迷宮都市ラピュリス編④ 〜迷宮の恋人〜
「な、なあ。アンタ。そろそろ戻らないか? ここから先は中級者用の迷宮の深部になるんだけど……」
そんな怯えた声が後ろから聞こえる。
「いや、アンタが強いのはよくわかったよ。アンタみたいなのがいるからアンタたちがあんなにも早くこの迷宮を回れることも理解した。けどさ、俺も命が惜しい。ここから先、戦闘要員がアンタだけってのは流石に無理がある。だから引き返そう」
後ろの声の主が言う通り、今俺はステラ、ラピスそしてリカードも置いてというか……あの3人には黙って別の
俺は随分前にこの迷宮都市に訪れてその時も迷宮に潜ったから感じだが今日ステラ達と潜った時に妙な違和感を感じた。俺はその違和感の確認のためにこうして3人には黙って迷宮に潜っていた。
「なあ、アンタ聞いてんのか!?」
俺が雇った迷宮採集者はほぼ半狂乱になりながら俺がこれ以上先に進むのを止めようとするが止まる気は毛頭なかった。
そして多分男の叫び声に反応してズシンと足音を鳴らしながら曲がり角から魔物が出てきた。
「ひッ…ホーンカウ!?」
迷宮採集者のいう通り曲がり角からホーンカウ──牛が二足歩行になり引き締まった胴体を持つ──と呼ばれる魔物が現れた。
「ホーンカウか……ちょうどいいな」
ホーンカウは弱者を優先的に狙う程度の知性は持っている魔物だ。
俺は未だ戦闘態勢をとることなく突っ立ったままだ。ホーンカウはそれで俺が手を出さないと思ってか一気にこっちまでの距離を詰めてきた。そしてまずは前衛の位置に立つ俺へその手に持った斧を振り下ろす。
俺はそれを難なく避ける。が、避けたことによって俺と迷宮採集者でホーンカウを挟む形になってしまった。
そしてホーンカウが次にとる行動は必然弱者を狙う。
「Gaaaaaa」
そんな雄叫びをあげながらその手に持つ斧を迷宮採集者に向けて振るう……前にその腕が落ちた。
「Gyaaaaaaaaaaaaa!!」
ホーンカウは絶叫を上げ斬られた自分の腕を抑える。
「うるせえ」
俺が一閃、腕を振ると一瞬の間を置きホーンカウの首が地面に落ちた。
「やっぱりあの違和感は正しかったか……」
今のホーンカウの動き正常そのものだった。習性通りやつは俺と迷宮採集者を分断した時真っ先に弱者である迷宮採集者を狙った。
「とりあえずこの違和感が悪い方に働かなければいいんだがな……」
俺は腰を抜かしてしまった迷宮採集者の襟首を掴んで強引に立たせて迷宮都市へ引き返すことにした。
────────────────────
「で、レオ弁解は?」
俺が宿に戻り部屋に入ると仁王立ちしたステラが立っていた。
「なんでバレたんだ?」
俺が宿を出た時間は夜遅く。少なくとも隣の部屋にいるはずのステラとラピスは寝ているはずの時間だった。この迷宮都市での同行者であるリカードは別のところで宿をとっているらしいから少なくとも俺が宿を出たことを知るはずがなかった。
そう考えるとなんで今ステラが俺の部屋の中にいるのが謎でしょうがない。
「悔しいけど最初に気づいたのはラピスよ。『
「……なるほど」
つまりは俺に自由行動とる権利はないのか、というか『監視者』のやつなかなか厄介な同行者をつけてきたもんだ。
まあバレたもんは仕方ないしステラたちに説明ぐらいはするか……
「わかった。ちゃんと説明するから隣の部屋にいるラピスを呼んでくれ。この情報は全員で共有した方がいい」
「わかったけど……その間に逃げたりしないわよね?」
「安心しろ。逃げたところでお前とラピスからは逃げ切れる自信はない!」
「レオが本気を出せば逃げることぐらい簡単でしょ……」
ステラがそんなことをボソッと言うが、本気となると『祝福』を使わなければいけない。俺の『祝福』はそう簡単に使っていいもんじゃないから2人から逃げるためだけに使うのは正直ないだろう。
俺がそんなことを考えている内にステラはラピスを呼びに俺の部屋から出た。俺は話をするから飲み物ぐらい必要だろうと思い宿の店主から飲み物をもらいに部屋を出た。
────────────────────
「マップの準備よし。保存食、飲料の準備よし。短剣、採集用小刀準備よし。
僕はバックパックの中身の点検し1つずつバックパックに詰めていく。
「さてと、今日もあの酒場でラピスさんたちと合流だっけ。それにしてもあの人たちはほんとに凄いなぁ。中級者用の迷宮を1日で3周もするなんて」
本来中級者用の迷宮を1日で3周もするのはベテランのパーティぐらいなのだけど一昨日からパーティを組ませてもらってる彼女らは違った。
道中はステラさんほぼ1人で魔獣を駆除し、魔獣の
迷宮の最奥、ボス部屋の魔獣すらもなんの危なげもなくステラさんとラピスさんの2人で倒してしまった。
そのおかげと言うべきか昨日の稼ぎのみで僕のいつもの半月分の稼ぎになった。
けどどうしても不安になる。こうやって上手くいってる時ほど僕は……いや僕の『祝福』は落とし穴を用意してくる。
「ラピスさんたちはホントに暖かくて良い人たちだから巻き込みたくないな……」
僕は用意した荷物を背負い部屋を出た。
────────────────────
「リカードが着いた」
俺たちが酒場でリカードとの合流を待ち始めてからしばらくしてラピスが『祝福』を使っていたみたいでリカードの到着を知らせた。
「さてと、じゃあ今日も稼ぐとするか」
俺が席を立ちリカードを迎えに行こうとするとラピスとステラもそれについていくように席を立った。
「よう、リカード。ちゃんと寝れたか?」
酒場の入り口で俺たちの姿をキョロキョロと探していたリカードに声をかけるとリカードは俺の方を向いた。
「あ、おはようございますレオさん、ラピスさん、ステラさん」
リカードは重そうなバックを背負っているが律儀にお辞儀をする。
「おはよ、リカード」
「ええ、おはようリカード君」
ラピスとステラもリカードに挨拶を返した。
「それじゃあ早速だが迷宮に入る。リカード問題ないか?」
「は、はい! 僕はいつでも大丈夫です」
俺が尋ねるとリカードは元気よく頷きいつでも行けると俺に伝える。
「そうか、じゃあ昨日と同じ中級者用の迷宮に潜る。フォーメーションも昨日と同じだ」
必要なことだけ伝えると3人は頷く。そして早速今日も迷宮に向かうことにした。
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「おい、行ったみたいだな?」
「そうだなー相棒。で、ホントにやるつもりなのかー?」
リカードとその同行者たちが酒場を去ったのを確認した後俺たちはテーブルを囲み出来るだけ声を潜め会話する。
「当たり前だ。しかも昨日の迷宮探索を見た感じリカードのやつの『祝福』はちゃんと作動してるみたいだ。だったらやらねえ手はないだろ」
「けどよあの傭兵たち昨日見た感じだと相当強いぜ……それにこれは噂だがあのいかつい男に関しては迷宮採集者1人だけを連れて中級者用の迷宮の深部まで潜ったらしいぜ」
パーティのメンバーは俺の事を止めようと色々と言うが俺は正直自分の意志を曲げる気はない。
俺は俺自身の意思でどうしてもリカードのやつを嵌めてやりたい。あいつがいつものように自分の無力に嘆く姿を嘲笑い、この世界に弱者の身分ってモノをわからせてやりたい。
そのためにはこれからの策を成功させなければいけない。リカード単独なら簡単だがあの傭兵達もいる奴らの強さは本物だ。
「お前らいくぞ」
そう言い席を立った。パーティの仲間たちも渋々といった調子で席を立ち俺についてきた。
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迷宮に入り3周目に差し掛かった頃俺は少し変化を感じた。
「ステラ次の分岐路右から魔獣、大型1の他は小型」
「ぐっ、わかったわ!」
俺の指示を受けステラは腰にさした剣を抜き目の前の分岐路まで駆ける。
そしてその抜刀した剣にて小型の魔獣を速攻で片付ける。
そこからバックステップで距離をとる。一息つきそこから一歩で今度は大型の魔獣の懐に潜り一閃。
魔獣は声を上げる間も無く首が落ちた。
「察知はまだまだだけど戦闘に関してはだいぶ動きが良くなってきたな」
「察知でレオに勝てなきゃ意味がないんだけど……」
純粋な評価に対してステラは頬を膨らませながら文句を言う。
「そう言われてもなぁ、俺のこの察知は基本的に長年の戦場で培われたもんだからな。そう簡単に超えられても困る」
若干『祝福』の影響もあるがそれは言わなくていいだろう。
「ステラこの後の直線、小型8」
「………了解!」
不服そうなステラを横目に俺は考える。
……おかしい。
中級者用の迷宮とはいえ魔獣とのエンカウント率が潜るたびに上がっている。俺個人としては稼げるから全然問題ないが正直不気味だ。
俺は後ろを歩くリカードを一瞥する。
リカードと迷宮に入ると一番狙われやすいはずの
そして、リカードとの迷宮探索の回数をこなせばこなすほど生還率が下がるらしい。パーティが全滅でリカードのみが生還したというのも数多くあるらしい。
だからか、迷宮都市を根城にしている傭兵やトレジャーハンターはリカードのことを
最初この話を聞いた時は眉唾物と考えていたがこの魔獣とのエンカウント率、出現する魔獣に変異種が混ざりつつあるこの現状、そして俺1人でやった確認の結果を思うと納得せざるを得ない。
一応この情報を今朝ラピスとステラに伝えておいたが今はそうしておいて良かったと感じる。
そして俺の見立てではあと2、3回で少なくとも
目標額まで まだ足りないが旅の道中で稼げば問題ない。
……仕方がない。ステラは嫌がりそうだがここらがこの都市での活動できる限界だな。
この周が終わったら伝えよう。
それからしばらくして俺たちはボス部屋にたどり着いた。
「さて、今回のボスはどんなもんか?」
リカードの『祝福』迷宮のボスにも影響があるらしくボスの強さが周回をするたびに強くなっていた。最初はステラ1人でも余裕を持って倒せていたが前の周では俺が適宜『威圧』を放っていなければステラはほぼ確実に『星剣』を抜いていた。
ボス部屋に入ると部屋の中央にいる魔獣が目を覚ます。
ボス部屋にいるのは双頭の獣オルトロスだった。
──オルトロス
双頭の犬型の大型魔獣。尻尾が蛇であり、蛇の牙には強い毒がある。俊敏な動きで敵を狩る討伐難易度の高い魔獣である。
主な弱点としては双頭の死角である首の裏だが1発で1つの首を落とす実力が必要──
「こうやってみると確実に一回り大きくなってやがるな。このオルトロス」
俺のつぶやきに他の全員が同意するように頷く。
さて、流石にこれはステラ1人にやらせるのはマズイな。
俺はこの目の前のオルトロスを観察し、真っ先にそう考え自身の『祝福』を発動するための条件を整え始める。
(戦場の仮定……)
今回の戦場はオルトロスと俺たちがいる中級者用の迷宮のボス部屋。
(敵の……)
ラピスが俺の前に出た。
「……レオ、私が出るから使わなくていい。むしろ使わないで欲しい。あなたの『祝福』は怖いから」
ラピスはそう言い若干震える体を抑えつつ手に持ったトランクを開く。階段状に現れる収納スペースの一番下の段の金属製の部品を慣れた手つきで組み立てていく。
「ステラ前衛お願い。バックアップするから」
「了解」
ラピスは組み立てられた銃を抱え走り出す。
指示を受けたステラも剣を抜きオルトロスに向かっていく。
「まずはその首をとる!」
ステラはその宣言の通り慣れた足取りでオルトロス背中に乗り一閃……だがその剣はオルトロスの首を斬ることができなかった。
「硬っ!!」
確かにあの音はだいぶ硬そうだ。ステラの剣じゃ討伐するには時間がかかりそうだ。
ステラはとりあえずオルトロスの背から降りこちらに戻ってくる。
「ステラ、オルトロスの注意を引いて。私が決める」
俺と同じことを思ったのかラピスが指示する。
「決めるって言ったってラピスのその銃? だっけ……とりあえずラピスの武器でもキツイわよ」
「問題ない。この子にはあのオルトロスを貫通する程度の威力なら簡単に出せる機能がある」
ラピスはそれだけ言うと抱えている銃を見せる。
「まあ、わかったわ! ラピスがそれだけ言うなら信じるわよ」
ステラは手元にもう一本剣を召喚する。
「とりあえず囮は任せて」
ステラはそう言って駆け出した。
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