部室を失った第三新聞部はどこへゆくのか

 部室棟に戻ってきて第三新聞部の部室の方を見ると、その入り口で昨日見た殻田の取り巻きらしき連中数人が、一人の少女相手に口論をしているようであった。

 相変わらずブレのない下種な奴らだ。俺の一番嫌いなタイプなだけある。

 見たところ殻田本人はいない。

 おそらく奴は、【学園の怪】と直接顔を合わせてしまうのを警戒したのだろう。

 殻田がこの取り巻きどもをどこまで信用しているのかは知らないが、少なくとも自身が出てくる気はさらさらないということだ。

 しかし俺にとってこの一件の最大の問題は、この有象無象の取り巻きどもだけでなく、その口論相手である美少女にも見覚えがあることだった。


「初瀬川、葉菜子……?」

 何を隠そう、第三新聞部で取り巻き連中とやり合っていたのは、あの【トイレの花子さん】の少女にして、俺の隣の席のクラスメイトだったのだ。

 いや、なぜこいつがここにいる?

 部活とは縁のない学校生活ではなかったのか。

 あの時の俺の感傷を少しでいいから返してもらいたいものだ。

 そもそも、今日は欠席してたはずなのは……まあいい。

 その後あんなことになっておきながらこうやって部室にやってくるのは、恐ろしい行動力である。

 といろいろと考えるものの、実際のところ、こいつがここにいる理由はなんとなく察しがつく。

 つくが、ここはわからないフリをしておくの吉だろう。


「第三新聞部に七白くんがいるんでしょう? 部室に入れてください!」

「だから、第三新聞部のこの部室は差し押さえになったといっているだろう。中に誰もいないし、そもそも部員どもがどこにいったかなんて我々の知るところではない」

「おいおい、部員ならここにいるぞ。随分と勝手なことを言ってくれるじゃないか」

 その口論に割り込むように、俺は大声でそう言って取り巻きどもの注意を引き付ける。

 だが、俺の言葉に一番強く反応したのはそいつらではなく、そいつらと口論をしている側だった。

「あっ! 七白くん!」

 その少女、初瀬川葉菜子は俺を見た途端、口論も放り出して駆け寄ってくる。

 ああ、うん。

 なんとなくこうなることはわかっていた。

「で、差し押さえとはどういうことなんだ? 第三新聞部になんの問題があるっていうんだ?」

 まとわりつく初瀬川をスルーしつつ、その取り巻きどもに尋ねてみる。

 第三新聞部自体には問題は山積みであるとは思うが、流石に事前通告もなしに部室の差し押さえができるほど踏み外してもいまい。

 つまり理由は、殻田が勝手に作り出したものだ。

「生徒会判断だ。不服があるなら生徒会室にこい」

「なるほど、な……」

 帰ってきた答えは案の定な紋切り型のひとことである。

 しかもご丁寧に、俺たちが置いていった私物は部室の横に無造作に置かれている。

 つまり、この部室は完全に閉鎖されたということだ。

 これが殻田からのアプローチということか。

 こちらの拠点を潰し、自分のホームグラウンドでの交渉を強要する。

 なんともあいつらしい性格の悪さが滲み出ているではないか。さすが俺の一番嫌いなタイプだ。

「なんの通告もなしにいきなり差し押さえで、生徒会室に来いですって? どこまで上から目線よ!とりあえず、なにか言いたいことあがるなら、そっちからここに赴くのが筋ってものでしょう!」

 もちろん生徒会と殻田の横柄な態度に怒り心頭なのは有真である。

 取り巻きに今にも殴りかかっていきそうなところを、なんとか遠見に抑えられている。

 一方で取り巻きもそれに対して大分感情的になりつつある。

 殻田がいないことで歯止めが効かなくなっているのかもしれない。

「下手に出ていればつけあがりやがって、いいかげんにしろよ!」

 一人がキレて、一番近くにいる俺に掴みかかってくる。

 まあしょせんは一般生徒。

 動きも遅いしキレもない。

 俺はそのまま伸びてきた腕を掴み返し、軽くねじ上げる。

「痛っ……、き、貴様こんなことをしてただではすまんぞ……!」

「おっとっと、それはマズイな」

 そんな軽口を返しながら、俺はそいつを突き放す。

 尻餅をつく取り巻き。他の連中がすぐさまこちらに睨みをきかせてくるが、迫力不足は否めない。

 とはいえ、ここで事をこれ以上大きくする理由も見いだせなかったので、俺はその取り巻きどもにこう言葉を続けた。

「わかった、生徒会にはまた今度、あらためて抗議をさせてもらうとしよう。その時までせいぜい首を洗って待っているんだな」

 そんないかにもな捨て台詞を残し、脇の私物だけ回収してその場を立ち去ろうとする。

 もちろん、俺の方がだ。

 正直なところ、ここで下っ端相手に言い争っても無駄だ。

 遠見やミラといったこちらの手駒を曝け出してしまう前に、さっさと次の対策に切り替えた方がいい。

「ほら、行くぞ」

 未練がましく部室を見続ける有真の手を引いて、俺たちはその部室棟を後にした。




 そして漂流の身となった我らが第三新聞部は、部室棟からは正反対の位置にある学食の隅の丸テーブルに流れ着いていた。

 学食は放課後ということもあって人気はなく、今日も自分達以外に生徒の姿はほとんどないのだが、夕方の六時には店じまいしてしまうため、部室に比べて不便なのは致し方ない。

「まったく、差し押さえってどういうことなのよ! なんとかノートだけは持ち出していたから良かったものの。まったく、あんたもあそこで折れちゃ駄目でしょ!」

 もちろん有真はなにひとつ納得がいっていないようにわめいている。

 まあこいつにとっては【学園の怪】どもの殻田との戦いなどハッキリ言ってしまえばどうでもいいことであるし、俺が来るよりもはるか前からあの部室で第三新聞部として活動してきたのだ。

 俺たちとはあの部室に対しての思い入れがまったく違うだろう。

「でも部長さん、下手にあそこで喧嘩をしたらもっと立場が悪くなりますし……」

 興奮する有真をなんとかして遠見がなだめようとしているが、正直に言ってほとんど効果がない。

 議論の論点が合っていないし押しも弱い。

 そもそも、こいつのこの弱腰で人を説得など不可能なのではないかとさえ思う。

「まあ、過ぎたことをぐだぐだ言っても仕方あるまい。それより今は、どうやってあの殻田を潰し、部室を取り戻すかを考えた方がいいだろうね」

 一方で、こういうときにミラの冷静さと棘のある言葉遣いは頼もしい。

 言い争う気も失せるというものだ。

「ミラさん。どうしてあなたがここにいるんですか?」

 だがそんなミラの仕切りに対してもやはり不満の声が上がる。

 声の主はそのミラと死闘を演じたばかりの初瀬川である。

 初瀬川にとっては、その内容より彼女の言葉、いや、存在そのものが引っかかるのだろう。

 やはりこの二人はまだしこりが残っているらしい。

 そういえばあの後結局どうなったのだろうか。

 二人ともこうしてここにいるということはなんらかの形で平穏に終わったのだろうが、色々と怖くて聞けそうもない。

「いやいや待って、それはこっちの台詞だってば。というか、あなた、誰?」

 さらに質問疑問は連鎖して、一周回ってついに有真に戻ってきた。

 考えてみれば初瀬川と有真はこれが初対面だ。

「そうだ、そういえばなんでお前ここにいるんだ?」

 そもそも、第三新聞部の部室でこいつが言い争いをしていた時点で謎である。

「なんでって、私は七白くんの行くところなら、どこにでもついていくことにしましたから。だって、そう決めましたから」

 ニッコリと微笑む初瀬川の顔に、俺の頭が痛くなる。

 そして初瀬川はあらためて他の第三部員達のほうを向き、自己紹介を始めた。

「ああ、そうだ、自己紹介をしないといけませんね。私は初瀬川葉菜子。ナーコ、って呼んでください。七白くんのクラスメイトで、隣の席で、お世話係です。今日も、身も心も七白くんのお手伝いをしようと思って来たんですけど……」

「さらっととんでもないこと言ったな、お前……」

 そんな初瀬川の言葉に、他の面々はそれぞれ引きつった表情を浮かべて俺を見る。

 視線が痛い。

 そしてもちろん、俺の表情も引きつっている。

「……まあ、それはいいわ。それで、あなたの能力はなんなの?」

 呆れたまま、有真はさらにそんな質問を続けた。

 ん?

 いや待て。

 なにかがおかしい。

 なにかその質問には、とんでもない違和感が混ざっていないか。

「能力?」

 その違和感に耐え切れず、初瀬川が口を開くよりも早く、俺はそう漏らしてしまった。

 なぜ有真から、能力という言葉が出るのだ。

 いや、単に俺の早とちりで、有真はパソコンとか写真とか文章とか、そういう新聞作成のスキルのことを能力と言っているのかもしれない。

 だがそんな現実逃避は、次の言葉であえなく打ち砕かれた。

「そう、能力よ。どうせあんた達みたいに、この初瀬川さんもとんでもないことが出来たりするんでしょ?」

 なにごとでもないように、有真はそう言った。

 とんでもないこと。確かにそう言ったのだ。

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