百の間
鐘の音と共にやはり勝手に金庫が開いた。
中を覗くと中にポツンと、鉄の棒が入っていた。
握りと刃渡りはナイフのもので、だが刃はなく、なのに先端は釘が錐のように鋭く尖ってる。
こいつは知ってる。軍で見た。確かスティレット、というやつだ。
チェーンメイルなんかの隙間を突き刺し、息の根を止めるための短剣だ。組み伏せた相手に止めを刺す用か、あるいは暗殺用、間違っても正面きっての斬り合いに用いるものではない。
それでも、刺せば貫ける。殴れば砕ける。受ければ防げる。なら、人は殺せる。無いよりはマシだろう。
手に取るとスティレット、思ったよりも重く、それでも手に馴染んだ。鞘は無いが、問題ない。
軽く数度素振り、軍で散々ナイフファイトはやってきた。やれないわけがない。
鐘は鳴り続いている。その音と音の間は息をゆっくり吸って吐くほどの時間だ。
説明は武具と言っていた。つまりは防具の類もあり得るのだろう。それを身につけるには手間がかかる。今はそのための猶予時間というわけだ。
それを踏まえて金庫の中を覗く。
中の空間は、エルフ男として平均的な背丈の俺が全身すっぽりと入れるほどに広い。つまりは、ここと他とが同じと仮定するならば、それだけ大きな物も入れる、入りかねないということだ。このスペースなら、剣、斧、盾、鎧、更には槍の類、武具ならば全身鎧もありえる。
それらを相手にするには、このスティレットでは心許ない。
せめて盾の類があればと思い、閃いき、同時に動いていた。
この部屋にあるもう一つの物、空の樽、その底をスティレットの柄で叩く。
新品だからか樽は硬く、なかなか壊れない。焦る気持ちでそれでも叩き続けてやっと底が抜けた。それからバラバラの木片に分解するまではすぐだった。
物のない戦場での創意工夫、過去を懐かしむほど歳はくってないつもりだが、何もできなかった牢屋と比べるとどうしても心が踊る中でシャツを脱ぐ。
その中に下から首の穴まで、バラした木片をありったけ突っ込み、形を整え、残る右袖と左袖を引っ張りまとめて左手で掴んで固定する。
ぐらつき、不恰好で、掴むのを緩めればすぐに滑って落ちる、まるで子供のおもちゃのような盾の完成だ。
性能は下の下、木片の強度はまだしも、縛るのはただのシャツなのだ。引っ掻き傷一つでばらけてもおかしく無い。
それでも、最初の一撃ぐらいは防げるだろう。これでも、無いよりはマシ、だ。
こいつで防ぎ、その隙に踏み込みスティレットで刺し殺す。
破れても勝てれば、相手の服を剥ぎ取り作り直せばいい。
最低限の戦術の完成、気休めレベルだが、確実に生存確率は上がる。
最善を期待しつつ最悪に備える。軍で叩き込まれた哲学だ。
……この先どうなるかは知らないが、俺は死んでやるつもりはない。
殺してでも生き残る。
今更、手の汚れを気にする戦歴じゃない。それにあの説明聞く限りでは、どうせどいつもこいつも参加者はロクでも無い連中ばかりだろう。遠慮はいらない、殺してやる。
右手を回し、左手を回し、足を伸ばして体をほぐす。
鐘が鳴った。
それに次はなく、代わりに鉄の扉が開いた。
儀式が始まった。
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