そんな俺をオーガは嘲笑う。
しかしそこからは動かない。
あの、騎士と同じ、無理に寄らず、蟻より遠い優位な場所でこちらを待っているのだ。
しかも足場が悪い。悪くされている。
大きな肉体は橋の端に寄っているが、その間にも細かな肉片に漏れ出た肉汁が床の上に疎らに広がっている。まだ無事な灰色以外を踏めば滑って転けるのは想像に難くない。
加えてオーガの両手、むき出しの指は鋭い爪以外に武器はない。強靭なオーガとはいえ、いくらなんでもこれだけの人数、素手で殺せるわけもない。何か武器があるはずだ。
対して、こちらの手持ちを投げつけたところで、あの屍肉の鎧を抜ける自信はない。
残された手は接近戦、両手でロングソードを正面に構え、すり足で、少しずつ間合いを詰めることだ。
地味、遅く、だけども堅実に、間合いを詰める。
対しオーガ、体を捻り背後から、抱き抱えるように持ち出したのは、いくつかの生首だった。
左脇に抱えたいくつか、右手には髪を掴まれた首が一つ、そいつと目が合った。
長い金髪、青い目、ダラリと開いた口からベロリと舌が溢れ出てる。
それが、揺れて、引かれて、残像残し、ぶん投げられた。
その速度、疾風、直線に投げられた一投、一頭、今度は攻撃だった。
迫る首、頭蓋骨、人体に限らず硬くて斬りにくい部位、真っ当に剣で受ければ刃が欠ける。
だからロングソードの腹で受ける。柄には右手だけ残し、刃は寝かせて面の部分、平らな部分を前に出し、その裏へ左手を添えて正面へ、盾とする。
脆い刃でなく丈夫な、腹の、平らな面で受ける、剣術の基本テクニック、その応用で飛来する首を向かいうつ。
バイィーーン。
響く手応え、止まる歩み、重い衝撃、痺れる手首、頭突きの威力を思い出させる強烈な一撃は、体のどこかに当たれば致命傷になりかねない威力だった。
だけども、そいつを弾いて防いだ。防げた。行ける。
思う俺へ、二頭、三投、続いて飛んでくる。
全頭が攻撃、食いしばり、ロングソード全体を下に、下半身もカバーして、身を守る。
弾けた頭があらぬ方向へ弾かれて橋の外へ、回収は無理だな、と余裕を持てた四投目を最後に、五頭目は来なかった。
「はっはっはっはっはっは! やはり思いつきで行動では無理だなー!」
何が嬉しいのか、嬉しそうに話すオーガ、ロングソードを少しすらして様子を見ると、空の両手を絡ませ指をポキポキ鳴らしてるようだった。
「しょうがない! 同じ手が続くと飽きるがしょうがない!」
誰に言ってるのか、言い終わるや腰を曲げて前かがみに、そして右手をそこにある肉の塊に沈めた。
「そうらぁ!」
掛け声、引き抜かれたのは腸の束だった。
三つ編み、だろう。長い紐状の腸が芋ずる式に肉の中から引き抜き現れ、その終点は、でかい肉団子だった。
……細かな描写など御免だ。
何の肉か、どこの筋肉か、あるいは内臓なのか、直径は俺の肩幅ほど、そこから何本もの骨が飛び出している。それらの先端は床にでも擦り付けて研いだのか、鋭く尖っていた。
そんなのが引き上げられ、軽く揺らされた後、大きく一周、次に頭上へ上がって、円を描いて高速で旋回し始めた。
遠心力で回る度、周囲へ血とそれに準ずる体液がばら撒かれ、そこから生まれる風がより一層の悪臭を運ぶ。
……本能はただ逃げろと叫ぶだけだった。
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