決闘者二人
一閃、斬られたのは鞭の先だった。
空中で、斬り飛ばされた先は蛇にうねってはるか彼方へ、手元に、斬り残った方は力なくへたり、程なくして投げ捨てられた。
場所は十字路、真ん中にての一場面、男二人が戦闘中だった。
鞭を斬りとった方は弾けた金髪に糸のように細目の男、すらりとした細身だが筋肉は付いてた。その右手には諸刃のショートソードが、左手には片刃のサーベルが、それぞれ刃先を下に、軽く開いた自然体で構えていた。
対する斬りとられた方は短い黒髪にがっちり顎の大男、褐色肌で、俺より頭一つは大きい。鞭を捨てた左手を右手に合わせ、先端が鉈で大男の背丈より長い槍の、グレイブを、切っ先を上へと持ち上げ、上段に構えていた。
両者、着ている服は揃って血に汚れていた。
ただしそれらは全て返り血らしく、負傷の様子はない。つまりは殺して、勝ち抜いてここまで来た、来れた強者、ということだった。
そんな二人、如何にしても出会ったかは知る由もないが、今は殺し合いにいた。止まってるかのようなゆっくりな動き、位置を、間合いを、重心をわずかに変えながら、だけども視線は外さず、お互いの出方を伺っていた。
張り詰めた空気、死ぬ前の緊張感、ひりつく。
「キェい!」
突如の奇声、場違いな一鳴きは大男の方、揺さぶりのつもりだったのだろうが、細身は動じず、二人は変わらなかった。
……これで不利は大男となる。
いくら筋肉があろうとも、あのグレイブをいつまでも上段に構え続けられるものではない。それに気づいてるかは不明だが、蟻が来る。他もいる。移動や続きの体力は残しておきたいはずだ。それはわかってると苦虫噛んだ表情が物語ってる。
対して細身、両手に剣とはいえ下げての構え、その顔からは目が細いからか、殺し合いの最中でありながら精神の消耗も見られない。
この状況、当然先に動いたのは大男の方だった。
「きえぇええええええいい!!!」
威嚇ではない、気合の一鳴き、大男、駆け出す。
存外速い足、勢いに流され頭上のグレイブが背後に靡く。
そしてガツリ、と床を踏みしめるや、大男はグレイブを振り下ろした。
突進、腕力、遠心力、自重に重力に勢い全部が乗った重厚な一撃、それを前に、細身の男は避けようとも避けようともしなかった。
何故なら間合い、振るい斬るには早すぎて、遠すぎた。
得物を見れば自ずと間合いがわかるもの、この距離、グレイブではその切っ先も届かず、せいぜい一歩先の床を叩いて終わる、それほど遠いと、細目は見ているようだった。
……だが、その細目は大男の背後を見えてなかった。
あの時、突進と同時に靡いたグレイブ、それを持つ手は両手から右手一つに、更にその握る手の中を、するりと柄が滑っていた。そしてそれが止まって再び握り直されたのは石突き、長い柄の端限界だった。
大男に似合わない精密動作、そうして現れたグレイブの斬撃は、細目の目測、一歩を埋めていた。
油断、だがグレイブが大男の頭上を越える間際、それでも細目も気付き慌てて反応した。
間に合わないと冷静に計算したか、あるいは防衛本能からか、細目は右足を引いて踏ん張り、食い縛り、両手の刃を上げて頭上で交差し、全身力む。
即ち防御、受けの姿勢、あまりにも大きすぎる攻撃を前にあまりのも虚弱な悪手へ、グレイブは激突した。
ザシュリ、肉の斬られる音が響く。
捻りの無い結果だった。
片手とはいえ、あれほどの一撃、細身細腕では当然受け止めきれず、左手のサーベルは折れて砕け、右手のショートソードは押し込まれ先を左肩に沈め、グレイブの刃中程が、金髪の頭にめり込んでいた。
流血、頭からは滴り、肩からは吹き出る赤は、敗者を赤く染めた。
あっさり一撃での決着、相手は重傷、これに大男が、油断し、肩の力を抜いた。
……細目の細い目が、捻り出すように緑の眼を開いた。
刹那、跳ね上がるショートソード、片手に油断があったとは言えどこにそんな力が残っていたのか、グレイブが来た軌道を遡るように大きく弾き飛ばされる。
残像は赤、グレイブより滴った血の雨が床で弾ける。
その血溜まりを踏み越え、細目だった男が疾走する。そして流れる動きで弾き上げたショートソードが引かれて腰の高さに、そして突き出される。
一転、今度は大男が逃げられない。しかもグレイブはまだ頭上、引き寄せ受けるに遠すぎた。
ザシュリ、肉の貫かれる音が響く。
今度はなかなか捻った結果だった。
迫るショートソードに、大男は己の左腕を差し出した。拳を握り肘を曲げ、力を入れて、まるで見えない盾が有るがの如く、切っ先へ、しかし所詮は肉、あっさり刺し貫かれて腕と二の腕、まとめて串刺しとなる。
刺し傷両面合わせて四箇所、だからか流血は少ない。
完全に腕が壊れたダメージ、それでも必殺を防ぎきった。安堵か、食い縛りか、頰の肉を上げた大男のがっちり顎のその下に、細目だった男が、折れたサーベルを振るった。
ザシュリ、喉の裂かれる音が響く。
裂いたのは気道、呼吸の通る管、出血は少なく、代わりに息が泡立て泡となった血が、ブクブクと溢れる。
ドウ、と床に落ちたのはほぼ二人同時、大男はグレイブの重さに引かれて後ろへ仰向けに、細目だった男はヘタリ込んで膝を降り、目を細目に戻してた。
決着、大男は動かず、細目は肩で息をしながらその肩へ手を置く。
……精魂つき果たし、立つことも周囲を見回すこともできなくなった細目の背後へは、簡単に忍び寄れた。
ガシュリ、頭蓋を叩き砕いた音が響く。
残ったのは斬れた鞭に折れたサーベル、腕に刺さって抜けないショートソードに、重すぎて持ち運べないグレイブ、血だらけの服に死体が二つ、そして俺の斧への返り血だけだった。
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