グラム共和国編⑦ 〜夜の密会〜

 さて、ステラの祝福ギフトでいきなり呼び出され急いで向かってみればそこはぱっと見で先程まで激しい戦闘があったみたいで広場の地面は所々抉れ広場を囲んでいる壁には刀傷があった。

 そして満身創痍なのに倒れている男を庇うステラとそのステラに手を伸ばす黒いコートの男。もう少し周りを見渡すと傭兵らしき男の死体が転がっていた。


「おいおい呼び出されて急いで来てみればどんな状態だこれは」


 俺は事態を完全に飲み込むことができず思わずそんな言葉が口から出た。


 だが誰もこの言葉に言葉で答えることはなくその代わりの答えが……風切り音と共に飛んできたナイフだった。


「なるほどとりあえずあんたは敵なんだな」


 俺はそれを避け祝福ギフトを発動するために自身の体の内側に意識を向ける。


(戦場の仮定……)


 今回の戦場は今自分がいるこの広場。


(敵の仮定……)


 今回の敵は先程までステラに危害を加えそして俺にも攻撃してきた目の前の男。


 ——戦場、敵の仮定を確認……承認。祝福ギフトの限定解放を許可——


 頭の中に聞こえる機械じみた声の許可が下りたと同時に今まで堰き止めていた自身の力が体全体を駆け巡る。

 これによって妙な高揚感を覚えるが意思の力でそれを抑える。


 この間約5秒。

 そして5秒もあれば目の前の男は俺の喉にナイフを突き刺すことができただろう。だが、この男は様子見をしてしまった。


 そして様子見してしまったせいでこの男の勝ち目はもうなくなった。


祝福ギフト発動」


 俺がその言葉を口にしたと同時に男は何かを察したのか俺に向かってナイフを突き刺そうとする。だがそれは遅い、遅すぎる。


「悪いな。俺じゃあんたを救ってやることはできない…………“咎”に堕ちたあんたを助けることはできない。だからせめてもの手向けだ。安らかに……眠れ」


 俺は向かってくる男に向け調査の途中で買っといた戦闘になった時用の安物のナイフで一閃。

 男は俺に辿り着くことなくその場で膝から崩れ落ちる。その首から真っ赤な鮮血を流しながら。


 俺が振ったことによって刃がバラバラになったナイフの残骸をその場に捨てる。

 そして俺は懐からⅢとマークのついた懐中時計を取り出し時間を確認しとある数字を指差す。しばらく指差した後懐中時計を懐にしまい俺が祝福ギフトを発動した影響で意識を手放したステラとステラが必死に守っていたであろう男を抱えその場を後にした。


───────────────────


「…………ん?」


 私が目を覚ますとそこには青もしくは夜色に染まった空ではなく宿屋の天井が広がっていた。


「目を覚ましたかステラ」


 寝ぼけたままの頭でわかると思えるおかしいと思う風景に戸惑いながらも私は声の主の方に顔を向ける。


「まだ頭の中が整理しきれてないみたいだな」


 声の主—レオは苦笑しながら手に持っていた紙束をテーブルに置いた。


 そんな様子を見ながら徐々に覚醒してきた意識が私が意識を落とす前までにしていた行動の記憶を呼び覚ましていく。


 そして完全に思い出しレオに聞き出そうと体を起こそうとした時……


「痛っ」


 体に激痛が走った。


「無理すんなよステラ。外側の怪我は大したことなかったけどそんな風に痛がる感じだと強引に召喚しただろ? それも二回も」


 私は体の痛みに気をつけながらゆっくりと上半身だけを起こしつつレオに図星を突かれたため顔を逸らす。


 そうあの時私は強制召喚を二回行った。

 そのため今もなおこの体は痛みを発し続けていたのだ。


「まあそのおかげで俺は間に合ったからあまり言うつもりはなかったが、今思うと“ピスケス”はちゃんと詠唱できたんじゃねえか? 別に最初っからやりあってた訳じゃないんだろ?」


 レオの言うことはその通りである。


 星剣 双魚宮・ピスケス

 小刀の星剣。戦闘としてはその場にある水を操ることしかできないという他の星剣と比べると見劣りするものだがこの星剣は他にも能力がある。

 同意を得た相手をこの星剣で斬ることによって斬った相手と自分にパスを作ることができる。そのパスを使用するにはこれを召喚しなければいけないがパスを繋げた場合

 1 相手の現在位置を知ることができる。

 2 相手に単純な思念を送ることができる。

 3 相手の怪我を肩代わりをするもしくは自分の怪我の肩代わりを相手してもらうことができる。

 と戦闘以外での能力がある。

 そして一度召喚すると2時間はパスを繋いだままにできる。


 そのため本来だったら知るはずのないレオがあの広場に来れたのだった。


「ね、ねぇレオ。そんなことより結局あの場はどうなったの? 正直私はレオが来てからすぐ倒れちゃったからあまり覚えてないんだけど」


 と私はこれ以上言及されるのが嫌だから少々強引だが話題を変えることにした。


 レオはそんな私の内心を知ってか、ため息を吐きやれやれといった調子で説明してくれた。



「お前が必死になって護ったやつはそれなりに傷を負ってたけど死に至るようなものじゃなかった。だからあそこの広場から離れた場所に放っておいた。で、肝心の傭兵殺しについては……」


 レオはそこで一つ間を置く。


「重傷を負わせた。あの傷だと多分長くねえよ」


 そのレオの言葉に何か違和感を感じた。だけど私はそれを追求することなく


「そう……」


 一言そう答えるだけにした。



 私は胸の前で手を組みゆっくりと目を閉じて祈ることにした。


(天にもし神様がいるなら。どうかあの救われなかったあの人に、せめて心の底から愛していた奥さんに会わせてあげてください)



────────────────────


 時間はレオが傭兵殺しを斬りステラと傭兵の男をその場から移動させたところまで遡る。



「さて、まずはこの後始末をしなきゃいけねぇな」


 俺はステラと倒れていた男をそれぞれ別の場所に運んだあと後始末をしに広場に戻って来た。


 俺は自身が作ったうつ伏せに倒れる傭兵殺しの亡骸を仰向けに変える。

 首からは未だに血が流れている。


 俺は見開いていた目に手を当て瞼を下ろし閉ざす。

 そしてその亡骸の前に手を合わせ目を瞑る。

 この所作は傭兵時代の時の友人から教わった死者に祈りを捧げるやり方らしい。


 俺がしばらくそうしているとこの広場に向かってくる足音が1つ聞こえた。


「遅いじゃねえか」


 俺がそう言い振り返るとそこには胡散臭いという言葉を体現した青年が立っていた。


「遅いと言われてもあんな合図で来るのは正直僕ぐらいですよ」


 青年は人使いが荒いと愚痴をこぼしながら近づいて来る。


「ちゃんと数字を指し示したんだからわからないということはないだろ」


 戯けた青年を睨みつけ懐から懐中時計を出す。


「いやーそう言いますけどレオナードさん……いやこの場合はNo.Ⅲですか?」


「どっちでもいい」


「ではレオナードさんと。で、そう言いますが単純に考えてあんな合図をしたところでこうやってあなたの前に赴くのはあの組織の中だと僕くらいですよ。というか僕自身もある意味脅されて来たようなものですが……」


 青年はやれやれと首を振る。


「勝手に覗き見をして、しかも別で監視も雇っているやつにそんな言い草されるのは正直気に食わねえんだが」


 俺がそう答えてやると青年は悪戯がバレた子供のように苦笑い浮かべる。


「ありゃーそっちも気づかれてましたか」


「ああ。この街に入る前に使った時はしか視線がなかったから俺たちがグラムに入るタイミングで雇ったってところか?」


「そこまで察せられると正直今日まで色々と暗躍していた僕の立つ瀬がないんですが……」


 青年の今の顔はいつもの貼り付けたものじゃなく本心からの苦笑いだ。


「まあそれに関しては俺に祝福ギフトを使わせたのが失敗だったな」


 そう言ってやると青年はぽりぽりと頬を掻く。


「正直僕としてはその転がってる彼程度ならあなたは使わないと思ってたんですが——あぁそうですか彼は持っている人だったんですね?」


 青年のその問いに俺は頷くことで答える。


「そうですか……なら仕方ないですね」


 青年は何度目かになる苦笑を浮かべる。


「あーそう言えばレオナードさん、監視の方はどうしたんですか?」


「お前と同じだ。『威圧』をかけた」


「うわぁー容赦ないですね。レオナードさんは知らないだろうけどあれ貰うのは結構キツイんですよ。僕は慣れてるのでだいぶマシになりましたけど初見の人は下手したら心臓止まりますからね」


 俺の容赦ない答えに青年は引き気味にそう伝える。


「俺にとっては知ったことじゃねえよ。そもそも人を勝手に監視するんだ。バレたら手痛い反撃来るぐらい覚悟しろって話だ」


 その返しに青年はハーっと大きなため息を吐く。


「まあそろそろ本題に入りましょうかレオナードさん」


「そうだな」


 俺も目の前の青年もさっきまでの友好的な態度をガラリと変える。


「さて、バルレーベン帝国軍情報局二等書記官シモン・ナジェリカ……いや、帝国軍皇帝直属部隊〈番人〉のNo.Ⅳ『監視者』殿。今回俺はお前にこの件の処理を頼みたい」


 俺は自分の足元で仰向けになっている男の亡骸に目をやる。青年—『監視者』もその亡骸に目を向ける。


「帝国軍皇帝直属部隊〈番人〉のNo.Ⅲ『英雄』殿。その処理の件を受けるにあたって僕の方からいくつかの条件がありますがよろしいですか?」


『監視者』は引き受ける場合は条件があると俺に尋ねる。


「内容による」


 俺は一言そう答える。

 青年はその言葉に満足したように頷き


「では条件は——」


 と俺にその条件を告げた。



───────────────────



「さてと、ステラ俺はちょっと出かけて来るから大人しく寝てろよ」


 俺はステラにそう声をかけると椅子から立ち上がった。


「どこ行くの?」


 ステラは祈りをやめ自分も行きたそうな顔をして尋ねてくる。


「大したことはしねえよ。やるのは事後処理だ、事後処理。都市会館の方に昨日の夜の報告をして来るだけだ。まあついでで次の目的地を決めるための資料を少し調達してくる。だからお前はしっかり休んでろ。用事が終わったらすぐ帰ってくるから」


 俺がそう伝えるとステラは珍しく素直に頷いた。

 俺はテーブルの上に置いた紙束を回収しカバンの中に突っ込む。


「じゃあ行ってくるな」


 俺はステラがしっかりベットに横になったのを確認して宿屋の部屋を出た。





 俺は大通りを歩きながら昨日出された『監視者』からの条件を思い出す。


「では条件はあなたのナンバーと同じ3つです」


「その言い方笑えると思ってるのか?」


 俺は『監視者』の物言いに若干イラッとしたため言葉が強くなる。


「あれ? 笑えませんか? 僕自身結構うまいなーと思ってたんですけど」


 そしてそれを言った当の本人はこれであるからさらにイラッとした。


「では、コホン。話を戻しますけど条件は3つです。まあこれは僕から1つ僕の上から2つと言ったところですが」


「長い!! さっさと話せ、いい加減ステラが起きるだろ」


 真面目な話に入ったはずなのにまだふざけようとするこの青年に俺はついに我慢の限界を超えたため怒鳴った。


「あーはい。すいません『英雄』殿。さすがにふざけすぎました。とりあえず条件なんですが1つ目はこの中央都市にあと3日……いえ日を跨いだのであと2日滞在してください」


「2日? なんでだ?」


「あーそれは元老院の老害どもが少し暴れる予定なのでレオナードさんにそれの邪魔をして欲しくないんですよ」


「あのジジイども懲りてねえんだな」


 俺は2年前に自分が帝国で元老院相手にやったことを思い出しつつあの老人たちがそれに懲りてないという事実を聞きため息をついた。


「まあ彼らはレオナードさんが処分されたと思ってますからねー」


「そうなのか?」


「はい。まあそういう訳なので元老院の作戦に乗じて皇帝が少し仕掛けをするのでそれをひっくるめてレオナードさんには邪魔して欲しくないんですよ。だから2日待ってください」


「2日で何が変わるか分からねえけど了解だ」


 俺がそう答えると『監視者』は満足そうに頷く。


「では2つ目です。これはさっき言った理由と被るんですけど次の進路は〈ガニス獣国〉以外の国に行ってください」


 その言い分で納得した。帝国……というかその政治を取り仕切ってる元老院は次にガニス獣国に戦争を仕掛けるみたいだ。その準備やらなんやらを俺に邪魔されたくないからこの2つの条件を課したのだろう。


「で、最後の条件は?」


『監視者』の言い分だとこの2つはこいつの上——つまり元老院もしくは皇帝の作戦を俺に邪魔されないようにする条件だろう。

 正直それに関してはステラの故郷、〈ライナード王国〉が関わるような場合じゃなきゃ首を横に振るつもりはない。だが問題は次だ。

 俺としてはこの『監視者』は〈番人〉の中なら少なくとも話が通じるメンバーの一人だが信用だけはしないと決めた人間だ。だからこの青年がどんな無茶な条件を出してくるかと内心で身構えていた。


「最後ですね。これはまあ僕からの個人的な条件ですが……レオさんの旅に1人同行者をつけて欲しいんですよ」


「は?」


 俺は正直結構無理な条件が来るだろうと思っていたためこの条件に思わず間抜けな声が出していた。


「まあこの話の詳細は明日にでも、ついでにこの件の事後処理の報告もついでにしちゃうので」


 青年はそれだけ言うと手をひらひらと振って広場から出て行った。




 こう会話の内容を思い出していると『監視者』は本当にふざけた性格をしていると再認識した。そして俺は気づいたら目的地に着いていたみたいだ。


 そこは昨日の午前中に情報を買った酒場だ。

 俺がその店に入ると店内は驚くほど静かだった。いやこの表現は適切じゃない。

 店内にいた人物は店主を除くと2人だけ1人は昨日散々会話した胡散臭いを体現した青年『監視者』そしてもう1人は珍しい服を着た青みがかった髪の少女だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る