鐘の鳴る前

 ……首の焼印が痛む。


 触れるとまだ血が滲んて指についた。この分だとほっといたら膿むだろう。


 治療したいが、包帯どころか代わりになりそうなものも、それ以外も、殺風景な部屋にはほぼ物がなかった。


 ほぼにしてるのは小さな樽が一つ、中身は空で蓋もない。おそらくこれはトイレだろう。


 それであと与えられてるのは、今着ている服ぐらいになる。それも木綿の半袖シャツと半ズボンだけ、他に靴も下着もよこさない。ご丁寧にシャツもボタンのないデザインで、俺のようなエルフの耳をこれっぽっちも考えてない。


 人権無視の酷い有様、何の説明もなくこんなところに連れてこられていきなりの焼印、放置されたかと思ったら、あの説明だ。


 儀式だ会場だ賢者だなんだ、専門用語並べて、それでまた出ていって、わけがわからない。それでも武具だの法的罰則だのから察するに、俺はこれから殺し合いゲームに参加させられるらしい。


 賢者が何者だかは知らないが、不条理な話だ。だが、無罪放免はありがたい話ではある。


 何もなければ極刑、それもと思えば、こちらも進んで参加しようというものだ。


 それに、相手はそれだけの力があるのは、ここに連れて来られてよくわかる。


 床も壁も天井も、灰色の石でできている。だがそれは石を積み上げたのではなく、つなぎ目もない。これだけのスペース、掘り削ったとは思えない。最近開発されたコンクリートとやらを用いているのかもしれないが、それでもこれだけの規模は簡単に作れるものでもないだろう。


 それ以上にヤバイのが出入り口だ。


 出入りできそうなのは二箇所、入って来た鉄格子の扉に反対側には鉄の扉、おそらく扉が会場やらにつながっているのだろう。なら壁にはめ込まれた鉄の板は、武具の納めた金庫なんだろうとは予想できる。どれも当然、ビクともしない。


 問題は、それに鍵穴どころかノブすらないという点だ。


 ……ここに入れられた時も、看守は扉に触れてもないのに勝手に開いて閉じた。それは単に魔法魔術が仕込まれてて、そいつがやった言ってしまえばそれまでだが、だとしても高度すぎる。


 灯りもそうだ。ほのかな光が天井の水晶から照らされ全体を明るくする。触れても熱はないから炎じゃない。だが中は動いている。叩けば重く、厚みがある。向こうから光を取り込んでるのか、あるいはアーティーファクトの類か、なんにしろ安物じゃあない。それがここだけでなく、ここまでの廊下全部を照らしているのだ。それだけの魔力、中の囚人から搾り取っても絶対に足りはしないだろう。


 ここまで高度な牢獄、作るには予算も技術も個人のレベルを超えている。マフィア、宗教、巨大ギルド、貴族か、下手すれば国家レベル、あるいはそれ以上の何か、俺など虫けらでしかないだろう。


 なら、その目的は知らないが、お望みのまま、殺し合いを演じてせいぜい楽しませて生き足掻くだけだ。


 ……ただ、簡単な算数で難しいと導き出せる。


 合計が六百六十六人、殺し合い半分が生き残って三百三十三人、その半分がいくつだ? 二、四、八、十六、三十二、六十四、百二十八、だから順当に一対一で潰しあってで、殺し合い九回か十回、勝ち抜く、殺さなければならない計算だ。


 それも順当で、状況によれば運良く楽な相手ばかりなやつもいるだろうし、そいつらが戦う前に俺と戦うやつらも、手を組んでるやつらも出てくるだろう。


 そんな殺し合い、長い間閉じ込められて鈍った俺は、生き残れるのか、難しい。少なくとも俺は俺に賭けないオッズだ。


 せめて一ヶ月あれば、それなりの運動に練習にで、そこそこ思い出せた。でなくても一週間か、一日前か、せめてこの、赤髪を剃る時間ぐらいは欲しかった。


 髭は剃ってたんだが、髪は不精して伸ばしっぱなしで、女に見られて同房者ホモに襲われなきゃそれでいいと、目には入らないが耳にはかかる長さで切ってそれきりだ。俺自身には邪魔ではないが、長ければ掴かれるし、何よりの俺の白い肌との対比は目立つ。


 もっとも、それを言い始めたらキリはない。なら、考えても仕方ない。


 いざとなれば何か布でも巻けばなんとかごまかせる。そんな事に悩むぐらいなら精神統一でもしてた方がマシだろう。


 思い、壁に持たれて座り、目を瞑って深呼吸する。


 …………………………………………………………………………鐘が、鳴った。


 儀式が、殺し合いが始まる合図だ。

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