七不思議の恐怖を第三新聞部部長はどう見たか
「おい、いったい何を言ってるんだよ、とんでもないことって」
言いながらちらりと遠見とミラの顔色を伺う。
こちらからすれば、有真の発言のほうがよっぽどとんでもないことだ。
二人とも冷静にいるようにつとめていたが、やはり動揺を隠しきれてはいない。
特に遠見、この場面で笑顔は不自然だし、その笑顔も引きつってるから。
「とんでもないことはとんでもないことよ。光の矢を飛ばしたりとか、手を真っ黒にしてそれを払いのけたりとか、そんなこと」
こちらからすれば発言内容の全てが言い逃れの出来ない決定打なのだが、有真の言葉には、相変わらず緊張感も何もない。
それこそ、新聞作成のスキルについて聞くかのように、その『とんでもないこと』を口にしているのだ。
「なぜ、それを?」
もちろん、ミラが黙ったままそれを聞いているはずもない。
しかしその氷の棘のような質問にも、有真の態度は揺るがない。
「なぜって、そりゃこの目で見たからよ。二人ともトイレに行ってから一向に戻ってこないし、そうこうしてるとあいつらが来て、差し押さえとか言って部室を追い出されるし……、で、探し回ってようやく見つけたら、なんか派手なことしてるから、いったい何事かと思ったわよ。おかげで近づくことも出来ないわ、終わったと思ったらなんかわけのわからない話は始まるわで、出るに出られなかったじゃない」
「はあ……」
そこまで言われては、俺の口から出るのはそんな相槌だけだ。
ミラが俺を睨んでいるが、そもそも、穏便に済ませようとしたところを勝手に話をややこしくした奴が一番悪いのではないだろうか。
「まあ、そんなわけだから、初瀬川さん。あなたも能力を明かしたりしなかったりして、キリキリ第三新聞部に入部しちゃいなさいよ」
結局そこか。
なんという勧誘根性。
「もちろん、そのつもりです! あなたには七白くんは渡しませんから!」
「なにを言ってるんだ、お前は……」
「別に、あたしは七白記者の所有者じゃないわよ。ま、確かにあたしが部長で、こいつはこの部の下っ端だけど」
その言葉とは裏腹に、有真は有真でその宣言を全面的に受け止めて挑発し、二人の間に火花が見える。いや、おかしいだろ色々。
「なあ初瀬川、お前、事情はいいのかよ」
一応そう牽制してみる。
もうなんとなく初瀬川の事情の正体はわかっているが。
「もういいの、七白君にも怪ってバレちゃったし……。じゃあいっそ、七白君と一緒の部活にいるほうがいいかなって」
「開き直ってやがる……」
やはり【怪】である事が部活に参加できない事情だったみたいだが、ここまで開き直られても色々困る。
あの時の、初瀬川の世界を繋ぎとめようとした俺の気持ちはどうなるんだ。
「最初に言っておくけど、生半可な気持ちで入部して、後で泣きを見ても知らないわよ。入部するなら、第三新聞部に骨をうずめる気持ちを持ってもらいたいわね!」
こいつはこいつで、入部させたいのかさせたくないのかどっちなんだか。
そんな風に、入部したい人間と本当は入部させたい人間がなぜか言い争っているのだから、話がまともに進むわけがない。
いや、話の焦点は実はある意味でとても明確なのだが、俺としてはあえてそこは無視をしておく。
とりあえずミラは論外として、遠見に助けを求めようとしたが、焦点の合わない目でぶつぶつとなにかつぶやいているばかりで、静かになにかが擦り切れていっているようだ。
おかげで食堂のテーブルは、修羅場の様相を呈してきた。
「……いや、そんなことより、今はもっと話し合うべきことがあるだろ」
仕方がないから俺が仕切る。
本当はこれは俺のキャラじゃないんだがな。
「そうよ、それで、あなたたちはいったい何者なの? まずはそこについて詳しく説明してよね!」
あらためて、有真が俺たちにそう問う。
おそらく言い逃れは出来まい。
「フム、もうこうなってしまった以上、部長殿にも全てを話してしまうべきだろうな……」
そうして、ミラは一つ咳払いをした。
遠見も、初瀬川も、諦めたようにうなずいてみせる。
俺も、もう止めることはない。
「私たちは【学園の怪】。学校の七不思議が具現化した存在だ。お察しの通り、そこの初瀬川や遠見もね」
どうやら色々と腹をくくったらしく、ミラはいつぞやの俺に対する説明と同じようなことを、今度は有真に対して語る。
七不思議のこと、願いのこと、戦いのこと。
「じゃああの殻田も、そんな七不思議の一人ってわけ?」
全てを聞いた後、有真がまず口にしたのはそのことについてだった。
「ああ、そういうことになる。奴が動いたのはおそらく彼の書いた記事だろう。随分と挑発的だったからな、アレは。この二人も、あの記事に反応した結果ここに来たようなものだしな」
そう言ってミラは俺の方に視線を向けたが、そもそもあの記事を書いたのはお前だろう。文責として名前が出たのが俺なだけで。
「第三新聞を利用した形になったのは、正直、申し訳ないと思っている。すまなかった」
とはいえ、ミラに任せていては絶対に謝罪の言葉など出てきそうもないので、俺はそう言って頭を下げた。
理由はどうあれ、結果として有真は第三新聞部の部室を失い、七不思議どもの戦いに巻き込まれることになったのだ。
だが有真はそんな俺の謝罪さえも、なんでもないことであるかのように軽く笑い飛ばしてしまった。
「まあそこは別に謝ってもらうことじゃないわよ。実際、あんたに第三新聞部の部員としてあの記事を書くように言ったのはあたし自身の判断だし、そのおかげで他にも面白い部員も増えたわけだしね。利用してるのはお互い様よ」
そう言って、有真は今日加わった二人の新入部員、遠見と初瀬川に視線を向けた。
二人共、そんな有真の態度に不思議そうな顔をしている。
というか、初瀬川も入部ってことでいいんだな。
「もう、なにしけた顔してるのよ。そんなことじゃ、この第三新聞部を背負っていく人材にはなれないわよ!」
「……部長さんは、僕たちが怖くないんですか……、僕たち、学校の怪談そのものなんですよ?」
恐る恐る、遠見がずっと抱えていたであろう疑問を口にした。
あんな場面を見られ、自分達が人間でないことを暴露してしまったのだ。
もう、まともに見てもらえるはずがない。
そんな不安な想いが表情からもありありと見て取れる。
だが遠見の言葉に対しても、この第三新聞部部長の態度が変わることはなかった。
「なに? もしかして怖がってほしいの?」
有真はそんな能天気な言葉を口にして、怯える遠見に対してにっこりと微笑んでみせたのだ。
そしてその笑顔の中にあって、瞳は揺らぐことなく好奇心で輝き続けている。
それは有真知実という人物の芯が、遠見の言葉にもなんら迷いを持っていないということのなによりの証明だ。
ただ、有真のその言葉は、必ずしも怪を納得させるというものではないらしい。
「まあ、私としては多少はそう思わなくもない。怪は恐れられてこそだからな。あまりに恐怖を失うと沽券に関わる」
横で聞いていたミラは、ただ静かにそう答えた。
遠見も初瀬川も、ミラのその意見には戸惑いを隠せないようだが、それでも反論もしないところを見ると、どこかしらにそういう意識もあるのだろう。
だがそれでも、そんなミラの根源的な答えを聞いても、有真の意識にブレはない。
「じゃあそういう怖い存在なら怖い存在でいいじゃないの。それならあたしはそれを記事にするだけよ。徹底的に、恐怖を増幅させてね。そしてその第三新聞を持って、『やっぱりあたしは間違っていなかった!』と、全人類に宣言してやるまでよ」
言いながら少女は力強く笑った。
そこにいる有真知実は、それまでの有真知実となんら変わっていない。
その態度も、俺たちを見る目も。
「お前は強いんだな、有真」
だから俺からは自然と、そんなつぶやきが漏れ出てくる。
「別に、強くも弱くもないわよ。でも、せっかくの第三新聞部なんだし、そういう『恐怖の象徴』みたいな部員がいた方が面白いじゃない。残念なことに、あたし自身には何もないしね。なら、部員を信じるのが部長の勤めでしょう。ミラさんが来て、遠見君が加入して、さらにもう一人、初瀬川さんもやってきたわけでしょ。これを楽しまずに、なにを楽しめというのよ」
俺のそんな言葉にも、有真は有真のままで笑う。
しかしもう一人は、それでも、有真に向けて棘を突き出した。
「だが、殻田はどうするのだ。これからの奴との戦いは、おそらくただではすまないものになるぞ。一時の気の迷いのような好奇心で首を突っ込むのはやめた方がいい」
ミラの静かな言葉は、まるで有真を脅しているかのように冷たく鋭い。
まさに頭から痛々しいほど冷やした氷水をぶっ掛けるようなものだ。
しかし、それも仕方の無い事だろう。
これ以上深入りをすれば、有真が七不思議の戦いに巻き込まれる事は避けられなくなる。
そうなる前に手を引かせるには、ここが最後のチャンスなのだ。
だがそんな氷の言葉でさえも、今の有真を止めることは出来なかった。
「ただの好奇心なんかじゃないわ。あたしも、当事者よ」
ハッキリと、なんの迷いもなく、有真はそう言い切った。
その言葉を口にしたとき、有真の顔から笑顔が消え、それまで見たこともなかった真剣な表情が浮かぶ。
「あたしは、第三新聞部の部室を取り戻したい。こうして集まってくれたあなた達のためにも、第三新聞部を存続させたい。それが、あたしの願い。たとえあなた達が止めても、あたしはあたしの願いを達成するために殻田と戦う、それだけよ」
そこにはあったのは、ミラでさえ一瞬言葉を失うような、強い決意。
「ほ、本気で、言ってるんですか。命の危険に晒されることになるかもしれないんですよ」
有真のその決意に耐え切れなくなったのか、遠見は震えたような声ながらも、なんとかその意志を諭そうとする。
しかし、有真にもはや迷いはなく、逆にそんな遠見を見て静かな笑みを浮かべた。
「ま、もしそうなったら、あなたが守ってよね、遠見君」
明らかに冗談とわかる言葉だ。
有真は守ってもらおうなんてまったく考えていまい。
ここにいるどの学園の怪よりも、力強く、そして、ある意味で恐ろしい。
有真知実は、そういう存在だった。
「危険だ危険だというのはいいわ。わかるし。それで、むしろあたしの方から聞きたいんだけど、あなたたちは殻田にどう対抗するつもりだったの? というか、まず殻田の能力はわかっているのかしら?」
自分への心配さえも次の話題へのフリにすり替えて、有真はさらに話を進めていく。
やはりこいつは生粋の仕切り屋のようで、いつの間にか殻田への対策会議を仕切りはじめている。
「まだなんともいえない、というのが正直なところかな。どうやら【動く人体模型】の怪らしいがね」
「なるほど……、そのあたりはもう少し探ってみる必要があるかもね。それで、殻田の人体模型以外には怪は判明していないの? というか、そういえばまずはあなた達自身についても詳しい話も聞きたいわね」
ミラの意見を聞き、有真はひとまずもっともらしくうなずいてみせるが、情報が膨らまないと見るとすぐに次の話へと移っていく。
このあたりの切り替えはいかにも有真らしい。
「今のところわかっているのは、殻田の【動く人体模型】、私が【鏡に映る少女】で、すでに倒された【開かずの教室】の室居がいて、初瀬川は【トイレの花子さん】だ。そういえば、遠見、君はなんの怪なんだ?」
ミラの視線が有真から遠見に向き、それに続くように他の面々も遠見を見る。
思いがけず注目を集めたことで遠見は少し困惑をしていたが、それでも黙っているわけにもいくまい。
「……僕は、【魔の十三階段】の怪です」
「あー、なるほど、だから空が嫌いだったわけね」
遠見の正体を聞いたあと、誰よりも早く有真がそうつぶやいた。
「どういうことだい?」
ミラの疑問も当然だろう。
これだけ聞けば自体を知らない人間には脈絡もなにもない発言だ。
しかしその言葉は、遠見にとっては実に重いものだったのである。
「質問自体はそこの七白記者がしたものよ。青空と夕焼けどちらが好きかって。で、それに対しての遠見君の答えが、『空は嫌い』だったわけ。まあ、十三階段なんてのは屋上、つまり空の見える場所にたどり着けないのが怪談の趣旨なんだから、すぐ近くにありながら絶対に見ることの出来ないものを好きかと言われても困るって話よ、ねえ」
いかにも嫌味たらしい口調で、有真の思念が俺に刺さる。
「知らなかったんだ。仕方ないだろう」
俺としてはそう返すしかないが、もちろん有真が納得いくはずもない。
というか、なんで有真に責められているのだろうか。
「じゃあ、今からでも遠見君に謝りなさい」
「いやそんな、たいしたことでもないですし、七白さんにも悪気があったわけじゃないでしょうし、謝ってもらうなんて……」
おかしなもので、遠見がそう有真をなだめる立場になっているが、有真の気はまだ収まりそうもない。
ので、もう俺のほうが折れるしかない。
「遠見、えーと、その、すまなかった」
「あ、いや、いいですよそんな……」
正直、なんと謝っていいかさえよくわからなかったし、謝られる遠見のほうも反応に困っているのがありありとわかる態度だ。
だが、肝心の仲介者は微妙に納得がいっていないようである。
「どうにも謝罪に誠意が足りないような気もするけど、まあいいわ。それで、七白記者、あなたはなんの怪なのかしら?」
不意に紡がれたその質問は、俺がこれまで半ば意図的に考えてこなかったことを抉って来るものだった。
「怪?……俺が?」
だからこそ、その質問に対する俺の第一声はそんな間の抜けた声になってしまった。
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