追跡者
歩けど歩けど変わらない風景、ここは灰色の石と脆い木で作られたゴーストタウンだ。
道の広さと平家の多さ、そして庭の広さから、畑にほど近い田舎の村をイメージさせる。
その合間をジグザグに、無くした棍棒に代わりスティレットを右手に構えながら、中央の塔を目印に、進む。
そうして入った家はこれで五軒目、間取りの差異はあってもこれまでと変わらず、椅子とテーブルだけの空き家だった。
得るものは無し、待ち伏せも無し、落胆と安堵のため息を噛み殺しながら敷地を突っ切る。
戦闘はデブタウロスが最後、それからは接触もない。
戦いの喧騒はかなり遠ざかってきた。
少なくとも向かう先からは音が聞こえない。反対側にも俺らと同じように進み出してるやつらが殺しあってるが、その音が届かないほど離れているのだろう。当分は出くわさないだろう、とは思う。
…………ただ、それは俺が一歩抜きん出てるのではなく、足音を消す頭があるやつだけが生き残ってる、と考えた方が堅実だ。
無駄な戦いを避け、一先ずは蟻から逃げておこう。この状況で誰もが考えることだ。
それで、誰かを見つけても手を出さず、隙を伺うか、先行させて先の安全を確認させる。俺ならそうする。
そして今、俺は後ろから一人につけられていた。
背後にぴったりと、角を曲がるたびにその角まで追跡し、張り付いてくる。
戦った二人から見て素人とバカばかりと思いたかったが、少なくともバカ以外もいるらしい。
だが素人だ。
追跡するには距離は近すぎるし、足音も呼吸も隠し切れてない。挙句、曲がる度に振り返れば、姿は隠せても己の影がはみ出て見えてる。
軍人ではない。狩人でもない。ストーカーでもない。素人だ。
それでも、それを考えつくだけの頭があるということだ。
ならば俺が他と戦い、疲労したところを襲うぐらいは考えつくだろう。
早めに殺しておこう。
家を抜け、庭を抜け、壁沿いに曲り、更にもう一度、中央塔への道とは直角に、右へと曲る。
直線の中程、曲がった角に追跡者が張り付いたのを背中に感じるや、俺は踵を返し全速力で戻った。
盾は正面にスティレットを腰だめに、角へと迫る。
正面となった角からは追跡者の慌てふためく音がもれ聞こえてくる。
逃げる音、転ぶ音、立とうとして立ててない音、慌て方が完全に素人だ。
それでも待ち伏せを警戒し、角に入る手前で速度を落とし、代わりに唾を吐き飛ばす。
角の前を跨ぐ唾、反応はない。
引っかからなかったのか引っかかれないほど慌ててるのか、警戒緩めず角を出た。
……追跡者は、あのメスガキだった。
ケツを床につけ、こちらも痣だらけの生足を広げてさらけ出し、仰向けに這いずりながら、青い目を俺に向けていた。
表情は驚きか恐怖か、だがそれよりも目を引くのは顔半分を覆う布、仮面のように張り付いたそれは、生足と合わせて考えるに履いていたズボンらしい。それを潰れた目の包帯代わりにしたらしく、薄い赤い染みが広がっていた。
メスガキ、忘れてた訳ではないが、予想はしてなかった。
あの場面、運良く生き残ったのなら、一刻も早く逃げるのが現実的だ。本能も理性もそう言うに違いない。
それがここにいる。
思案が、殺しを遅らせ、遅れた隙にメスガキが口を開いた。
「……ァですぅ」
かすれるような、絞り出すような、小さな声、だが威嚇とも命乞いとも異なる感じではあった。
なら何か、思案が更なる隙を作り、メスガキが立ち上がるのを見逃した。
ふらつき、壁に手をついて、ずり落ちる顔の布を残る手で押さえながら、残る目で俺を見上げてくる。
その体、改めて見ると、小さい。頭など俺のへそにも届いてないだろう。痩せた手足から見た目よりも歳は上だろうが、それでもやはり一桁だ。
その折れそうなガキが立つ距離は、僅かに俺のスティレットの届かぬ距離、すぐに殺せない距離、だがすぐに殺されない距離とは限らない。
先に動かれる前、せめてすぐ殺せる距離にしておくべきか、一歩踏み込むかの思案が、また隙を作った。
「プシュチナ、です」
残る力を全て吐き出したような、はっきりとしてるが弱々しい声だ。
上目遣い、ただこの一言のために追跡してきたのか、発せられた言葉、単語、意味を考える。
単語は名前、つまりはこのメスガキの名だろう。
「それがどうした?」
思いがそのまま言葉になっていた。
他に思うことはない。ましてやこのような、殺し合いの場面で、無意味だ。
ならこの会話も無意味だが、言っている。
どうやらおれh混乱してるらしい、とようやく気づけた俺へ、メスガキ、プシュチナが更に続けた。
「一緒に、連れてって下さい」
現状を正しく認識できてない、正に暴言だった。
混乱は俺だけでなかった。
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