共闘者
生き物は生き残るためにはなんでもする。
特に目の前に、避けられない死が迫ってる時、冷静なら考えられないような突拍子のないことをしでかす。普死ぬのが常識ならば非常識に賭けるのだ。
それは理解できる。だが、賭けにならないとも、俺は知ってきた。
生き残るための無様な足掻きは戦場のジョークだ。
迫る敵に決闘を申し込んだり、命乞いしたり、神に祈ったり、塹壕の中で踊り狂ってたなんて話も聞いた。そんな中で一番多いのが、裏切りだ。情報を売り、物資を渡し、仲間を殺す。それも命じられてではない、自主的に、だ。
戦場に沸く、死に際のジョーク、受けようと受けまいと、送られるのは拍手ではなく白刃だ。
そうやって無様に死んで、殺されて、仲間からは恨まれ、敵からは嘲笑われ、戦場からは忘れられる。
幸い、俺は嘲笑う方ばかりだったが、しかしこうやって目の前に現れるのは初めだった。
対応、困る。殺すべきか?
……そういえば、捕虜でもそんなのがいるとも聞いた。
殴る回数が一番少ないやつに懐くんだそうだ。
なら、まだ殴ってない俺に懐くのも普通か?
思案に無口になる俺へ、プシュチナは続ける。
「何でもします。何でも言うことを聞きます。だから、置いてかないで、ください」
段々と、消え入るように、小さくなる声、言ってる自分も無茶だとわかってる、わかってきてるんだろう。
当然だ。ここで生き残れるのは一人、俺とこいつが同時に生き残れる手段は、今のところ見当たらないし、探すつもりもない。
それでも一緒に、と言うのは、助けられた恩返しか、現状を正しく認識できてないか、あるいは頭のお花畑に逃げての妄言か、死ぬのを少しでも先延ばしに、というのはガキには考えつかないことだろう。
儀式の趣旨は知らないが、戦力にも脅威にもなり得ない当たればラッキーなメスガキなど、所詮は数合わせだろう。
……だが、だからこそ、このプシュチナだからこそ良い。
こいつだと、戦力としては数えにくいが、それでも手や目が二倍になるのは大きい。見張り、荷物持ち、斥候に罠探し、気軽に使い潰せる人間は便利だ。
精神面はあれだが、己の顔の傷を布で処理する機転も悪くない。
それにこのガキなら、利用するだけ利用して、いらなくなったら切り捨てられる。それにわざわざ体力と時間を消費して殺さなくともそこらに放置すれば、他の敵が勝手に殺して体力と時間を消費してくれるだろう。
悪くはないだろう。
「……何でも、と言ったな」
俺の言葉に、プシュチナは唾を飲み込み、見上げてくる。
「なら二つだ。一つ、俺の前を歩け」
こんな状況、殺し合いの最中で、プシュチナは花が咲くように笑って見せた。
「は、はい!」
弾むように応えて、トコトコと、思ったより元気な足取りで俺の横を通り過ぎ、前に出る。
演技、ひ弱なフリ、そもそもここに送られた段階で一癖もあるだろう。ガキだからといって、油断は、なしだ。
「あの!」
嬉しそうに興奮気味に、後歩きに俺を見返してくる。求めるものはわかる、自己紹介には自己紹介を、だ。
……だが、名乗る気はなかった。
「……どうせ短い関係だ」
一言、普通なら察するところ、ガキはガキ、わからんらしい。
「なら二つ目だ。黙れ。質問するな。いいな」
命じると……プシュチナは一瞬引いて、それから黙て歩き出した。
聞き分けは良い。そうしなければ酷い目に合う、と体に教えこまれてるのだろう。それは良いことだ。教育した者に感謝しつつ後に続く。
そんな俺に、プシュチナは歩きながら、チラリチラリと振り返ってくる。
扱いにくい。失敗だったか?
疑問に思いながらもその後に、二歩ほど遅れて続く。
真っ直ぐな道、すぐ先に十字路が見える。目標は中央へ。見上げれば目印の塔がここからも見えている。
「次は左だ」
命じるとプシュチナ、振り返り、開いた口を慌てて閉じて頷いて、左側へ。
そして角から一歩、プシュチナの足が出た瞬間、破裂した。
爆心地は曲がり角の壁の角、爆ぜたのは木の破片、飛び散る量と形と残像からテーブルと予想できる。
「ひゃ!」
小さな悲鳴はプシュチナ、頭を抱えてしゃがみこむ。
……それを、覗き込むように現れたのは、ピンクの豚鼻だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます