迷宮都市ラピュリス編⑤ ~迷宮と人の罠〜

 ステラは両手に持つ剣を操りオルトロスの気を上手く引いている。

 私はその間にあのオルトロスを確実に倒すための準備を始める。

 腰につけてる次元箱ディメンションボックスの留め具を外し手に持つ。


「オープン」


 箱がひとりでに開く。


「箱の中身の取り出し。3番までの火薬と5番での金属」


 私の要望に箱は反応し火薬と金属を吐き出した。

 そして箱から吐き出された金属と火薬を私は規則的に並べる。その並べた火薬や金属に手をかざし「『祝福』発動」と唱える。


 私が『祝福』を発動したことによって規則的に並べて置いた火薬や金属が合成され弾丸が5発その場に現れた。



 ──『祝福』 錬金術──

 一般的によくあると言われる『祝福』。だがこれは詳しい原理は知らないが、結構制限がある。ちなみに私の場合は銃器関連しか作れない。まあ、私からすると自分で弾丸と銃の調達ができるからそこまでデメリットとは感じない。




 とりあえず精製した弾丸を1発除いて全部制服の胸ポケットにしまう。

 そしてしまわなかった1発を人差し指と中指に挟むように持ち私の愛銃に弾を込める。


 これで準備は完了。あとは……


 私はそう思い目標であるオルトロスを見る。

 オルトロスはなかなかステラに攻撃を当てられないのにイラついてかその動きはすごく荒々しいものだった。

 そしてその荒々しい攻撃をステラは全て両手の剣と自身の体のみで捌ききっていた。


「ステラ、準備できた。合図で離脱!」


「了……解!!!」


 あの巨体の攻撃を捌くのは流石にキツイのか声は切羽詰まっているが返事をしてくれた。


 ここまで時間を稼いでもらって失敗はできない。


「『祝福』発動……『必中半径キリングレンジ』」


 私は『祝福』を発動する。この『祝福』は半径3000m以内の敵を確実に狙撃する強力過ぎるものだ。

 だけど強力な分難点がいくつかある。1つ目、一回の発動につき対象は1つにしか定められないということ。

 2つ目、一回の発動につき相応の体力と精神力を削られる。ちなみに私は三回発動すると歩くことが困難になるくらい疲労する。一度だけ四回目の発動をしたけど発動した後の記憶がない。

 そして3つ目、これがなかなかの曲者でこれを発動すると狙われた対象で勘が鋭いものは自身がターゲットされたことに気づく。だから魔獣みたいな野生的なカンを持つ生物には基本気づかれる。


 そのため今発動したことによってオルトロスも自分が狙われたことに気づいたのかステラへの攻撃の手が緩み辺りの警戒を強くする動きが見てとれた。


(まあでも、弾丸を斬るとか……撃たれても死なないとか……そういう化け物じゃない限りこの『祝福』は相手をとらえる)


 私はその絶対的な自信を持ち引き金に指をかける…………そして引く!


 タアアアアアン!


 私の愛銃から放たれた弾丸は吸い込まれるようにオルトロスの双頭の付け根に着弾した。


「Gruaaaaa!」


 オルトロスは絶叫しながらその場で暴れる。そんなオルトロスの様子を見てステラは離脱する。


 私はステラの離脱を確認すると胸のポケットから弾丸を2つ取り出す。

 ボルトを引き空薬莢を抜き次の弾を装填する。

 そしてまた引き金に指をかけ引く。次の弾はオルトロスの右の頭に着弾……そして炸裂。

 これによりオルトロスの右の頭が見事にぐちゃぐちゃになった。

 そして今度は左の頭を狙い取り出したもう1つの弾を銃に込めて放つ。左の頭も右の頭同様ぐちゃぐちゃになりオルトロスは息をひきとった。


「一応予備として2発作ったけど必要なかったか……」


 胸のポケットにしまっておいた弾丸を取り出し次元箱にしまいつつ立ち上がる。

 そして愛銃を抱えレオとリカードのいるところに戻る。


 ────────────────────


「2人ともお疲れ」


 オルトロスの討伐をした2人に労いの言葉を送る。

 ステラは心底疲れた顔をしていて、ラピスも少し疲労の色が見れた。


「ここのボスもそうだが道中の魔獣も数をこなすごとに強くなっているな」


 俺はチラッとリカードの方を見る。リカード自身やはり自覚があったのかその顔はすごく申し訳なさそうな顔をしている。だが、顔というだけで自分から伝える気は無いようだ。


 ……しょうがない。


「リカード話がある」


「え? はい、何でしょうか?」


「リカード、俺らに何か隠していることはないか?」


 リカードは大きく目を見開き驚きを見せる。


「あ……え、その……」


「下手に隠したり騙そうとしないでくれ。俺は嘘を看破する『祝福』を持っている」


『祝福』はブラフだ。だけど今のリカードのように隠し事をしている奴にはとことんよく効くブラフだ。


「まあ、どちらにせよ俺たちの都合上この都市をもう出なきゃいけない。だからリカード、お前との契約はここまでだ」


「……え?」


「悪いな。お前のことを振り回して……けど俺らにも事情がある。だから……すまない」


 リカードの目がステラやラピスに向く。

 ステラはうつむき、ラピスはリカードの目を真っ直ぐ見据え首を振る。


「…………やです」


 空気が変わる。これはなかなか嫌な感じだ。


「……嫌です」


 リカードは叫び声をあげる。その叫び声に応じて迷宮内の空気がどんどん悪くなっていく。


「ステラ、ラピス戦闘準備!」


 俺の声に応じてステラは剣をラピスはまだ分解していなかった銃を構える。


「何でですかレオさん! 僕がレオさんたちに迷惑をかけましたか? まさかレオさんたちも他の人たち同様僕が迷宮に愛されてるからとか言うんですか? そんなのはあんまりだ! 僕だってこの『祝福』欲しくて得たわけじゃないんだ!」


 それはまるで子供の癇癪だ。いや、正しく子供の癇癪なんだろう。リカードはまだまだ子供だ。なのにこんな迷宮都市という過酷な環境の中一人で生きてきた。

 しかも他者からすると悪夢ともいえる『祝福』をその身に宿して……


「悪いステラ、ラピス。迷惑をかける」


 二人にそれだけ告げると俺は自身の『祝福』を発動させる準備を始める。


(戦場の仮定……)


 戦場はこのボス部屋。


 ──妙な気配を感じる。


「リカード! 後ろだ!」


 俺の傭兵としての勘を頼りにリカードに忠告をするがそんな忠告を聞けるほど今のリカードは冷静じゃない。


(仮定の破棄!)


 俺はボス部屋の入り口からした気配からリカードを庇うために駆け寄る。

 だが、リカードはそれを攻撃と勘違いしたのだろう腰から何かを取り出した。


 あれは閃光の魔結晶!? マズイ……


 俺がそう思った時には既に遅くリカードは閃光の魔結晶を地面に叩きつけた。


 魔結晶は割ることによってその中の効力が発動される。ちなみに閃光の魔結晶は名前の通り割った瞬間に大量の光を放出する。


 完全に視覚を潰された俺は気配のみを頼りにリカードに近づく。そして……パキンと何かが割れる音がして俺はリカードと共にどこかに飛ばされた。


 ────────────────────


「レオ! リカードくん!」


 魔結晶の光が明かりが収まり辺りを見回すとレオとリカードがいなくなっていた。先に視力が回復したらしいステラは二人の名前を呼ぶが二人からの返事は返ってくることはなかった。


 今この部屋は先ほどまでの嫌な空気はなく元の状態に戻っていた。

 もう一度辺りを見回すとさっきまでリカードがいた位置に魔結晶とは別に何か割られたものがあった。


(なるほど……原因は。多分転移か何かが込められてた)


 その推測に至ると即座に私は『祝福』を発動させる。

 発動させた『祝福』は『距離なき視界スコープ』、対象を視認し続ける『祝福』だ。


(レオナードは……見つからない。ということは半径30キロ以内にはいない。そうなるとなら)


 もう1つの『祝福』を発動させる。


 ──『追跡点マーカー』 私が持つ探索用の『祝福』。

 これは自分の所有物の1つに追跡の能力を付与する。ちなみに私はこれを指輪に付与している。

 付与された所有物はその物の働きをした時点で能力が発動する。指輪の場合だと指にはめた時点で発動される。

 解除は私の任意で行える。

 一回使うとその道具に能力を再付与しなければならない、同時に2つのものに付与することができないなどの欠点がある。──


 この『祝福』によってレオナードの位置を追跡する。


「ステラ! レオを見つけた」


「!? どこに? ラピス」


「少なくともこの迷宮内にはいない。この位置だと……!?」


 私は急にこちらに流れてきた微弱な殺気に思わず発動中の『祝福』を解除する。


「どうしたのラピス?」


 ステラは私のとっさの驚きに首を傾げる。


「今、レオの殺気が微弱だけど流れてきた」


 私がそれを伝えるとステラの顔はさっきよりもさらに険しい顔になる。


「ラピス、もしかしたらレオたちがマズイ状態かもしれない。だからレオの殺気を当てられるけど『祝福』の発動を継続させてほしいわ」


 レオナードの殺気を耐えなきゃいけない?


 私の脳裏にグラム共和国での監視依頼をしていた時に当てられたレオナードの殺気を思い出す。


 あの殺気は純粋な殺意だけではなく、憎悪や憤怒など色々な負の感情が入り混じったものだ。

 だがそんな殺気を放つレオナード本人は負の感情に飲まれることなく自我を保っている。

 私にとってこれは末恐ろしい。

 あの男がもし感情に飲まれたとしたらどうなるのかそう考えるだけで私は震えてしまう。


「ラピス大丈夫?」


 返事がなかったことに疑問を持ったステラが私に声をかける。


「大丈夫、少し怖いけど問題ない。私は視るだけでいい?」


「ええ、ラピスは視てて! 脚は私が用意するから」


 ステラはそう言うと手を頭上に掲げた。


「“我はこの大空に輝く星の英雄と契約した者。星は我と在り、我は星と在る”」


 ステラが詠唱を始めると彼女の金色の髪は紅く染まってゆく。その色は宝石のような輝きでありそして血のように深い色だった。


「“今日我が示す力は射手。必中の射手の力”」


 ステラの掲げる手の先から魔法陣が組み上げられていく。


「“必中なる射手よ我にその力を貸し母なる大地に蔓延る悪意を蹂躙せよ!!”」


 ステラの詠唱の終わりとともにその頭上に描かれた魔法陣が輝く。

 そして組み上げられた魔法陣からゆっくりと一振りの突撃槍ランスが現れ、ステラはそれを勢いよく引き抜く。


「とりあえず急ぐわ! お願い来て! ケイロン」


 ステラに呼び掛けに応じて彼女の目の前に魔法陣が展開される。そしてその魔法陣から一頭の立派な馬が出現する。


 ステラはその馬の背に慣れた動作で乗るとこちらに手を差し伸べる。


「ほら、ラピスも乗って! 早くあのを連れ戻しに行くわ!」


 ? 誰のことだろうか……でも、ステラが連れ戻すって言うことはレオナードのことなのだろうか?


 とか、私がごちゃごちゃ考えているうちにステラに手を掴まれ強引に馬上に引き上げられ座らされる。


「ラピス何をごちゃごちゃ考えてるか知らないけどお願いあなたの『祝福』がないとレオを追うことができない! だから我慢して」


 ステラは言うだけ言うと馬を走らせた。


 ────────────────────


「さて、ここはどこだ?」


 俺はリカードと共にどこかに飛ばされたってことはわかるんだが正直さっきいた場所とあまり代わり映えがしないからか少し混乱している。


 情報整理のために辺りを見回す。

 さっきまで一緒にいたステラとラピスがいないことから俺とリカードがどこかに転移されたというのは確定した。

 そしてリカードは転移によるショックで気絶していた。


 とりあえずリカードを起こそうと思い歩き出した時気付いた。


「なるほどな。なかなかたちの悪いところに転移させられたもんだ」


 部屋の中で移動を始めようとした時にこの部屋の機能が作動するようで俺とリカードを取り囲むように複数の気配が出現した。


「モンスターハウス」


 これは名前でだいたい察せると思うが迷宮の数ある罠の中で最上級にタチの悪いものだ。

 何もない部屋が突然魔獣の巣窟になる。しかも取り囲まれるように魔獣が出現するため脱出するなら消費を度外視の一点突破、もしくは持久戦による魔獣の全滅だが一点突破の場合はその後が保たず、持久戦は出現する魔獣の数的に無理。

 そのためモンスターハウスに引っかかり転移などの備えがなければほぼ10割の確率で命を落とすものという認識である。


「正直リカードと話をつけるまでは黙っていて欲しいけど魔獣にそれを求めるのは酷だよな」


 俺はそう結論付けるとため息を1つ吐き今日何度も発動させようとするたびに邪魔をされ続けた自身の『祝福』を発動させようと自身の体の内側に意識を向ける。


(戦場の仮定……)


 今回の戦場はどこかわからないがおおよそ迷宮内の部屋の1つ。


(敵の仮定……)


 今回の敵は今にも俺たちに襲い掛かろうとする魔獣共。


 ──戦場、敵の仮定を確認……承認。『祝福』の限定解放を──


(いや、今回はそれじゃ足りない。楔を1個外す)


 ──楔の1つ解放の申請を確認……条件付きで承認──


(構わない。条件は?)


 ──5年間の『祝福』の封印措置、保持者マスターが関わった人物のうち1人から保持者マスターとの記憶の抹消、保持者マスターの直近3年間の記憶の抹消の内の1つです──


(関わった人物からの存在抹消だ)


 俺は悩むことなく即断する。


 ──リーディウス・エルッカ氏から保持者 マスターの記憶を抹消しますがよろしいですか?──


(構わない)


 ──条件クリアの確認楔の解放の申請を承認。『祝福』の解放を許可──


 俺はいつもよりほんの少しだけ長い発動の過程を終える。


「『祝福』発動」


 その言葉と共に俺の『祝福』は発動され周囲に殺気を乗せた『威圧』が展開される。


「さあ覚悟しろ魔獣共。お前らの命はここまでだ」

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