学びの時間

 ありったけの暴力がもたらす、心地よい疲労感、このまま眠れたら幸せだろうが、まだ殺し合いは終わってない。


 それでも休息は必要で、それに好奇心に、この橋の優位を堪能すべく、オークを殴り殺した後も残り続けていた。


 まずは武器を回収する。


 片刃のナイフ、ロングソード、スティレットに、メイス入りのズボン、おおよそは無事だが、シャツやズボンを含めて血塗れで脂まみれだ。臭うし滑るし、服などは肌について気持ち悪るい。


 代わりがないかと橋の向こうを探せば、重ねられた死体の陰に金髪エルフの綺麗な死体と見覚えのある樽が隠してあった。


 死体は俺とほぼ同じ体格、死因は首の骨を折られいる。死体の再利用を念頭に行動するならば、これが一番部位が傷つかない殺し方なんだろう。となれば、オークはそれに固執して俺に遅れをとった、とも考えられる。危なかったということだ。


 死体の周囲に武器はない。ただ着ている服に汚れは少なく、着替えとしては最適だった。


 樽はやはり中身は水、ただし半分しか残ってない。想像するに、あのオーガかここの死体が水筒として運んで来たものだろう。カップはないので直に口をつけて一口飲む。


 臓腑に染み渡る水分、感じながら先を見る。


 渡った先には馬車二台分ほどの何もない空間がぐるりと囲っている。その次が無数の柱、俺の肩幅より少し太い程度の石柱が、鬱蒼とした林のように、ビッシリと並んでいて、塔の根元を隠している。


 間を抜ければ簡単に通れそうな柱地帯、だが死角が多く、待ち伏せに最適でもある。踏み込むのはもう少し回復してからだ。


 思って着替えず、橋へと戻る。


 並ぶ死体、羅列にどんな意味があるのかはわからないが、それでもざっくりと、外側にいくにつれてパーツが細かくなっている気がする。


 加工に使えそうな道具は見つからない。


 ひょっとすると肉の山の中に埋まってるのかもしれないが、手を突っ込んで漁る勇気はない。


 だが、この死体を用いた戦い方、死体利用闘法とでも名付けるか、学びたかった。


 こういう時は情熱の熱いうち、すぐに始めるのが良いと、経験で学んでる。


 なので始める。


 材料はまだ無事な死体いくつか、道具は持ち込んだ片手のナイフ、やり方は我流、それでも殺しの経験と軍での経験、合わせてやってみた。


 ……これは、簡単だとは思ってなかったが、想像よりも難しい。


 解体するだけなら力任せでいけるが、そのパーツが何に使えるか、そもその完成の設計図もあやふやで、結果いくつかの死体は切り分けただけで終わった。


 それでも、最後の一体で思った通りの作品が完成した。


 試してないが間違いなく上手くいく。必ず殺せる。自信作。


 満足、からの実際に使いたい欲求、それを叶えるように、向こう側を歩く人影が一人、こちらに向かっていた。


 細身、長めの茶髪、背筋は真っ直ぐ、遠目で見るに、イメージは戦士でも兵士でもなく優男だ。


 武器は左手に片手斧、右手に先が斧となってる槍、ハルバード、それと右肩から左脇脇に渡してるのは弓だ。しかし矢が見当たらないので撃ち尽くした後だろう。



 服の返り血は少ない。それ以上に髪で煌めく雫に何もない場所で躓く足取り、疲労が見える。


 そんな男が、こちらに来ていた。


 ……その姿、歩く姿を観察し続けて、何でオーガが頭を投げてきたか、あのメッセージがようやくわかった。


 早く来い。


 遮蔽物がなく、遠近感が狂うこの場では、発見は早くても、接敵には遠すぎる。


 結果、待たされる。


 ならば俺も何か投げるかと考えて、弓があるのを思い出し、大人しく隠れて待つことにする。


 屍肉の陰に隠れて、背後含めて全方位を警戒しながら待ち続ける。


 …………睡魔と戦いながらようやく橋へ、そこでたっぷり吐き戻し、恐怖しながらようやっと一歩、踏み出す。


 オーガはここで辛抱堪らず体を晒してたが、俺はギリギリまで待つ。


 そして一歩、また一歩、血溜まりを避け、腸を跨ぎ、肉片に躊躇し、作品に近づき、間合いに入る。


 だがまだだ。


 我慢、待つ。


 警戒と恐怖と嫌悪からゆっくりの足、それが灰色を踏んで、滑った。


 それに転ばぬよう踏ん張る優男、今だ!


 体をガバリと起こし、手につかんでいた作品の一端、腸を掴み、一気に引く。


 先は優男周辺、ぐるりと囲った腸、首吊りロープの結びで結んだ腸の輪を限界まで広げて隠した輪、引くや絞られ優男の肘の高さで縛り上げた。


 完成、設計通り。


 だが緩い拘束、刃物も持ってる、優男には驚きはあっても恐怖は見られない。


 それが逃げるチャンスを己から逃した。


 俺はほくそ笑むのを止められないまま、腸のもう一旦、まだ内臓に繋がってる死体を橋の下へを蹴り落とす。


 ズズズ、と橋の端の肉片を巻き込みながら腸が下へ引っ張られる。


「うわ!」


 間抜けな声、踏ん張る優男、だけども落下の勢いに脂肪で滑る地面、踏み止まれず引きずられて、こけて尻を突き、それで足を突っ張るも、先の肉片を蹴り落とすだけで、あっという間に落ちていった。



「ふっざけんなぁあああああああ!!!」


 絶叫響かせ、落ちた優男……またも衝突音は聞こえなかった。


 完璧、だが未熟だと殺した後で気がついた。


 殺せはした。しかし武器どころか死体も橋の下、何も手に入らないどころか死体が一体減ってしまった。


 これでは死体で死体を増やしてのこの橋の、なんというか、コンセプトから外れてしまう。


 ……これは、極めるどころか一人前になるにも相当な修行が必要そうだった。


 反省してると、もう対岸に蟻の姿が見え始めていた。


 橋まで届くにはまだ余裕があるが、あの優男のような移動では間に合わないぐらいの距離、これならもう後ろはいないだろう。


 死体利用闘法はひとまずお預け、殺し合いに気持ちを切り替える。


 水を飲んで、余った水分で武器と体を拭い、着替えて、橋を後にした。


 …………プシュチナは、最後まで現れなかった。

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