迷宮都市ラピュリス編③ 〜『次元の迷宮』〜
「ハッ!!」
ステラの剣の一振りで迫り来る魔獣の最後の一体が両断された。
「「…………」」
その光景を眺め後衛の位置にいる2人は完全に黙りこんでいた。
ステラは魔獣が居なくなったことによって剣を光の粒に変え消した。
「ねえ、レオ。正直な感想を言ってもいい?」
ステラの声のトーンでその感想とやらも理解できるがあえてそれを指摘せず甘んじて聞こうと思い頷く。
「これで中級者用の迷宮って! ここの都市の人たち弱すぎない!?」
俺はその感想はもっともだと思い大きく頷く。ちなみに後ろにいるラピスも頷いていた。唯一、迷宮採集者として俺たちの探索に同行している少年──名はリカードというらしい──だけは苦笑いを浮かべ首を傾げていた。
────────────────────
「おい! あいつらもう帰って来やがったぜ」
「そういえばさっき中級者用の迷宮に入るって言ってたよな!?」
「にしては、早すぎるだろ。流石に初心者用でうまくいったからって調子に乗ったから痛い目にあったんじゃねえの?」
「もし、そうだったとしてもあんな綺麗なもんか? 全然そんな風には見えないんだが?」
「まさかだけどもう踏破したとか? さ、流石にあり得ないよな?」
俺らが酒場に戻るとまだ日があるっていうのにもう飲んでる奴らが口々にそんなことを言っていた。
「とりあえず俺らとリカードの分け前の計算をするか……ラピスどこか空いてるテーブルはあるか?」
隣いるラピスに尋ねるとラピスはサッと辺りを見回す。
「テーブル席は奥に4人席が1、5人席が2、カウンターは空きなし」
「なら、荷物も多くあるから5人席をとるか」
俺のこの決定に誰も異議を唱えなかったためスムーズに席をとることができた。
「さてと……まずはこの金の分け前か」
俺は迷宮で得た素材を換金した金の入った袋をテーブルの上に置く。
「結構入っていますね……」
「まあ、それもそうだろ。ステラだけで狩ることができたとはいえ量は結構いたからな、こんなもんだろ」
正直俺としては袋の中に入っている分では全然足りない。だがリカードからしたらそうでもないらしく目をキラキラさせながら袋を凝視している。
「まあ、今日は迷宮がどんなもんかってのを見るって意味でもこんなもんだろ。しっかり稼ぐのは明日からだな」
「ええ、そうね。中級者用の迷宮もあの程度だったし明日あたりはもっと上の難易度のところ行くんでしょレオ?」
「そうだな……中級者用であれぐらいなら早めに稼ぐって意味でももう少し難易度の高い迷宮に入ってもいいかもな」
ステラの疑問に俺がそう答えるとさっきまでキラキラした目で袋を眺めていたリカードの目が一転して怯えたものに変わった。
「えっとー皆さんここにある中級者以上の難易度の迷宮ってどこになるか理解してますか?」
リカードは声を震えさせながらおずおずと俺たちに質問する。ステラとラピスを見る。
ステラはやはりわかってないみたいで首を傾げている。
ラピスは相変わらずの無表情だがどこかステラとは違ってわかっているんだろう雰囲気は感じる。
「中級者用の迷宮よりさらに上ってなるとこの都市だとあと2つしかないな」
わかっていないステラに説明するため俺は口を開いた。
そうこの都市に残る上位の迷宮はあと2つ、2つだがその2つとも恐ろしく難易度の高い迷宮である。
「ステラは『始源の迷宮』って知ってるか?」
「『始源の迷宮』?」
ステラは案の定わからなかったのか首をかしげる。
「『始源の迷宮』ってのはこの世界ができた当初からずっと世界に在り続ける古代迷宮だ。して、この古代迷宮ってのがまた厄介なもんで……まあとりあえず今日俺らが潜った迷宮とは比べものにならない程度には難しい迷宮って考えだな」
「なるほど……」
ステラはそう呟き思案顔をするが俺にはわかる……こいつわかったふりしてるだけだ。
「ちょっと待ってくださいレオさん!! そんなてきとうな説明だとどれほど『始源の迷宮』が恐ろしい場所かわかりませんよ!」
俺が呆れた視線をステラに向けていると迷宮については本職であるリカードが今の説明はダメだとばかりに待ったをかける。
「とりあえずステラさん!! この迷宮都市にある中級者用の迷宮より上の迷宮はあと2つだけです。それは『次元の迷宮』と『太陽の迷宮』と呼ばれる場所です。この2つは太古からある迷宮で『始源の迷宮』と呼ばれてます」
リカードはここで一息つく。そして自身が持っていたバックパックからボロボロの本を取り出した。
「これは僕のお爺様からいただいた迷宮図鑑と呼ばれる本です。その昔とあるトレジャーハンターが潜った迷宮のことを記録してまとめた本です。この本にはこの迷宮都市にある『次元の迷宮』のことが載っています」
リカードはそう言って本を開き目当ての──『次元の迷宮』の詳細が載ってる──ページを開いた。
「……これはどこの国の文字だ?」
俺は本を覗き込むが本に書かれている文字に全く覚えがなかった。
「これは……日本語!?」
だが俺たちの中でリカードを除いてこの文字に気づいたのが1人いた。
「ラピスわかるの?」
俺が尋ねるより先にステラがラピスに尋ねた。
ラピスは一回頷いた。
「この文字は私……いや
ラピスの本を見る表情は心なしか柔らかいものだった。故郷の懐かしさ、思い出、そういうものが入り混じったものだった。
だが彼女は気づいているのだろうか?
「ねえ、ラピス。これは何て書いてあるの?」
「文字が掠れて読みづらいからちょっと待ってほしい」
「えっとー、これ僕の本なので一応僕も読めるんですけど……」
ステラの催促にラピスは応えるように本を読むのに真剣な目を向ける。
横でリカードが何かを言っているがステラもラピスも知ったことではないといった様子だった。
それからしばらくしてラピスが顔を上げる。
「これは結構面白いかも」
「え? 何が書いてあったの?」
「ステラ、近い」
俺はステラとラピスのやりとりを見てふと思う、ステラの様子がいつもと何か違う。いつものような無邪気な好奇心旺盛な少女の様子ではふと違和感を感じるぐらいには違う。
ああ、そうかステラもラピスのさっきの表情がわかったのか……
というかステラの方があの表情には敏感に察知できるのかもしれない。あの娘ももう帰ろうと思っても故郷に帰れないから。
いつかは立ち寄ることはできるだろうけどそれはもう帰ることにはならないから。
だからか、ステラがラピスの同行を早々に認めたのは、自分と似たものをどこかで感じたんだろうな。
「レオ聞いてる?」
「あ、悪い。考え事してから全然聞いてなかった」
「もう! 結構重要なこと書いてあるらしいんだからちゃんと聞きなさいよ!」
「だから悪かったって」
「じゃあラピスお願い」
「わかった。まず、このページに書かれているのはリカードの言ってた通り『次元の迷宮』のこと。『次元の迷宮』の中には多数の転移陣がある。そこだけなら普通だけどこの迷宮は踏破すると『
「「『
ラピスの説明にリカードとステラは驚きの声をあげた。
「ステラはともかくリカードはその本を読むことできるから知ってるんじゃないのか?」
「えっとー、僕はラピスさんの言う『ニホンゴ』は全て理解してるわけではないんですよ……だからそのー」
「なるほど全部読めるっていうわけではないんだな」
「はい……」
リカードは気落ちした表情を見せる。
「まあ、そう気にするな。俺は全く読めないんだから少しだけでも読めるお前はすごいよ」
落ち込んでいるリカードにそう言ってやるとリカードの表情は明るいものに戻った。
「……話を続けるけど『次元の迷宮』は内部に多数の転移トラップがある。もしこれに引っかかった場合は死ぬのも覚悟した方がいいかもしれない」
「死ぬ……てことはそれだけ危険なトラップなの?」
「トラップ自体はそこまででも、だけど転移先がマズイ。少なくともこの本に書かれている中だと壁も床も一面棘だらけの部屋や、毒ガスに満たされた部屋、モンスターハウスの真っ只中とかにも転移させられるらしい」
……転移させられるか、薄々思ったがあの本、経験談を基に書かれてるみたいだが本の作成者はよくそんなところに転移させられたのに生きてられたな。
「それって普通に何回か死ぬやつよね?」
「だから死ぬ覚悟をした方がいいって言った」
ステラの顔が引きつっているのが見えた。
「そ、そうですよー! だから『次元の迷宮』に潜るなんてことはやめてコツコツと中級者用の迷宮でお金を貯めましょうよ」
リカードがここぞとばかりに『次元の迷宮』に潜ることを辞めさせようと訴える。
ステラはチラリと俺の方に視線を向ける。
なるほど、潜るかどうかは俺に任せるってことか。
俺は少し悩む。
今回この都市に来た目的は金策だ。だから無理して『次元の迷宮』に潜る必要はない。それは『太陽の迷宮』も然り。むしろ『太陽の迷宮』に関してはあの本のような情報が一切無いぶん潜るのは危険すぎるからやめたほうがいい。『次元の迷宮』も情報があるとはいえさっきの話的に転移トラップに引っかかった場合生きていられるのは恐らく俺だけだ。
そこまで悩んだ時点で俺はもう答えを決めた。
「
俺がそう結論を出すとリカードはホッとした顔をステラは少し後ろ髪引かれる思いだろうが納得した顔、ラピスは珍しく少し残念そうな顔と三者三様の表情だった。
「さて、そうと決まれば今日はもう一回潜るぞ。難易度が低い分、数多く潜らないと時間がもったいない」
「わかったわ!」
「了解」
「え? もう一度潜るんですか!?」
とこれまた三者三様の反応が返って来た。
そしてそんな俺たちの様子に憎々しげな目線を送る者が何人かいたか、俺は気にせず迷宮の方へと足を向けた。
────────────────────
「くそっ! リカードの野郎め!」
あのおっかない傭兵の娘たちが酒場を去った後俺は盛大に愚痴る。
「おいおい、相棒。まだ昼間だぜー、そんなに飲んでもいいのかよー?」
同じ席に着く俺らのパーティの斥候役の男が俺をたしなめる。
「うるせぇ! 飲まなきゃやってられるか! あの
俺のその文句にパーティの奴ら全員が確かにと呟きながら納得して頷く。
「いやーほんと何もんなんだろうなー。あの傭兵たちは、相棒が殴る前にあの“銃”だっけか? を撃つし、殺気とかも尋常じゃなかったなー」
斥候はそんなことを言い酒を一口飲む。
「ああ、正直ダーダラが殴って終わりだと思ってたがあんなことになるとはな……」
ウチのパーティの前衛の剣士の男もそんなことを言う。
「ちくしょう、ムカつくぜ。弱者は黙ってそのままでいろってのにクソが」
俺は杯に残った酒を一気に飲む。
「まあまあ兄弟、さっきの話だとあの傭兵どもはそんなに長くここにいるつもりはないみたいだし。奴らが去ったらまたいじめてやろうぜ」
パーティの後衛で魔術を使うことができる男が軽い調子でそんなことを言う。
「クソっあいつらが去るまで黙って待ってろってか?」
俺は収まらない怒りを仲間にぶつける。
俺が短気なことを知ってる仲間たちはやれやれといった具合でそれぞれの飲み物に口をつける。
そんな風に俺たちがテーブルを囲んでいると突然声をかけられた。
「あのすみません。よろしいですか?」
俺が振り返ると灰色のローブを被った怪しいやつがいた。声の高さ的に女っぽい感じだがいかんせんローブのせいで性別はわからない。
「すみません、勝手にお話を聞いてしまう形となってしまったんですがあなたのその怒りを晴らすことができますよ?」
ローブの人物はそう言って中が少し青みがかったガラス玉を取り出した。
「これにはとあるモンスターハウスに転移させることができる魔術を施してあります。これをあなたがたが憎々しいと思ってる方に投げつけてください。そしたらあなたの恨みも少しは晴れると思いますよ」
ローブの人物はそう言って俺にそのガラス玉を渡す。
「おい! こんなのもらっても俺は金とか払えねぇぞ!」
俺がそう言うとローブの人物は首を振る。
「いえ、お代などは結構です。強いて言うならばそれを確実にあなたがたが憎々しいと思ってる方に投げてください。私にとってもそうしていただくのが一番ですから」
ローブの人物はそれだけ言って俺たちのいる席から離れた。
俺は手の中にあるガラス玉を眺め暗い感情が差し込むのを感じた。
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