最初の一歩

 鉄の扉の向こう、乾いて風のない空気、会場と呼ばれる空間は、同じく灰色に見えた。


 だが何よりも広い。


 高い天井はドーム型で、全て人工物なので遠近感は狂うが、ここは城か、下手すれば町がすっぽりと入りそうな広大な空間だ。


 正面は、策と庭と一階建の一軒家、と言った感じだ。ただし構成するのは他と同じ灰色の壁に、策とドアは木製らしい。庭には雑草ひとつも生えておらず、窓にはガラスもない。未完成、というよりは風化した古代の民家、といった感じだ。


 それと似通った、階数や庭の広さ形が異なってはいるが、だいたい同じような家々がいくつも並び、それらの間に道が伸びている。


 ここはまるで町の一角のようだ。


 そしてそのはるか向こう、中心と思われる場所に、ひときわ高い塔が見える。


 同じ灰色に同化していて見にくいが、高さはこの空間の最上部の半分ほど。距離がありすぎて階数なんかはわからないが、相当高そうだ。


 その塔の真上、空間の最上部は、まるで太陽のように輝いていた。仕組みは小部屋と同じものだろう。これだけの空間を不自由なく歩ける程度の光源だ。


 灰色の床、一歩踏み出し右を見て左を見て目が合った。


 ……そいつはギョロついた大きな目の小男だった。


 でかい頭に俺と同じく白いシャツ半ズボンに、細い左手には棘だらけの棍棒持っていた。


「きえあああああああ!」


 絶叫、不覚、先に動いたのは小男の方だった。棍棒を振り上げ迫って来る。


 一瞬の混乱、だが思い出す。


 奇襲を受けたらその時点で負け、だから速やかに撤退するのが鉄則だ。


 なので一歩引いて部屋に戻る。


 小男は勢い余って突っ込んで、俺がいた空間に棍棒を空振りした。


 殺意は本物、だが素人だ。


 からぶって立ち止まり、無理な体勢からこっちへ向いた小男へ、その大きな左目へ、スティレットを突き放つ。


 肩、肘、手首、右腕だけを駆動しての速度重視の突き、久しぶりのナイフファイテング、だが上手くいった。


 グニュリといった感じの、弾力から始まり硬いものに当たって終わる手応え、眼球を刺し貫いたが眼窩の骨で止まった、懐かしい手応え、だが軽い。これでは脳まで届けてない。


 殺せてない。


「ぎひゃあああ!」


 苦痛か激怒か、小男は叫んで棍棒を振り上げた。


 伸びきって隙だらけの俺の右腕、しかし深く刺さったスティレットは捻ってもビクともせず、抜けそうにない。


 一瞬迷いながらも俺はスティレットを手放し、同時に腹へ蹴り、突き放した。


 間一髪、振り下ろされた棍棒が俺の右腕を掠めた。傷はなく、ただ緊張が残る。


 それに感傷する間もなく、小男は立ち止まらず、振り下ろした棍棒を返して突き上げてきた。


 狙いは脇腹、しかしこれは盾が間に合って防げた。


 ガヅン、と想像以下の衝撃、一瞬両者が止まる。


 先に動けたのは今度は俺だった。


 ステップ踏み直し、拳は握らず、右の手のひらを突き出す。


 掌底、捻りの加わった一撃が、刺さったままのスティレットをぶっ叩いた。


 ブチュリ、と中身が吹き出て血と脳液が溢れ出る。


 確かな手応え、今度こそ脳まで達っした。


「ぎはぁあ」


 小男は、残った目玉を見開き、舌を突き出し、棍棒をこぼしながら後ろへ二歩下がり、そこで音もなく、真後ろに倒れた。


 小男は痙攣し始める。鼻血も吹き出した。


 死んではいない。


 が鼻血は脳への圧力の現れ、これなら確実に重度の障害、即ち再起不能、命は助かってもそれだけだろう。


 フゥ、と安心し、すぐさま引き締め周囲を見る。


 …………見回す限り、動くのはこの小男と、そこから流れ出る体液だけだった。


 油断しすぎだ。


 いきなりの敵襲、いきなりの戦闘、それでこのダメージは、相手が素人だったから。戦場なら奇跡だ。


 気持ちを落ち着ける意味で小男の首を踏み付け、へし折り、殺しておく。


 命を奪う感じを思い出しながら、もう一度深呼吸する。


 ……儀式はまだ始まったばかりだった。

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