グラム共和国編⑥ 〜傭兵殺しの正体〜
——ああ、酷く、酷く右目が疼く。こんなに酷く右目が疼くとどうしてもあの日を思い出す。
四年前。妻の命を奪われたあの日を……
傭兵どもに復讐を決めたあの日を……
「私はこの世にいる全ての傭兵を殺す。そうしないと彼女が……妻が浮かばれない」
だから私は奪う。妻の命を奪った傭兵の命を……
たとえ直接妻の命を奪ってないにせよ私は傭兵という存在を許さない。
────────────────────
それは本当に偶然だったんだろう。
そうでなければ普通はこんな現場に居合わせるわけがないのだから。
こんなにも運良く自分が捜し求めていた現場に居合わせるなんてことなんてないだろうから。
——数時間前——
私、ステラ・フリューゲルはこの街で活動しているという商人ボニラ・アベンジさんとお茶をして今日の成果をレオに報告するため宿に戻ろうと思ってたがまだ帰るには少し早いと感じ時間を潰すためにも寄り道をしようと思い喫茶店のあった通りから外れた薄暗い路地に入った。
レオが今の私の行動を見たら小言の一つや二つ言いそうだが今は一緒に行動していないから別にいい。
また、もしものことがあればとある手段を使って呼べばいいから危機管理の面に関しては大きな問題はない。
と、私は心の中で自分の行動を正当化させながら薄暗い路地を進む。
そして私は1時間ほど経った今、安易な考えで路地に入ったことをものすごく後悔している。
「正直てきとうに歩いていても方向さえあっていれば宿に着くものだと思ってたけど……これは完全に迷ったわね」
お母様や私の世話をしてくれた侍女、そしてレオが言うには私はどうやら方向音痴らしい。
私自身最終的には自力で目的地に着くためその自覚はないがみんなが言うにはそれはあくまで結果の話であり過程の内に迷っているだろとよく言われた。
そして今回この路地で迷ったことによって私は自身が方向音痴であることをようやく自覚した。
と少し現実逃避したおかげで心の余裕を取り戻した私は今の現状をどう脱しようかと頭を働かせた。
解決法その1
来た道をそのまま辿って喫茶店のあった通り道に戻ってから宿に帰る。
解決法その2
レオを呼び出して一緒に帰る。
解決法その3
これまでの経験上今は迷っているという過程なのだからこれまで同様結果的には帰れると信じて宿へ向かってみる。
と3つほど頭に思い浮かんだが即座に2つ目の解決法を頭から消す。これに関しては私の
そして次に1つ目の解決法を消す。これに関しては正直ここまで来た自身の足取りを正確に辿れる自信がないからだ。
そういう訳で2つの可能性を消したことによって残ったのは結局いつも通りの結果的には着くだろうという楽観的な予測を信じて前に進むという選択肢だ。
私は一つため息を吐き前に進むことにした。
そうして路地を彷徨っていたらいつのまにかあたりはだんだんと暗くなり時刻的には夜へと近づいてきた。
「さすがに遅くなり過ぎると帰ったらレオに怒られるわね」
私は怒るレオの姿を思い浮かべ嫌だなと思いながら歩くスピードをあげた。
するとふと何か聞き覚えのある音が聞こえた気がした。
私は立ち止まり一度ゆっくりと深く呼吸をし両耳に神経を集中させる。
するとキィン、ガキィンと微かながら普通街の中では聴こえるはずのない金属と金属、もっと正確に言うなら武器同士がぶつかり合うような音が聞こえた。
(なんでこんな街中で武器がぶつかり合うような音がするの? なんか嫌な予感がするわね)
私はその微かな音を頼りに歩みを進める。
————キィン、カァン
——キン、がキン
だんだんと音の発生源に近づいて来ているのか聞こえてくる金属同士のぶつかり合う音が大きくなってくる。
そしてすぐそこまでたどり着いた私は自身の気配を消せるだけ消し物陰から音の発生源を覗き込む。
そこはちょっとした広場になっており、その場には争っている3人の人物がいた。
そのうち2人は首もとにチラリと見えたネックレスで傭兵だと推測できた。
そして残り1人は仮面をつけ黒いコートを身に纏っていて正体がわからなかった。
「くそっなんだって俺らが狙われなきゃならいないんだよ」
「俺らは特に悪いことなんぞしてねぇだろ」
傭兵の男たちはそんな言葉を漏らしながら肩で息をしていた。
「…………」
対称に仮面の人物は無言で手に持つナイフを構える。
男たちはそんな仮面の人物に怯えながらも自身の得物を構える。
正直私は今の状況を飲み込めていなかった。
仮面の男はなぜ一人で傭兵二人を相手しているのか、傭兵二人は逃げに徹すすれば逃げられるだろうになぜ逃げないのか……そしてこの人達はなんでこんな街中で殺し合いに近い剣戟を繰り返しているのか……
だがその疑問も傭兵の片方が発した次の言葉で全てが霧散した。
「クソが!! この傭兵殺しめさっさと地獄に堕ちろや!!」
傭兵の男が上段から振るった剣を右手に持ったナイフで流した仮面の人物はそのまま傭兵の首元を狙って左手を振った。すると傭兵の首から大量の血が噴き出した。
私はその光景を見て完全に理解した。
(マズイ!! もう片方の人もすぐに殺される)
私はそれを理解すると同時に物陰から飛び出した。
「うぁぁぁぁぁ」
私は雄叫びをあげながら傭兵殺しと呼ばれた仮面人物に向かって走る。左手には小刀、右手には通常の片手剣を召喚させ右手の片手剣で仮面の人物に斬りかかる。
キィンンンン
甲高い金属音が鳴る。
私が振るった片手剣を仮面の人物はいつのまにか持っていた左手のナイフで受け止めていた。
そこから数度右手に持つ片手剣のみで突きや払いを繰り出すがそのことごとくを流し受け止められる。
(実力はそこそあるけど練度というよりは
私はこの数度剣を結びあったことによってそう当たりをつける。
「ふぅ」
私は一度息をつき左手の小刀を霧散させる。そして新たに片手剣を左手に召喚させる。
仮面の人物は無言で両手に持つナイフを構える。
私と仮面の人物の間に緊張が走る。
だがその緊張は第三者の手によって破られた。
「相棒の仇ー!!」
生き残っていた傭兵が仮面の人物に向かって走る。
「だめ!!」
私は瞬時に制止の声を上げるが傭兵は止まることなく仮面の人物に斬りかかる。
(このままじゃさっきの男の人と同じことになる)
仮面の人物はたとえ
「させない!! 詠唱破棄、来なさい“天蠍宮・スコーピオン”」
私は右手の片手剣を霧散させ強引に出現させた魔法陣から望みの剣を引き抜いた。
「痛っ」
私の身体に激痛が走る。
私の
私はそれに耐えつつ引き抜いた剣を振る。
星剣 天蠍宮・スコーピオン
中・近距離用の剣。最大の特徴は常に刀身に毒を宿していること。
だが今に限ってはその特徴は別にいらない。必要なのはこの剣の形状。
スコーピオンは通常は普通の長剣だが実際の形状は鞭剣。
私の意思に応じて刃の部分が多重の節に分かれまるで鞭のように動く変幻自在な剣。
私はそれを利用して普通なら間合いの外にいる仮面の人物に刃を届かせる。
仮面の人物は傭兵の剣を流し反撃しようとしていたが私の刃が向かって来たことによってナイフによる反撃はできず蹴りによって傭兵を突き飛ばすのみになった。
そしてスコーピオンの刃を完全に避けきることができずその仮面が弾き飛ばされた。
「うそ……」
私の口からこの言葉が漏れていた。
弾き飛ばした仮面の人物の素顔を私は認めたくなかった。
「なんで……どうしてですか!?」
私の問いかけに応えることなくその色の違う双眸で私を睨む。
その両目は私に声をかけた時のような優しくそしてどこか引き込まれそうだった綺麗な色はなく、ドス黒い狂気を孕んだ濁った色をしていた。
私はチラッと先ほど蹴り飛ばされた傭兵の男を確認する。傭兵の男は打ち所が悪かったのか気絶していた。
正直助かった。あの人があのまままた考えなしに突っ込んだら今度こそ守れる自信はなかったから。
そして私は先程まで仮面をして正体を隠していた男、ボニラ・アベンジさんに視線を戻す。
未だに強引な星剣の召喚による激痛が身体を走るが、それを理由に引き下がることはできない。
私が引き下がったらもうそれであの傭兵の男はおしまいだ。
それに私も顔を見てしまったんだ。そんな人物をこの人は見逃すとは思えない。
私はゆっくりと深呼吸をして刃を引き戻したスコーピオンを構える。
それに呼応してかボニラさんも両手に持つナイフを構える。
先に動いたのは私だ。スコーピオンの刃を伸ばした突きを浴びせる。だがボニラさんはこれを紙一重で避けそのまま私の方へ向かって真っ直ぐ進む。
私は伸びる刃を止め引き戻す。引き戻した刃の切っ先はボニラさんの背中を目掛けている。
だがボニラさんはまるで後ろに目があるかのように半身で振り返り切っ先を右手のナイフで弾く。
そして左手のナイフを私目掛けて投擲する。
私はそれを横に飛ぶことで避け追撃に備えスコーピオンを手繰る。
スコーピオンの刃はまるで生き物のようにボニラさんを襲うがどの攻撃も避けられナイフで弾かれる。
(とりあえず一撃。一撃入れればスコーピオンの毒で)
いつのまにか私の思考は相手を打ち倒すことではなくとりあえず一撃入れるというものに変わっていた。
そしてそんな弱気な思考に切り替わっていけばおのずと……
「…………」
ボニラさんに懐まで入られ脇腹に蹴りを見舞わられた。
「アぐっ」
私が蹴り飛ばされた先は今もなお気絶している傭兵のもとだった。
私は今蹴られたことによる痛みと星剣の召喚による激痛を歯を食いしばり耐える。
(これ以上下がったらこの人が殺される。それは絶対にダメ。私はこの事件を解決するって決めたんだ。だからこれ以上被害者を増やすわけにはいかない!!)
私は立ち上がりスコーピオンを構える。
ボニラさんは投擲していたナイフを拾っておりまた両手で構える。これで何度目かになる相対、だがこうやって向かい合えるのはこれで最後だとなぜか確信できた。
私は満身創痍の体に鞭を打ってスコーピオンを振るう。スコーピオンは直線的な動きではなくそれこそ鞭のような変幻自在な動きでボニラさんを襲う。
ボニラさんはそれをしっかりと見極め落ち着いて対処する。
弾き、避け、そして受け止める。
そして私はついに痛みに耐えきれなくなりスコーピオンを手から離してしまった。
手を離してしまったことによってスコーピオンは霧散し紅く染まっていた髪は元の金色に戻る。身体を襲っていた激痛は止んだがそれでも私はもう立っているのがやっとだった。
正直終わったと思った。私は守りきれずに殺されるのだと思い覚悟した。だからこれは精一杯の悪あがきだと思いボニラを睨んだ。
私が睨んだボニラはこちらに向かってくることをせず、さっきまで迸らせていた殺気も今はなぜか鳴りを潜めていた。
「なんで……」
ボニラは呆然とした様子で私を見ていた。
「……なんで、なんでなんで」
ボニラの目にはさっきとは度にならないほどの狂気が宿っていた。
「なんで君がそいつら傭兵を庇っているんだリリア」
この人は私を奥さんと重ねているんだ。
「なぜあなたは傭兵をそこまで憎んでいるんですか?」
私はボニラに問いかける。
「リリア何を言ってるんだい? そんなのは決まっているだろう。やつらは君を殺した。君を殺したんだ。だから私は復讐する。復讐するための力も得たんだから!!」
ボニラは一歩踏み出す。
「だから退いてくれリリア。君を殺した傭兵を殺すために……傭兵という存在を根絶やしにするためにそこを退いてくれ」
私は悟った。
彼は復讐という狂気に呑まれたのだと彼はもうその狂気から抜け出せないのだと……
「リリアお願いだ」
ボニラさんは一歩また一歩と近づいてくる。
「ダメです。ボニラさん私は退きません。これ以上あなたに罪を背負わせたくありません。だからボニラさん大人しく罪を償ってください」
私の言葉を聞き入れることなくボニラさんはこちらに歩を進める。
「罪? 何を言ってるのさリリア。罪というのは傭兵たちのことだよ。彼らは君を……私の最愛の人である君を殺したんだ。だから彼らも死をもって償うべきだ」
ボニラさんは私のところまであと一歩というところで止まった。
「だからねリリアそんな奴ら庇う必要はないんだよ」
ボニラさんは私をどかそうと手を伸ばす。
私はその手を払いたいがこの満身創痍の体ではそんな行動も満足にできない。
私は無力だ。
私はなんて無力なんだ。
「おいおい呼び出されて急いで来てみればどんな状態だこれは」
だけど良かった。彼は間に合ってくれた。私の英雄はまた私の願いを聞いてここまでたどり着いてくれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます