三度目の準備からのゴリ押し



「ぶっ殺してやる! ぶっ殺してやる! ぶっ殺してやる!」


 ボキャブラリーは尽きたがまだまだ元気な大バカ者の声を耳にしながら、家から持ち出したもので準備を終える。


 皮肉にも、散々安物使えないと見下してきたテーブルで助かるとは、殺し合いは先が見えない。


 甲板と言ったか、テーブルの物を乗せる平らな板を立てて、スティレットを腰に刺して空いた右手を下に伸ばして右下の脚を、対角線状の左上の脚は肩に引っ掛けて、前に抱えるように、だけども上げすぎないよう気にかけながら持ち上げる。


 持ちにくく、歩きにくく、前は見えず、何より襲われたら終わりの悲惨な格好だが、それでも、体を隠しながら移動ができるはずだ。


 矢の威力は、距離こそわからないが、それでもゴブリンの足を貫通しきれない程度、ならこの板も貫通できないはずだ。


 そう、自分に言い聞かせても不安は残る。


 おおよそ最善とは言えず、考えればもっと良いてもありそうだは、それを考える時間はない。


 ……蟻はまだ見えない。だが見えたならもう手遅れだろう。


 ならゴリ押し、突っ切るしかない。


「行けるな」


 確認ではなく命令と共に振り返る。


「は、はぃ」


 小さく弱々しい返事のプシュチナ、その両脇にはそれぞれ椅子が、合わせて二脚、背もたれを腋に挟むように抱えている。


 椅子に意味はない。ただテーブル持って両手の塞がった俺の背後に、両手の開いているプシュチナを歩かせたくなかっただけだ。


 最悪なタイミングでバカやられて、コケたり武器盗られたり襲われ負傷したくはない。ただそれだけだ。


 幸いにも最初の命令が残っていて質問はなかった。なら、行くだけだ。


「行くぞ」


 返事を待たずに角から出る。


 返事はないがそれでも足音、それと椅子を引きずる音、プシュチナはついてこれてるらしい。


「あ! 貴様! こっち来い! ぶっ殺してやる!」


 俺らに気付いた大バカ者、だが遠く、動く様子もなければ投げてくるそぶりもない。


 それでも背後の足音が一瞬止まる。


「無視しろ」


 一言、命令、それで足音が戻った。


 そして進む、進む。


 前は見えないが真っ直ぐ進めば壁と壁との間、そうでなくても壁に貼り付ければ向こうからの射線は切れる。そこまで行ければ安全だ。


 ……それを知ってるはずなのに狙撃はない。


 ひょっとしてもういないのか?


 いや、矢も有限だから確実を求めて出し渋ってるだけかもしれない。


 考えながらも足を進めて道の半分、つまりは残り半分、テーブルを持つ指が痛いが、これなら保つだろう。


「ぁ!」


 矢先、台無しを知らせる小さな悲鳴、同時に硬くて軽いものが転げる音が背後からした。


 舌打ち、を我慢して振り返れば当然プシュチナ、左手に持ってたはずの椅子を落として蹴り飛ばし、テーブルの陰からはじき出したところだった。


 それを慌てて取りに出ようと身構えたところで俺と目が合った。


 ……いっそ、そのまま飛び出させて、狙撃させた方が安全性は高い、だがこの図らずしも交わしてしまったアイコンタクトで、それは危ないと、教えてしまった。


 上手くないな、ため息一つ吐き出しかけて……後ろの煌めきに目が止まった。


 若干遠い、通ってきた道に面する家の一つ、ひょっとしたら中に入ったかも知れないその上、屋根の上、視線をずらし光を避けて見れば、それはピカピカ光る鏃だった。


 狙撃手は、背後にいた。


 浅黒い肌、短い黒髪、片膝ついて、小さな弓を構え、引き絞っている。


 新たな狙撃手、と考えるには目立ちすぎる。遮蔽物のない屋根の上、大バカ者の視線誘導以外に隠れる気のないその姿は、射殺して下さいと全身で言ってるようなもの、進行方向に狙撃手がいるなら真っ先に狙撃してるはず、だからない。


 何もかも捨てて叫びたい気分だ。


 特にあの大バカゴブリン、自分が狙撃された方向すらわかってなかったのか、ぶち殺したいのはこっちの方だ。


 だがアレをバカにできないバカを俺はやらかしてる。ここまで来るまで気が付かず、警戒も怠ってた自分が一番腹立たしい。


 瞬間の思想、まるで走馬灯、それでもやるべきことはわかってる。


 テーブルを捨て、振り返り、左手の盾を構え、同時にプシュチナへ右手を伸ばす。


「ひっ!」


 小さな悲鳴で逃げるプシュチナ、それで首には届かなかったが胸ぐらは掴めた。


 握り、引き寄せ、思ったよりも重い体を、掲げる。


 肉の盾、即席の防壁、だが足元は丸出し、矢も防げるか不安だが、少なくとも狙撃手に躊躇を与えた。しかも構えを崩すとは、想定以上だ。


 この好機、逃す方がよりバカだ。


 盾二つを構えて横へ一歩、同時に倒れる音が背後から、離したテーブルが倒れた音、隠れることはできず、起こす時間もない。


 改めて弓を構え直す狙撃手、だが狙いはブレてる。盾ではなく足を狙ってか、思考する時間ももったいない。


 プシュチナは背後に向けたまま、体を反転、持つ腕を体に巻きつけ、背負う形にする。


 抱きつけ、と命じる前に前に伸びてきた細い腕、胸ぐら掴んでた手を離し、その腕を掴む。


 背後への盾、最低限の守り、狙いにくくするだけの時間稼ぎ、その時間で走りきる。


 全力疾走、止まれば的になる。


 直線も的、ジグザクに、不規則に細かく曲がり翻弄する。狙撃手対策の鉄則だ。


 それが効いてか撃ってこない。このまま走りきる。


 大した距離ではない。あっという間に壁と壁との間に、まできてまたバカやらかすところだった。


 壁の隙間は一箇所、間をいくらジグザクしようとも、いずれはそこに到達する。


 なら、そこに狙いを定めれば良い。そこでなら、動く足も狙えるだろう。


 どうする? 戻るか?


 思案にチラリと振り返ると椅子の脚、プシュチナ、まだ椅子持ってやがった。


 他なら怒鳴りつけるとこだが、今は褒めてやる。


 がくりと曲がって隙間でなく壁へ、その手間で腕を掴んでた手を離すとずるりと落ちた。


 時間との勝負、まだ動いてる椅子を掴み、壁の前へ、即席の階段が出来上がる。


 そこへ向かう前に更に逡巡、壁の向こうの安全性、待ち伏せの可能性、時がもったいない。


 ヘタってたプシュチナを再び掴み、持ち上げる。椅子がなければこんなに軽いのかと驚きと共に壁の向こうへ、放り投げる。


 同時に足元で弾ける。


 矢、狙撃、外れて砕けた結果、危なかった印、そして再装填までの時間的猶予、躊躇いは死ぬ。


 駆け出し、椅子を踏み、踏み切って、たった今向こうへ落ちたプシュチナを追って壁の向こうへ、背面跳びで、跳ぶ。


 ……壁の上を通過する落下の瞬間、振り返ったら向こう、狙撃手の悔しがる顔がはっきりと見えた。


 俺は満足しながら落ちていった。

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