迷宮都市ラピュリス編② 〜迷宮採集者〜

 酒場の扉を開くと中はだいぶ賑わっていた。

 酒場にいるのは大抵が武器を担いだ傭兵らしきモノや軽装のトレジャーハンターらしきモノ、そして大きなバックパックを担いだあまり戦闘に向かなそうなモノと迷宮の関係者が多くいた。


「なんかすごい人の数ね……」



「この中から迷宮採集者コレクターを探すのは骨が折れそ……」


 ステラとラピスが思わずそう呟くほどには酒場にいる人は溢れていた。

 俺はとりあえず一望して連れて行ける迷宮採集者を探す。

 だが流石にこの人数だと迷宮採集者を探すだけでも骨が折れる。


「しょうがない少し不安だけど手分けして探すか。俺はテーブルの方を見るから2人はカウンターの方を見てくれ」


「わかったわ」

「りょうかい」


 ステラとラピスは素直に俺の言葉を聞き入れカウンターの方に向かって行った。

 俺はそんな2人を見送ったあとテーブル席の方へ迷宮採集者を探しに向かった。






 ___________________





「ねえラピス、レオに迷宮採集者を探せとは言われたけど……迷宮採集者ってどんな人なのかな?」


 キョトンとした顔でこんなことを私に尋ねてくるステラを見て私はレオナードにステラのことを体良く任されたなと感じ、ため息をつく。


「え? ちょっといきなりなんでため息を吐くのよ! 私そんなバカな質問したの?」


 ステラは私のため息を自分に対してのため息と勘違いしたみたいであたふたとする。そんなステラの様子がおかしく私はつい笑ってしまう。

 そんな笑ってしまった私をステラはじっと見つめていた。


「なに?」

「ラピスもそんな風に笑うんだなって思ったのよ。あなたの表情はいつも険しいものか全くの無ばかりだから……」


 私は元から表情豊かっていうタイプではないからステラが言ってることは理解できる。

 だから私自身も今笑顔になったことに少し

 驚いていた。


「私もロボットじゃないからいつでもどこでも無表情ってわけじゃない」


 そう言い訳をして私は先にカウンターに向かう。

 カウンターにいる客の大半はまだ昼間だというのに酒気を帯びているのが多かった。そんな様子の客たちを見ると自分の前いた世界とは違うと実感させられる。


「ちょっとラピス私を置いてかないで! 私一人じゃわからないんだから!!」

「ごめん」


 ステラに一言謝り私はもう一度カウンターを見回す。カウンターにいる客で迷宮採集者っぽい風貌をしているのは2人だけだった。片方は身の丈に合わないほど大きなバックを近くに置いてる小柄な人物、もう片方は外套で体をすっぽりと覆っているそこそこ大柄な人物。

 私は少し考えこちらも2人だしということでステラに提案することにした。


「ステラ、このカウンターにいる迷宮採集者は2人だけっぽいから手分けして声をかけようと思う。私はあったの大柄な方に声をかける。だからステラにはあっちの小柄な方に声をかけて欲しい」


 この提案にステラは首をかしげる。


「普通、近接戦闘ができる私の方がもしもの場合を考えて大柄な方にあたるべきじゃない?」


 ステラのこの発言に私は頭痛がしてきた。同時にレオナードはこの少女に世界の美しさ、楽しさの前に一般常識を教えろと考えてしまった。


「普通はそんなもしもの場合なんて起こらない。これは普通の交渉であり、そんなことが起こる余地なんてないから」

「そうなのね……」


 しょんぼりしてる様子のステラを見て私は今日何度目かのため息を吐くことになった。


「とりあえず小柄な方は任せた。くれぐれも問題を起こさないように」


 ステラにそう念押しして私は大柄な方の迷宮採集者に話しかけに向かった。


「ねえ、そこの迷宮採集者コレクター


 大柄な人物の背後で声をかけるとそいつは手に持ったジョッキを置き振り返る。


「なんだ?」


 振り返った迷宮採集者の顔には目元を隠すような仮面がつけられていた。


「私は傭兵ラピス。噂に名高い迷宮都市の迷宮に挑戦しにきた。そこで迷宮入るには迷宮採集者の力が必要と聞いた。だから私はあなたに声をかけた」


「なるほどな。迷宮ビギナーにしてはいい判断だ。いや、そこは流石傭兵というべきか? 危機管理能力がしっかりしている」


 迷宮採集者は愉快そうな声を上げつつジョッキに口をつける。


「まあ、お誘いの答えはノーだ。例えかなりの金を積まれたところでも断るぜ」


「理由を聞きたい」


「まあそうだよな。まず1つ目は嬢ちゃんがビギナーってことだ。ビギナーの依頼は旨味が少ない。だから俺みたいにそこそこ経験のある奴はビギナーの依頼は大抵断る」


 迷宮採集者はジョッキの中身を飲み干しお代わりを要求する。飲み物が再度注がれるジョッキを眺めながら話を続ける。


「2つ目は嬢ちゃんが1人で来たってことだ。もしソロで潜ろうってなら論外。例え他に仲間がいたとするなら俺はその他の仲間がどういうやつか見たいってのがある」


 迷宮採集者は飲み物が注がれたジョッキを手に持つ。


「最後に、悪いが俺は今日完全にオフにしてるんだ。だからどちらにせよ悪いが付き合えねえよ」


 そう言ってジョッキの中身を煽る。


「わかった。どちらにせよ最初2つの理由はなかなかためになった。礼を言う」


 私はそれだけ言ってステラと合流するため席を離れた。


 ――――――――――――――――――




「結局誰一人として成果はなしか……」


 二人と別れてしばらくしてから俺たちはまた合流してお互いの成果を話し合っていた。

 結果としては今、俺が呟いた通り誘えた迷宮採集者はゼロ。理由のだいたいはビギナーの相手はできないであった。


「ほんと何なのよ! ビギナーだからって一緒に潜るのは嫌って! あなたたちも最初はビギナーだったんでしょ! って話よ」


 ステラはことごとく断られ腹を立てているが一回も手を出さなかったとラピスの報告で聞いてる。俺はそれに成長したなぁと思う。


「どちらにせよこの様子だと迷宮採集者の手を借りるのは無理そうだから諦めて私達だけで潜る?」


 ステラが現状を考えそう提案するがおれは首を振る。


「俺としては迷宮に潜る回数は極力少なくしたい。だからそれは最後の手段になる」


「そ……。じゃあなんとかする方法はあるの?」


「ああ、俺らがビギナーってことで断られてる。だったら頼む相手もビギナーだったらどうだ?」


 俺がそう提案するとラピスは嫌そうな顔を見せる。そして口を開こうとしたがその前に今までおとなしく黙っていたステラが先に口を開いた。


「それはいいわね! 確かに私達も初心者。だったら無駄に経験のある人を入れるとその人に仕切られて色々と動きにくくなるわ。だったら同じ初心者で自由度の高い方がやりやすいわ!」


 俺はこの発言に驚いた。それはラピスも一緒だったようでその表情に驚きの色が見れた。

 この俺たちの驚きが伝わってようでステラは少しムッとする。


「何よ二人とも! 私だってちゃんと考える時は考えるわよ!」


 その発言を受けて俺とラピスは

「「だってステラだもんな/だから」」

 と声を揃えることになった。


 ___________________


 俺らは迷宮採集者探しを一度中断して食事を摂っていた。


「ねえレオナ……レオ。さっきあなたはビギナーに頼めばいいと言ったけどそのビギナーは見つけられるの?」


 ラピスが俺の本名を呼びそうになったのを軽い『威圧』で止め俺は質問に答える。


「ああ、どこの業界でも新人ってのは肩身狭いみたいだから案外簡単に見つかるもんだ」


 俺がそう言ってとある場所を指差す。ラピスはその指差した方に目線を向ける。

 そこには大きなバックパックを持った小柄な少年が大柄な男たちに囲まれている様子だった。



「おいおいリカードくん。また一緒に組んだトレジャーハンターたちを置いて一人で帰って来たのか?」


 少年を囲んでいる男の1人がそう口にする。少年は俯いて黙り込んでいる。


「はっはっは! それをそんな大声で言ってやるなよ兄弟! 例えそれが嘘だとしてもただでさえない仕事がまたなくなっちまうぜ」


 男たちの声で酒場にいるだいたいの人間の目線が集まる。


「何あいつらムカつくわね……」


 さっきまで食事に夢中で話を聞いてるかどうかわからなかったステラが男たちの態度に反応する。


「頼むから抑えてくれよステラ。ああいう輩に関わると嫌でも目立つことになる。ただでさえはもうバレて監視までつけられてるんだ。さらににまでバレるようなことになればそれこそ動きにくくなる」


 俺がそう伝えるとステラは渋々といった調子でその怒りを抑える。その様子を見てホッとしたがもう1人の同行者が動いた。俺はその予想外の行動でそいつ─―ラピス――を止めることが出来なかった。


「ねえあなた達、そんなに自分より明らかに弱い少年をいじめて楽しいの?」


 ラピスの声のトーンはいつもと一緒。一緒だが何かが明確に違った。


「おいおい、なんだ? 嬢ちゃん。俺らになんか文句あるのかよ」


 少年を囲んでいた男の1人がラピスの前に立つ。ラピスはその男を睨みつける。すると男はその威圧感に押されたのか少しあとずさる。


「あなた達のやってることはただのクズがやってることと一緒。そして私はそういうのを見るとイライラしてくる。だからこれは私の自己満足。とりあえず消えろ」


 ラピスに一方的にそう言われた男たちは黙っているわけなく当然……


「おいおい嬢ちゃん、何ナメた事言ってんの? 黙って聞いてればペチャクチャと説教垂れてるんじゃねえ」


 男の1人はそう言って拳を振り上げる。


(チッ、地味に距離がある!『威圧』が間に合わねぇ)


 俺はそう考えつつも『威圧』を放とうとするがその前に──パァンンンと音が鳴った。


「ひっ」


 拳を振り上げていた男は情けない声を出し後ずさる。

 そして今にも殴りかかられそうになっていたラピスの手には小型の“銃”が握られていた。


「今のは弾を抜いた空撃ち。これは警告。次また何かしら動こうとするなら容赦はしない。弾を込めてその額を撃ち抜く」


 ラピスはそう言って“銃”の引き金に指をかける。

 男達はその様子を見て脱兎のごとくその場から逃げ出した。

 その場に残ったのはラピスと男たちに囲まれていた少年だけだった。


「ねえあなた」


「は、はい」


 ラピスに急に話しかけられて少年の声は震えていた。


「あなたは迷宮採集者でいいの?」


 ラピスのこの質問に少年は頷くことで答える。


「そう、ならちょうどいい。これから迷宮に潜ろうと思うのだけどちょうど迷宮採集者を雇うことができなかったから、あなたの力を貸して欲しい」


「ぼ、僕のですか?」


 少年の確認にラピスは頷く。


「お姉さんほどの実力があれば僕より断然上の迷宮採集者を雇うことができると思うんですけど……」


 ラピスは首を振る。


「ビギナーはダメらしい」


「お姉さんはビギナーなんですか?」


「そう傭兵だから戦闘はできるけど迷宮は初めて」


 ラピスがそう言うと少年は少し考える。そして……


「僕なんかでよければぜひ同行させてください」


 少年はラピスに右手を差し出す。


「よろしく」


 ラピスはその一言だけ言い少年の手を握り握手する。

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