迷宮都市ラピュリス編⑥ 〜灰ローブの少女と射手の槍〜


「はははは! やった! やったぞ!」


 俺は今仲間とともに迷宮の出口を目指しながら自分がここ最近溜めていた鬱憤を晴らせたことに喜びを露わにする。


「いやーでもホントにあの結晶に転移が込められてたんだなー」


 斥候の男は最後まであの結晶の効果に半信半疑だったみたいで今回の結果に驚いていた。


「それにしてもあのローブの人物は何者なんだろうか……」


 剣士の男はあの灰ローブの正体を不思議そうに考える。


 だが今はそんなことどうでもいい。

 早く早くにこのを伝えなければ!!


「おい、兄弟! 迷宮の出口が見えてきたぜ」


 魔術師の言う通り俺達の進んでる道の先に迷宮の出口が見えてきた。


「ん? 誰かいるみたいだぜー。人影的に一人っぽいけどなー」


 斥候の言う通り入口の付近に人影が見えた。


「あれは……ローブのやつじゃないか?」


「本当か!?」


 俺は剣士の報告を聞くや否や出口に向かい駆け出していた。


「あ、おい! ダーダラ!!」


 俺が駆け出したことによってほかの3人も俺を追うために否応なしに駆けることになった。


「お疲れ様でした皆様。その表情によると見事為したようですね」


「ああ! アンタのおかげだ!」


「そうですか……これも我らが神の導きのおかげです」


 灰色のローブの人物は俺の返事にそう答えると両手を胸の前に組み祈りを捧げる。


「灰色のローブ……神への祈り……まさかあんたサウスアルカディアの!?」


 魔術師は何かに気づいたのか怯えつつあとずさる。


 サウスアルカディア? どこかで聞いたことがあるような……


「そちらの方は私のことをご存知のようで……ならちょうどいいですね。皆様には次のお仕事を頼みたいのですが……」


「……次の?」


 どうゆうことだ? このローブの人物は親切心であのガラス玉を渡してくれたんじゃないのか?


「おや? 口を滑らせてしまいましたね。まあでも、もう用意はできたので問題ないですね。それではあなた方にを授けます」


 灰色のローブの人物はフードを外す。現れた素顔は可愛らしい少女の顔つきだった。

 その顔を見た瞬間に俺の意識が途切れた。


 ────────────────────


「さてとりあえず、『武器庫』の解放。来な! 波動の聖剣『リア』」


 俺が唱えると右手に柄が収まるように剣が出現する。


「お次は破砕の魔剣『ガランシャル』!!」


 今度は左手に柄が収まる。


「さてと、とりあえずは!!」


 右手に持つ『リア』を横薙ぎに一振りする。その瞬間前方にいる大量の敵の胴体が両断される。


「発動するのが久しぶりだからかあんまり斬れていないな……」


 率直に思った感想を呟きながらも迫り来る魔獣に振るう剣の手を止めない。


「にしても、取り囲まれてるって状況は厄介だな」


 目の前ばかりに振るっていた刃を反転させ振るう。

 リカードに迫っていた魔獣を吹き飛ばす。


 こう考えると今リカードが気絶していてくれて助かる。正直この状況で戦闘に関しては足でまといのリカードにちょろちょろされるとそれだけで切り抜けるのが厄介になる。


「『ガランシャル』全てをぶっ壊せ!!」


 俺がそう叫び左腕に持つ剣を振り下ろす。その瞬間、バキバキバキバキとそんな音を立てながらが割れた。


「テメーら喜べ! 空間に飲まれるっていうそこらじゃできない体験をさせてやるよ!!」


 近くにいる敵は『ガランシャル』で割いた空間に飲み込ませ遠くにいる敵は『リア』でぶった斬るそんなスタイルで敵を屠ること数刻……気づいたら魔獣たちの数が激減していた。


「そこまで大したことないな。この調子ならあと数十分で片付く……」


 ───タリナイ


「……うるせえ」


 頭の中に急激に聞こえてくる声に反論しながらも剣を振る手を止めない。


 ──モット、モットコロシタイ。コンナノタリナイ。イノチガ……イノチガタリナイ


 その声は俺の思考を侵食してくる。その声の正体を俺は知っている。だからこそ俺は否定する。否定しないと俺はこの声に


 ──ナゼアラガウ? オマエノヨッキュウダ。ナゼ? ナゼ? ナゼ? ナゼ?


「決まってるだろ! そんなモンに身を任せたら見える未来は破滅だ! そんなこと誰も望んじゃいねえ! コレを抑えるために命を投げ打ったのためにも俺はこの欲求に飲まれる訳にはいかねぇんだよ!!」


 俺はそう叫ぶと両手に握る剣を手放す。剣は光の粒子となり消えた。


「『武器庫』解放! 来い! 葬送の魔剣『エターナルエディオ』」


 俺の喚び声に応じて目の前に剣が形作られていく。


「悪いが時間もない。巻き込まれたお前らにとっては理不尽だろうが早々にケリをつけさせてもらう」


 目の前に完全に召喚された剣を握る。その剣はまるで十字架をそのまま剣にしたような形だった。ただ十字架と違いその剣は全てを飲み込む闇のような漆黒の色だった。


「送れ『エターナルエディオ』」


 漆黒の十字架を目の前に突き刺し生命力を流す。


 この魔剣は生命力を流すことによってその力を解放する。


 魔剣の力を解放した瞬間、俺が仮定した戦場全てが闇に包まれた。


「『葬送黄泉』」


 そう唱えるとこの真っ暗な世界にいる俺とリカードを除いた全ての生命が途絶えた。


 魔剣への力の供給を止める。すると、真っ暗な世界は途端に消え元の迷宮の一部屋に戻った。だが、さっきとは違いそこにいたはずの魔獣全てが消え去っていた。


「終わったか……カハッ」


 流石に無理をした。


『エターナルエディオ』は生命力を吸うことによって本領を発揮する剣だ。だから大技を使おうとするとそれ相応の生命力を吸われる。


「けど、まあモンスターハウスを壊滅させたんだ。十分だろ」


 辺りを見回す。危険さえなければこの忌々しい『祝福』を解除しようと思ったが……やはり裏でこの罠を仕掛けた人物はまだ物足りないらしい。


 さっきまでこの部屋にはなかった魔法陣が不意に現れる。


「召喚……いや、この部屋付近での人の気配は俺とリカード以外ない。てことは転送っていったところか?」


 その魔法陣から現れたのは4人の人間だった。


 ────────────────────

 私がケイロンを走らせてからそこそこ時間が経った。だが、私たちが中級者用の迷宮を出ることができていなかった。


「くっ急がなきゃいけないのに!! 邪魔!!」


 私が手に持つ『星剣』で迷宮に沸く魔獣を蹴散らす。こう思うと迷宮採集者コレクターのリカード君の重要性がわかる。


 今、ラピスの『祝福』によるナビがあるとはいえ潜ってた時のような効率的な進みとは全然違う。

 だから、レオは他人を招き入れる危険性を理解しつつも迷宮採集者コレクターを探したのかと今なら理解できた。


「ステラ、次を左で出口が見える」


「わかったわ!」


 ラピスの指示を受けてケイロンに左に曲がるよう指示を出す。

 角を曲がるとラピスの言う通り出口が見えた。


「出口が見えた! ラピス出たら次は?」


「外に出たら別の迷宮に入る。場所は『始源の迷宮』の片方。『太陽の迷宮』」


 突撃槍ランスを握る力が強くなる。

 レオが『祝福』を使うほどの状況。生半可な力ではダメだ。だけどただどり着くだけでもダメ。


 ……難易度は高いだろうけどやるしかない。


 ケイロンに加速の指示を出し私達は中級者用の迷宮を出る。

 そしてそのスピードを維持したまま『太陽の迷宮』に突入した。


「ラピス! レオの位置は?」


「今、精査してる。ちょっとだけ待ってほしい」


 逸る気持ちを抑えラピスの探索をおとなしく待つ。

 ふと、視線を感じた。この迷宮都市に来てからレオと探索の訓練をしたお陰か間違いなく感じ取ることができる。


 この伺い見るような視線……少なくとも知性のない低位の魔獣のものではない。この迷宮なら機を見て襲ってくる高位の魔獣もいそうだがこれは観察というよりは監視するような眼差し。


「こっちに視線を向けてるアンタ! 私たちに何の用?」


 声をかけるが反応は返ってこない。


「もう一度聞くわ。出てこないようなら悪いけど今度は力づくで出てきてもらうことになるわよ!」


 私の再度の呼びかけにも反応は無かった。突撃槍に込める力を強める。


「あくまで出てくる気はないみたいね……ならしょうがないわ! 問答無用で吹き飛ばす」


 私は突撃槍を視線の方向に向けて構える。そして地を強く踏み締め投擲する。


 星剣 人馬宮・サジタリウス

 突撃槍ランスの星剣。他の星剣と違い、馬のケイロンを召喚することができる。戦闘としての能力が高く。投擲すると狙った目標に必中し、命中した後手元に戻ってくる。他の星剣と比べても破格の能力だが消耗も激しい。



 まだ戦闘の疲れが残ってるわね。サジタリウスの能力は2回ぐらいかな? とりあえず打ち止めになる前にレオのところにたどり着ければいいけど……


 投擲した突撃槍は真っ直ぐ視線を向けてくる対象に命中するはずだった。

 だが突撃槍は命中する前にピタッと空中で止まる。


「サジタリウスが止まった!?」


 止まったサジタリウスはそのまま前に進むことなく手元に戻ってくる。


「まあ、怖いですね。反応を返さなかったからとはいえいきなりそんな強靭な槍を投げつけてくるなんて」


 物陰から出てきたのは灰色のローブで顔をすっぽりと隠した人物だった。


「あなたは何者?」


 静かにだけど臨戦態勢は解かずに問う。


「そうですね……場合によってはあなた方の進路を阻むものですね」


 問いに対しローブの人物はサラッと答える。

 だがその答えは私にとって攻撃を仕掛けさせるには充分なものだった。

 ケイロンを走らせローブの人物にその槍を振るおうとした。


「『止まりなさい』」


 たった一言。それだけで私とケイロンの動きが抑制された。


「うそ? なにこれ……動けない」


 身体を強引に動かそうとするが何かに雁字搦めにされたように動かすことができない。


「すみません。あまりにも咄嗟だったので完全に動きを止めさせていただきました。武力での解決は争いしか生みません。だからお話をしませんか?」


 灰色のローブの人物はフードを外す。

 フードの下の素顔は私とそこまで変わらないくらいの可愛らしい少女だった。


 嫌な感じがする。この少女と言葉を交わすのはマズイ……と本能で悟る。

 だが、この場から離れようにも身体が動かない。それは下のケイロンも同じようだ。


 どうにかして動かなければ……けどどうやって?


 パン!


 そんな音が後ろから響いた。


「『逸れなさい!』」


 そしてローブの少女が慌てて言葉を発した瞬間私達の動きを止めていた呪縛がなくなった。


「ステラ右側の通路」


「わかったわ」


 ラピスの短い指示に従いケイロンを走らせた。


「ッッ『待ち……』」


 パン! パン!


 ローブの少女が言葉を発する前にラピスが小型の銃でローブの人物を撃つ。それによってローブの少女はさっき私達の動きを止めたを使うことができないみたいだ。


 それからケイロンをしばらく走らせたことによってローブの少女がもう見えないぐらいに離れることができた。


「何とか逃げ切れた……」


「ステラ一安心するにはまだ早い。ここはさっきまでいた迷宮とは違う。それにさっきの女が追ってくる可能性もある」


 ラピスの喝で気を抜いていた身体を引きしめた。


「その通りね。しかもレオの身に危険が迫っているし急がなきゃ」


 そう、あのローブの少女を振り切ることができたが私たちの本来の目的はこの迷宮にいるはずのレオとリカード君の捜索だ。こんなところで気を抜いてる暇はない。


「反応的にはだいぶ近づいてる。だから安心していい」


「わかったわ! なら、もうここからはノンストップよ! ラピスしっかり掴まって案内をお願い」


 私はそう宣言してケイロンに指示を出し走らせる。

 いち早くレオを見つけ出すためにも。



 ────────────────────


「あらら、逃げられてしまいました」


 ステラとラピスに逃げられたローブの少女はどうしましょうといった具合で首をかしげる。


「まあ、切り抜けられてしまったのなら仕方ないですね。どちらにせよ、レオナード・アインテイルは自身の『祝福ギフト』を解放させました。それで今回は十分ですしね」


 少女はローブからガラス玉を取り出す。


「さてと、ここでのお勤めもここまでですから帰りましょう。……レオナード・アインテイル、罪人である貴方に裁きが下ることを私は願います。そうでないと“楔”であったお方が報われません」


 少女はそれだけ言うとガラス玉を割った。その瞬間少女はその場から姿を消した。

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