七不思議と学園の問題に関係はあるのか

『ハハハ、実に無様だったじゃないか』

 昼休み。

 すっかり主導権を奪われ、なにかとこちらに絡もうとしてくる初瀬川をようやく振り切った俺に対し、ミラは姿を見せぬまま笑っていた。

 俺はその嫌味にも耳を貸さず、具体的な当ても無く校内を歩いている。

 目的は学校内の探索そのものであり、もちろん【学園の怪】探しでもある。

 そもそも俺は、この学園についてまだほとんど情報を持っていないのだ。

 頭の片隅で眠っている曖昧な記憶だけではどうにも頼りない。

 昼食にも興味がなかったので、その時間も使っての探索だ。

「それより、他の【学園の怪】についての情報は何か無いのか?」

 誤魔化すように俺がそう話を振ると、ミラは少し考えて静かに語り始める。

『フム、とりあえず目星が無いわけではない。ただ、ちょっと厄介な相手でね、なかなか手出ししにくい感じではある。おっと、噂をすればなんとやらだ。ほら、見てみたまえよ』

 その言葉でふと掲示板の方に視線を向けると、なんとも偉そうな男子生徒とその取り巻き達がノートを抱えた女子生徒を威圧的に取り囲んでいた。

 そのショートポニーテールの女子生徒も負けないような強気さだが、いかんせん多勢に無勢、かなり押されているようである。

 他の生徒たちはそんな厄介ごとと関り合いになるまいといった様子で、それを見ようとすることすらなく、まるでそこだけが別世界のようだ。

 いや、実際別世界となっているのかもしれない。

 【学園の怪】ならばそれくらいはできる可能性もある。

『まあ、言うまでもないことかもしれないが、あの真ん中でふんぞり返っている奴が、推定【学園の怪】だ。生徒会長の殻(から)田(た)舞人(まいと)という人物で、ああいう風に取り巻きを連れてよく校内をパトロールしているのさ』

「なるほど、あれは確かに手が出しづらいな」

 呆れたように吐き捨てる。

 なんともいえない胸糞悪さに満ちた集団だ。

 まずリーダーの殻田が気に食わない。

 ああやって人を侍らせ従わせ、権力を振りかざすことで己の地位をアピールする。

 俺の一番嫌いなタイプだ。

 もっとも、取り巻いている側も取り巻いている側で、自分の無力さを誤魔化すためにああやって権力ある者に擦り寄っているあたり性質が悪い。

 もちろん、こちらも俺の一番嫌いなタイプである。

 漠然とその光景を見ながら、ひときわ目立つ殻田に注意を払ってみる。

 殻田自身はほとんど声を荒げることもなく、少なくとも表面上はあくまで冷静かつ穏やかに女子生徒と話をしているのだが、代理といわんがばかりに、取り巻きどもがなにかあるたびに女子生徒に威圧的で攻撃的な言葉を投げている。

 流石に直接手を出したりはしないが、それがまた厄介でもある。

 当然それらも殻田の計算どおりのようで、奴自身が視線やちょっとした態度、言葉などで攻撃を促しているのである。

 なんともいかにもな構図ではないか。

「ま、そのほうが面白いな」

『おい待て、何をするつもりだ』

 そして俺は、ミラの制止を振り切ってその取り巻き集団を押しのけ、殻田と女子生徒の間に割って入った。


「なあ、ちょっといいか?」

「ん? 見慣れない顔だね、君。どうかしたのかい? 見ての通り、僕らは今取り込み中なのだけど?」

 いきなり割り込んだ俺に対しても、あくまで殻田は穏やかな言葉を並べ立てる。

 細い目と口元にいかにも親しげな笑みを浮かべているが、どうにもその裏側にある傲慢さが透けて見えて嫌な感じだ。

 もちろん、取り巻きへの指示を出す細かな動作があったのを俺は見逃さない。

 手を汚すのはあくまでそいつらである。

 早速じわじわと間合いが詰めて威圧してきている。

「いや、なにか面白そうなことをしてるなと思ってな。俺も混ぜてもらおうかと思っただけさ」

 もちろん、俺のそんな嫌味に対して、取り巻き集団どもは黙っていない。

 あっという間に、その女子に変わって完全に俺が取り囲まれることになった。

 こうでなくては面白くない。

「おい、殻田さんを馬鹿にしてるのか! テメエ!」

 殻田の目線からその意図を汲み取り、取り巻きの一人がそう叫んで俺を睨みつけて凄んでくる。

 一触即発の距離。

 いつでも殴れるんだぞという意思表示もかかさない。

 律儀なことだ。

 だが、一度死んだ人間にそうそう怖いものなどあるはずもなく、こちらもそんなことで怯むわけもない。

 そもそも、同じ凄むにしても仮にも【学園の怪】であった室居に比べて迫力不足は否めないに決まっている。

 俺を驚かせたいならせめて椅子の一つでも浮かせてみせるんだな。

 なあ、殻田さんよ。

「まあまあいいじゃないか。彼はおそらく転校生だからね。まだ勝手がわからないんだよ。穏やかにいこうじゃないか」

 殻田はそう言って取り巻きをなだめるが、その言葉自体が傲慢さに満ちていて、俺の感情に棘を刺すかのようだ。

 実のところ今の段階で殻田と喧嘩をしても仕方ないのだが、状況的にはすでに臨戦態勢ともいえるような雰囲気である。

 なので、いっそ俺のほうから動いてみることにした。

「なあ殻田さんとやら、一つ質問をしていいか?」

 俺がそう言うと取り巻き達は、さらにざわついて俺を睨んできたが、殻田の方は静かに笑っているだけである。

「質問だって? ああ、かまわないよ。で、なんだい、質問というのは」

「アンタ、たい焼きは頭から食べる派か? それとも、尻尾から食べる派か?」

「は?」

 それを聞いた瞬間、殻田も取り巻きも唖然とした表情で俺を見た。

 当然といえば当然だ。

 まったく場の空気にふさわしくない質問である。

 もちろん、その質問に意味などない。

「おい、ふざけるのもいい加減にしろよ!」

 取り巻き達は怒り心頭で、殻田もまた、ため息をついて俺を一瞥した。

「やれやれ、なにかと思えば、そんな訳の分からない、つまらない質問とは……」

「俺はいたって真剣なんだがな」

「真剣だって? その質問がかい?」

 その言葉を聞いて殻田は俺に対して冷たい視線を投げかける。

 つまり感情が揺さぶられているということだ。

 そうだ、お前もこっちに来い。

 たが奴さんはすぐにその感情をしまい込み、呆れた様に首をすくめてみせた。

 煮え切らない奴だ。

 ならさっさと種明かしをしてしまおう。

「ああそうだとも。いいか? たい焼きを頭から食べる奴は、相手に物事を考えさせるのが嫌な奴だ。たい焼きを尻尾から食べる奴は、相手をいたぶる事に快感を覚える奴だ。そうだなアンタは……、俺と同じで、尻尾からジワジワと食べていくタイプだろう? 違うか?」

 俺の言葉に、殻田は不機嫌な感情を顔に残したまま沈黙する。

 だが少し間を開けた後、呆れたようにため息を付き、もう一度、今度は大きく肩をすくめてみせた。

「……つまらないこじ付けだ。なんか、興が削がれたよ。まあいい、どうやら君に真面目に取り合っても仕方なさそうだ。もう行こう」

 それだけ言って踵を返すと、そのお山の大将様は取り巻きを引き連れて廊下の向こう側へ消えていく。

 そして残されたのは、自分と、あっけに取られている女子生徒だけとなった。


「もしかして助けて、くれた、とか……?」

 その女子生徒が俺を見てそう言ったので、俺は静かに首を横に振った。

「まあ、結果的にはそうなったのかもしれないがな。俺としては、連中が面白そうなことをしていたから混ぜてもらおうと思っただけだが」

 俺の感情としては、やはりこちらの方が正しい。

 気になっていたのは、あくまで殻田の方である。こいつはおまけだ。

「ふーん、変な人ね、あなた。でもなかなか面白いかもしれないわ……。って、あなた、どこかで会ったことあるかしら?」

 少女はまじまじと俺の顔を見る。

「いや、初対面のはずだが」

 俺もその少女の顔を確認する。

 たしかにどこかで見た気もするのだが、俺にそんな記憶など残っているはずもない。

 以前、記憶があった頃に見かけたのかもしれないが、それこそどうでもいい記憶だろう。

 その少女も顔立ちは悪くないのだが、いきなり変な人と言われた直後では、その眼も曇るというもの。

 こちらとしては面白いはずがない。

 そもそも初対面から馴れ馴れしすぎる。

 まあ、俺の一番嫌いなタイプだ。

「そもそも、いきなり変な人呼ばわりとは、心外だな」

 なので、この点について遺憾の意を表明しておく。

 俺自身が本当に変な人かどうかは差し置いておくにしても、だ。

 だがそいつは、その言葉をまったく意に介さない。

「言い争いに突然割り込んできたと思えば、いきなりたい焼きの食べ方を聞く人間は、やっぱり変だと思うのだけど、その辺はどうなのよ」

 結果的にとはいえ、助けてもらった相手に対してそこまで変な人呼ばわりする必要もないだろうに……。

 とはいえ、この件で言い争っても埒が開くまい。速やかに俺は話題を変えることにする。

「……まあ、俺が変な人かどうかはこの際瑣末な問題だということにしておこう。それより、俺が気になるのは、連中はいったい何をしようとしていたかということだ。あいつら、実に楽しそうだったじゃないか。お前、いったい連中と何があったんだ?」

 そのことが引っかかったのは、やはり殻田が【学園の怪】だからだろうか。

 怪としての動きかどうかもわからないが、それでも殻田の人となりは掴んでおきたい。

 だがその答えよりも先に、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響く。

「うーん、とりあえず、詳しい話はまたの機会ということでいい? 結果的にとはいっても、助けてもらったことはお礼もしたいし……。よかったら、放課後また会えないかしら。これに、あたしの居場所も書いてあるから」

 そう言ってそいつは一枚の紙を渡し、走り去っていく。

 それは見たところ、新聞の体裁をとっている紙だった。

 少なくともデザインやレイアウトは新聞のそれである。

【学園第三新聞】

 その紙には、大げさな文字でそう書かれていた。

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