グラム共和国編⑧ 〜あなたに送ろう再会の花を〜

 俺が席に着くと相変わらずと言うべきか笑みを貼り付けた青年が早速会話を始めた。


「さてと、とりあえず揃いましたし始めてもよろしいですか?」


「ああ問題ない」


 青年の問いかけに俺は返事を返す。そして同じ席についている少女も無言で頷いた。

 俺たちの反応を確認した青年は話を続ける。


「えーとには数時間前に用件は伝えてありますがラピスさんにはまだこの席の趣旨を伝えていないので申し訳ないんですが確認をしていいですか?」


 青年があえて昨日のようにではなくと呼んだ意味を察し俺はもう一度

「かまわない」

 と返事を返した。


「それではレオさんの許可をいただいたことですし、この席を作った目的を頭から話しますからラピスさん、そんな胡散臭そうな目で僕のことを見るのは辞めてもらえるとありがたいんですが……」


 青年の指摘通りラピスと呼ばれた少女は青年をジト目で見ていた。そしてラピスは青年に言われたからといってそのジト目を辞めることはなかった。


 青年はそのジト目を辞めてもらうことはできないと悟ったのか再度注意することはせず話を続けることにした。


「今回ラピスさんにここに来てもらった理由は謝罪と追加依頼を頼むためなんですよ」


「追加依頼?」


 青年の言葉にラピスは首を傾げる。

 そして俺は青年の言葉でこの少女が自分たちを監視していたもう1つの視線の正体を悟った。


「はい、追加依頼ですよ。というか今の依頼を続行するのはラピスさんといえどもキツイんじゃないんですか?」


 青年は俺が悟ったことを知ってかまったく隠すことなくラピスに尋ねる。

 ラピスは俺の方を一瞥しコクンと首を縦に動かす。


「ということでラピスさんへの追加依頼なんですが……」


 青年は1つ間を置きいつもの貼り付けた笑みとは違い真剣な表情を作り


「このレオさんの旅への同行をお願いしたいです」


「「…………」」


 俺は薄々そうだろうなぁと思っていたため驚きは少ないがラピスの方はそうもいかなかったみたいで驚きが顔に表れていた。


 そのラピスの顔を見れて満足なのか青年はいつもの笑みに戻っていた。


「あ、報酬等はこの後正式に頼む際にしっかりと決めましょうね」


 青年はそう言うとパンと一拍して話題を変えた。


「さて、レオさん。昨日の事後処理の報告をしますね」


「まず死体や現場の処理は完全完了です。一切の痕跡残していないので心配はありません。次に遺体の情報等ですがこれはこの資料を参照にお願いします」


 俺は青年に手渡された資料に目を通す。


「やっぱりか」


 資料には今回の傭兵殺しの正体——ボニラ・アベンジが過去に巻き込まれた事件が書いてあった。


 四年前に起きたとある行商人夫妻が護衛として雇った傭兵達に襲われた。

 その結果妻の方は傭兵にいいようにされるならと懐に隠していた護身用ナイフで首を刺した。

 夫の方は傭兵からの不意打ちにより意識を落とし目を覚ました時にはもう全てが終わっていた。


 そして夫の方はその時に“咎”を発現させた。


 ——咎 世界三大ブラックボックスの最後の1つ。祝福ギフトと対極にあるもの。

 祝福とは違い先天的に取得することはほぼなく後天的に取得するケースが普通。

 能力は破格なものが多いがその分デメリットが大きい。最大の特徴は取得した本人の人格及び人間性に影響をおよぼすことである。

 ただ取得してるだけだと“咎持ち”と言われる。

 だが咎に感情を飲まれた場合“咎堕ち”と呼ばれるようになる。

 咎は得た咎に堕ちれば堕ちるほどその能力を上昇させる。だがその代わりに人体の一部や既存の祝福を変質させる。


 ちなみに人体の変質のうちもっとも多いのが目の色が変わることである。


 取得条件は咎によって色々とあるがだいたいは自分の犯した罪に対して否定的な感情を持たずむしろ肯定的な感情を持った時に発言する。例外もいくつかある——


“咎持ち”となったボニラ・アベンジはその咎の能力を用いて彼の妻の命を奪った傭兵達に復讐をおこなった。


 最初の方はまだ“堕ちて”まではいなかったため苦労したが1人目、2人目と数をこなすごとに彼は復讐することへの快楽に囚われてしまった。

 そんな状態なったらもう早く彼は3人目に復讐をする頃にはもう“咎堕ち”になっていた。


 そして咎堕ちになった彼は元から持っていた『先読み』という何を買えば売れるかなど商人にとっては有難いが戦闘には役に立たない祝福ギフトを『仮定未来視』という自分が起こした行動の結果を視るという凶悪すぎる祝福に変質させた。

 彼はその『仮定未来視』を使い今まで誰にもバレることなく傭兵を殺してきた。

 そして妻が死ぬ原因になった傭兵達を殺し尽くした彼は更に復讐の対象を求めた。

 その結果彼は傭兵という存在を憎みこの世界にいる傭兵全てを復讐対象に定めた。



 俺は読み終わった資料を青年に無言で返した。

 青年は資料を受け取り指を鳴らすことでどこかに消した。


「あの男にこんな過去があったなんてな」


「そうみたいですね。まあ“咎堕ち”とはいえ『復讐者』ですからね。仕方ないところはあると思いますよ」


「まあだとしても仕方ないで片付けることはできないほど殺ったからなそいつは」


「まあそうですね……。せめて死後くらいは奥様と安らかにいてもらいたいですね」


 青年はそんな心にも思ってないことを口にし飲み物を一口飲む。


「では、レオさん。僕はそろそろ次の仕事があるのでここで失礼しますね。それとラピスさん依頼の詳細は今日の夜、政府会館の屋上でお願いします。なんだったらレオさんを連れて来ても構いませんから」


 青年はそう言うと立ち上がり店主の元に行き耳元で一言、二言囁き金を握らせ酒場を出た。



 店内には店主を除き俺とラピスと呼ばれていた少女だけが残った。


 会話の起点になっていた青年がいなくなったためお互い顔を見つめあってこの後どうすればいいかと戸惑っていた。



 しばらく2人して見つめ合ったあと先に口を開いたのは先程の会話にあまり参加していなかったラピスの方だった。


「レオ・アイアン。この後どうする」


「どうする? と言われてもな……まあとりあえずこの店を出るか?」


 俺の提案に彼女はこくっと一回頷き席を立ち上がった。俺もそれに続き席を立ち店主に金を渡し店を出た。


────────────────────




 店を出てどこ行くあてもなく2人並んで歩いた。そして気づいたら昨日の一件の現場である広場に来ていた。


 そしてその現場には花束を持つ金色の少女がいた。


「リコリスの花……」


 ラピスがボソリと呟いた声を聞き少女が持っている花束の花の種類に気づいた。


「確か“再会”の意味を持つ花だったか?」


 俺の問いかけにラピスは頷きで応える。

 そして俺らの会話に気づいたのか花束を持つ少女が振り向いた。

 その包帯を巻いた腕や脚、綺麗な金色の髪で誰かは察しっていたがその顔を見るとため息をつかざるを得ない。


「宿で大人しくしとけと言っただろ……」


「ゲッ……レオ」


「まあお前のことだから大人しくしてるとは思っていなかったけど流石に昨日の今日でここに来るとは思わなかったぞ」


 俺が咎める視線を送るとステラはがその視線から逃れるように目を泳がせる。すると俺の隣にいたラピスに気づいたのかそこで視線を固定させた。


「ねえレオ……その女…誰?」


 ステラの目から光が消えていた。

 その視線に俺は何か背筋に冷たいものが過ぎるのを感じた。それは隣にいたラピスも同じなのかヒッと小さな悲鳴を挙げていた。


「あーステラその前にとりあえずこの広場に来て何か気づかないか?」


「レオ……話題を逸らそうったってそうはいかないわよ」


「逸らすつもりはねぇよ。ただコイツのことを説明するならとりあえずお前にこの広場の現状に気づいてもらわないと話が進まないだけだ」


 ステラは渋々といった様子で周りを観察し始める。そして何かに気づいたようで


「……痕跡が何もない」


「正解だ。で、その痕跡を残さないよう処理を頼んだやつにその代わりとしてコイツを俺たちの旅に同行させるよう頼まれた」


「ねえその頼みって断ることはできないの?」


「頼んだ相手が相手だからな、断れば何をされるかわかったもんじゃない。それこそお前が生きていることと今いる場所をライナードにチクるぐらいはしかねない」


「じゃあ……」


「あーそいつの口止めはもっと無理だ。強さはそこまででもないけどアイツを捕まえようや殺そうと考えるより国を滅ぼす方がはるかに楽だ」


 俺がここまで言ってやるとステラは恨めしそうな目線を俺に向ける。


「何でそんなやつに頼んだのよ」


「まあこっちを覗いてたからなとりあえず俺たちが生きてるってことを口止めするために一回は会っとく必要があった」


 俺がサラっと言った言葉にステラは驚いて口をぽかんと開けた。


「え? 私たちが生きてるのバレたの!?」


「ああ。まあそいつにバレるのはもとからわかってた。そういう祝福ギフト持ちだし……」


「もとからって……」


「まあそういう訳だからステラ、事後承諾で悪いがこの件に関してはそういうことになる」


 俺がそう締めくくるとステラはプクーと頬を膨らませそっぽ向く。


 そして今まで黙っていたラピスが俺とステラの会話が終わったのをみて声をかけてきた。


「レオナード・アインテイル。少しいいだろうか?」


「何だ?」


 さっきとは違う俺の呼び方に少し疑問を覚えつつラピスの方に意識を向けた。


「私は一応あなたの情報はあの男から聞いているが目の前の彼女の情報は聞いていない。だから紹介を頼んでもいいだろうか?」


「そういえばそうだな……。ステラ構わないか?」


 ステラはいまだに不機嫌そうだが頷く。


「コイツはステラ・フリューゲル。訳あって2年間俺ととある場所で身を隠した後こうやって一緒に旅することになった。学はあるが世間知らずだ。祝福ギフトは『剣召喚』これで分かると思うがライナード出身だ」


 俺がここまで説明したら納得といった様子でラピスは頷いた。


「なるほど剣士のはずなのに線が細いと思ったらライナード出身だったのか……。それなら納得できる」


 俺はラピスのこの言葉に感心した。


「なんで私が剣士だってことがわかったのよ」


 ステラは自分がなぜ剣士とバレたのかラピスに質問をぶつけた。


「それに関しては結構簡単。あなたの手と体の重心の置き方を視ればすぐに分かる」


「手と重心?」


「なるほどよく視てるな。ステラの手は剣をよく振ってたことで剣ダコがだいぶ出来てる。それに重心は武芸者特有の一本芯を置いた重心だからな。ちゃんと視てればわかるなそれは」


 俺がそう説明してやるとステラは花束を持つ手とは逆の手を確認してなるほどと納得した。


「じゃあラピス、お前自身の紹介を頼む。俺はアイツからお前の素性をなんも聞いてないしステラもお前のことを知らないからな」


「ん? そういえば自己紹介をしていなかったか……。じゃあ改めて、私はラピス。傭兵をしている。祝福ギフトは視ることに特化したものだ。詳細は悪いが説明しない。そして格好でわかると思うが私は流れ者ドリフターだ。とりあえず長い付き合いになるか短い付き合いになるかわからないがよろしく頼む」


 ラピスはそういうと丁寧にお辞儀した。

 薄々そうだろうと思っていたがこういうところを見ると流れ者らしいと思った。


「さて、ステラ。だいぶ後回しにしちまったが俺は言ったはずだよな……」


 俺がそう言って視線を向けるとステラは慌てて視線を外す。


「さて、弁明ぐらいは聞いてやろうと思うが何かあるか?」


「……そ、それはー」


 ステラのその態度にため息をつく。


「今回の犯人であるボニラ・アベンジへの献花だろ。たく、それぐらいで俺は怒られねぇよ。わざわざ“再会”の意味を持つ花を持ってくるあたり戦う前に奴と何かしら関わりがあってそれで奴の事情を知ったんだろ?」


 俺の問いかけにステラはゆっくりと頷く。


「お前のその優しさは俺は良いところだと思ってる。だからそうビクビクするな」


 俺が優しくそう言ってやるとステラは顔を上げる。


「本当に怒ってない?」


「宿を抜け出したことには怒ってるが今のその行為に関しては怒ってない」


 俺はそう答えてやるとステラは手に持った花束を広場の中央へそっと置く。そしてその場でしゃがみ込み手を組む。

 しばらくして組んだ手を解いて立ち上がる。


「じゃあ宿に戻るか」


「ええ」


 こうしてグラム共和国での一連の事件は終息を迎えた。

 俺とステラの旅に新たにラピスという同行者が加わり二人旅から三人旅に変わる。


 この先の旅路はどのようなことが起こるのか俺は少し不安を覚えつつも期待することにした。

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