塔へ至る道
……あれからどれだけ部屋を抜けたのか、上への階段だけの部屋についた。
先への道はない。つまりは上がれという意味だろう。
それで上がれるだけ上がって、登り切ったら外、開けた屋上だった。
一瞬の開放感、それを振り払い、最初に視界に入ったのは、こちらに向けてる、個性乏しい背中だった。
背後からわかるのは膝に手を突き下を覗き込んでるということ、覗き込んでる様子から下がかなり深そうということ、そしてその背中は蹴り落とすのにぴったりということだ。
実行に移すのに迷いなどなかった。
「あ、あ! うわぁああああああああぁぁぁぁーーーー…………」
あっさりと、反撃どころか振り返りもせす、無個性な先客は断末魔を響かせながら落ちていき……終ぞ墜落音は聞こえなかった。
耳が欠けたから聞き逃した訳でもあるまい。それだけ、深いということだ。
落とした男に習って覗き込むも、そこは段差の端、底は深淵、深すぎる上に影もかかって、落ちた男の亡骸も見えない。
側面は向こうもこちらも真っ平ら、階段も梯子も、窓もドアもない。ロープなしに上り下りは難しいだろう。
幅は、これまでの大通りと同じ、馬車八台分ほど、飛び越えるのは無理、つまりは行き止まりだった。
だけども先は向こうにある。
底から目線を上げれば中央の塔、手を伸ばせば届きそうだった。
それだけ、でかい。
塔のデザインは、いくつかのテーブルを積み重ねたような、何本もの塔が並び立ち、それが一定階層ごとにいくつか集まり、一本になって、それが続いて最後の頂上一本に集約している。
窓、外にも見える階段、塔に着いたら終わりではなく、まだ登る戦場が残っているようだった。
戦場は続く、つまりは渡れる手段がありそうということだ。
振り返った背後には要塞の屋上、蟻の面が平らに広がっていて、そこに凹凸はない。上へ出られる階段はここまで来ないとないらしい。
左右には同じような階段がいくつか、そして右側、わずかにカーブした先に一本、向こうにつながる橋が見えた。
灰色の中で塔から伸びる影で燻んだ見える、厚みのある板、向こうに渡る道はそこだけしかなかった。
向かうしかない。
他の階段の出口の裏側、塔から離れた外側を通り、橋へと向かう。
……何もない移動だった。
階段下からは全く気配がなく、前後左右動いているのは俺と影と蟻だけ、ゆっくりと歩けば幻想的、とでも言われるのだろうがそんな感傷に浸る間も惜しい。
ここには遮蔽物がない。背後からはまだしも、塔の上からなら丸見え、逃げる場所すらないから狙撃されたら狙い撃ちだ。
身を屈め、背を丸め、それでも感覚知覚は最大に広げながら、足早に移動する。
そうやって、いくつもの階段をすり抜け、塔から伸びる影を踏みつけ、進み、進み、始まりの階段から橋までの中間辺りで、足が止まった。
……止めたのは、橋の上に現れた影だった。
モゾリと、突如盛り上がったように見えたのは人の姿、ただしそこまで、個人の特徴を捉えるには遠すぎた。
その人影が、腕を伸ばし、体を捻ったように見えた。
そして弾けて、発射された。
投擲、槍投げのフォームでこちらに、大きく弧を描く軌道で、投げられたのは丸い何か、黒と赤、あとビラビラ、そこそこ大きい、飛んでくる。
回避、は不要と見切った。
おおよその方向こそ合っているが微妙に届かず、俺の目前五歩ほど先の灰色の地面に落ちた。
ゴッ、という重く詰まった音を立て、跳ねも転がりもせずに割れて中を飛び散らせた。
赤の液体、灰色のツブツブ、ビラビラは褐色で、髪は黒く、むき出しの歯は黄ばんで、まだ無事な左は黒かった。
……それは人の頭だった。
地面に当たった右半分は潰れて中身が漏れ出て、残る左半分が苦悶の表情で俺を見上げている。
首の断面はギザギザ、鈍い刃かノコギリか、あるいは引き千切ったように見える。
そんなのが、飛んできた。
攻撃にはお粗末、威嚇は意味がなく、ならば残された目的は一つ、これは、メッセージだ。
「はっはっはっはっはっはっはっはっは!!!」
橋より、嗄れた男の笑い声が響く。
……狂人からのメッセージ、意味などわかりたくもない。
だけども、そこまで行かなければならない現状、笑いたいのは俺の方だった。
橋には地獄が待っている。
そして腹ただしいことに、そこしか道が見つけられなかった。
歩幅を縮めて速度を落とすのは現実逃避だ。
潰れた頭を跨いで、俺は足を進め直した。
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