大通りと大バカ者

 ピンクオーク撃破から回復したプシュチナを先に歩かせ、時間をかけながら確認しながら進む。


 時折家に入るも、中に敵影はなく、何も出くわさず、有るのは椅子と机のみ、結果何も得られぬまま、距離だけが稼げた。


 変化といえば、ドアを封じるようになったぐらいだ。といってもやってることは簡単、内開きのドアのノブに、手前へ開かぬよう椅子を立てかけるだけだ。


 鍵としては不十分条件、本気で体当たりすれば簡単に弾け飛ぶガキのお遊び、それでもその体当たり分だけ相手の体力を削れるし、それ以上に既に誰かが入ってると知らしめれば、緊張が精神を削ってくれる。


 そんな嫌がらせを繰り返し繰り返し、数えるのを忘れるほど進むと、家々が途切れていきなり広い道に出た。


 大通りと呼んでも差し支えのない幅、馬車なら並んで八台は走れそうな広さ、絶妙なカーブから、中央の塔を中心に円を描いて走ってると想像できる。


 対岸は壁、高さは俺の背丈ほど、それが城壁宜しく並んでる。向こうへ通れる隙間はこちらの道から真っ直ぐ進んだ先、こちらの道と同じ幅だけ開いている。そこを通ればスムーズに行けるだろう。


 壁の上からら見える向こうは家々、ただし今度は二階建て三階建ての角ばった家々が詰め込まれた風景が見える。


 こちら側が村ならば、向こうは町、ならば壁は境界線といった感じだった。


「うらぁあああ!!! ぶっ殺してやる!!!」


 そんな境界線の只中で、バカが叫んでいた。


 プシュチナを下がらせ、そっと覗き込むと、家々を挟んだ右向こうの道の先、この大通りとの交差点、中程にて、ゴブリンの男が喚いていた。


「出てこい卑怯もんがぁ! ぶっ殺してやる!」


 赤黒い肌、背丈はプシュチナより頭一つ大きい程度か、赤い髪をトサカのように逆立て背を量増しし、細身の体は上半身裸で、首には魔方陣らしきものが、その背中には黒い馬の刺青がたけ狂っていた。


 これだけで犯罪者とわかる。


「この借りはぜってぇ忘れねぇかんな! ぶっ殺してやる!」


 力の限り怒鳴り散らし、自身の居場所をばらし、絶対届かない対岸へ拳を振り上げる様は、少なくとも知性は感じられなかった。つまりバカだ。


 その右腕には飾りのない兜を、盾かガンドレットのように通してはめていた。小柄なゴブリンからすれば大きすぎる兜を兜としてかぶるよりは腕につけての防具の方が便利と考えたのだろう。それぐらいはバカじゃないらしい。


 問題はその足、投げ出された左足の膝に、折れた矢が刺さっていた。


 即ち、この先に狙撃手がいる。


「てんめぇいでぇぞこのやろ! ぶっ殺してやる!」


 止まってない出血の跡、曲がらないらしい左膝、それでも立とうとしては崩れ落ち、なお血溜まりを広げる。


 その血の跡を見れば経緯はおおよそわかる。


 まず迂闊に飛び出た。それも歩いて、だ。で、この大通りに出てすぐに足を射抜かれたとわかる。そこで転げまわり、矢を抜こうとして失敗してへし折り、投げ捨て、それなのになお前へ、壁と壁との隙間へ、その向こうへと這いずり、進もうとしている。


 まさしく死に際まで笑い者にされる大バカ者、こんなのばかりが相手だと殺し合いも楽だ。


 ……だが、今は厄介だった。


「男なら隠れてないで堂々タイマンはれやがれやぼけ! ぶっ殺してやる!」


 意味不明の罵詈雑言、向けて睨む方向は大通りの向こう側、だがそれでも周囲を見回してないわけではない。


 これで俺らが出れば、あのゴブリンは間違いなくそれを叫ぶ。それは頭を出してない狙撃手にも聞こえるわけで、つまりあれは見張りにもなっているのだ。


 そして狙撃手に狙われる。


 矢が折られていて弓なのかボーガンなのかは不明だが、足の甲を撃ち抜ける技量は無視できるものではないし、ましてやこちらからは相手が見えずどこにいるかも、おおよその方向しかわかってない。かつこちらの進行方向がバレてるとなると、これは恐ろしく脅威で、面倒だった。


 ……軍でのセオリーならば迂回だ。


 相手が待ち構えてると分かってるのに突っ込めと言うのは愚策である。あの時の上官に言ってやりたい一言だが、言う前に上官の首が何処かに行った。思えばいい上官だった。


 昔話は置いといて、迂回するとしても、道は広く、相手がどこまで見えてるか不明だ。それでより距離を取ると、今度は別の参加者どもと出くわす可能性が上がる。これはこれで美味しくはない。


 ならば他の手を考える。


 「ぜってぇゆるさねぇからなぁ! ぶっ殺してやる!」


 対抗狙撃、には弓も矢も腕もない。あっても相手の姿を見つけてない以上、現実的ではない。


 煙で燻す、にも火種がない。木を擦り付けて火事もあるにはあるが、地下の密室での火事はリスクが計り知れないし、家はほぼ石、椅子とテーブルとドアだけ燃やしていかほどか。


 陽動、物量で押し通るにも、二人だけだ。かつ、他が渡る間に隙を見て、もあの大バカもののせいで何があるか周知になってる現状、譲り合いの精神で誰も先には行かないだろう。


 ……後は、ゴリ押しか。


「あの」


 プシュチナ、後ろを見張らせてたのが袖を引く。


 言いつけも守れない悪いガキ、殴って躾直すべきかとも考えたが、今は諸々が惜しい。


「戻るぞ」


 命じると、キョトンとされた。言われなきゃわからないらしい。


「準備がいる。ゴリ押しだ」


 わかってないプシュチナ、それでも黙って、俺の後についてきた。

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