七不思議では多すぎる
シャル青井
誰が七不思議を殺したか
……目を覚ます。
眠っていたのだ。
死んでいたのだ。
誰が?
俺が。
まず小さな拍手と共に、聞き覚えのある声が耳に届く。
「おはよう。どうだい、勝利の後の目覚めはいい気分だろう?」
続いて視界が戻って飛び込んできたのは、こちらを見下ろす小さな少女の姿だった。
背丈は小学生高学年程度で、高等学校であるこの学園の制服にはいかにも不釣り合いである。
だが意識の焦点が合い、少女の顔を明確に捉えると、その違和感は反転した。
そこからは明らかに人生の蓄積からくる嫌らしさが滲み出ており、白に近い銀色の髪も、その表情の余裕の色も、こいつがどんな存在であるかを物語っているかのようである。
いくら顔がキレイでも全部台無しだ。
俺はその声を既知のものと思ったはずだったのだが、どれだけ記憶の砂漠を辿っても、こいつの姿には見覚えがなかった。
こんな輩、一度見たら見忘れるはずがない。
だから、俺がこいつを知らないのは間違いないだろう。
いや、正確には、こいつに限らず俺にはほとんどなにも記憶が残っていなかったのだが。
「ここは……どこだ?」
重い首を動かして周囲を見渡す。
そこにあったのは、薄暗い教室の中、机と椅子がまるで嵐の後のように散乱している光景だ。
そして俺自身は、そんな机の一つにもたれかかって倒れているらしい。
少しずつ記憶が戻ってくる。
これまでの俺の人生のあらすじは、
『ここでスーツを着た化け物のような男と戦い、死んだ』
それだけだ。
それより前はない。
だがしかし、それにしては少し様子がおかしい。
「まさか一撃とはね。最初の戦いとは思えないほど上出来じゃないか。しかも腹にそんなものを抱えていながらだ。たいしたものだよ」
俺の感情を見透かすように、その小さな女がそう笑った。
戦い? 上出来?
ああ、おかしいのはそこか。
ここには俺とこの女しかいないのだ。
スーツを着た化け物のような男などどこにもいない。
俺が勝者で、そのスーツを着た化け物が敗者だ。
そいつは死んだ。
名前は確か……むろい、きい。そう、室居揮依(むろいきい)だったか。
少しずつ、記憶が固まっていく感覚がある。
そうなれば、次に気になるのは、その後の言葉だろう。
「腹?」
言葉の意味を確かめるように俺は視線を下に向ける。
腹。
その腹から生えたような一本の棒。
折れた箒だ。
これが俺の死因ということだろう。
ああ、なるほど腹が痛いわけだな。
痛い?
いや、その痛みはあくまで錯覚にしかすぎない。
いうならば、不意に昔の傷の痛みを思い出してしまったような、あの感覚だ。
だがこれが刺さったことを思い出そうとすると、出てくるのは『刺した記憶』の方だ。
記憶が始まった時点で、俺の腹にはもう箒がある。
そこに室居が机を飛ばし、椅子を飛ばし、俺をもう一度殺そうと試みる。
その隙間を縫うように、俺もこの小さな女の支援を受け、室居の真似をして折れた箒を撃ち放つ。
その箒は室居の腹に刺さり、化け物は死に、俺も倒れる。
だが、俺は生きていた。
生き返った。
腹の箒は俺の死を示すはずなのに、そこにはもはや本物の痛みなどない。
これはただ、痛みという単なる記憶だ。センチメンタルといってもいい。
しょせん、死体が感じる痛みでしかないということか。
それがわかった以上、俺はその痛みの原因である箒を、ゆっくりと自分の体から引き抜いていく。
異物が、内蔵をかき分けてゆっくり腹の中を通り抜けていく感覚。
抜ききって、その勢いのまま箒を放り捨てる。
ああ、気持ち悪い。
だが、それだけだ。
注射針のほうがまだ痛い。
「あらためて、復活おめでとう。と言ったほうがいいのかな?」
声の主である制服の女は、室居の死体の跡に残った緑色の球体を拾い上げ笑っていた。
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