間章 〜動く国々〜

「アインハッド師団長、出発の準備が整いました」


「そうか。本来なら出陣の際の挨拶などをするべきだが今回は将軍より極秘の任務と賜っている。だから兵には悪いがすぐにでも発つぞ」


「かしこまりました。では兵にはそのよう伝えておきます」


 そう言って伝令兵が去った後1人になった私は今回の極秘任務を命令したグラーダム将軍との会話を思い出す。




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 私はとある部屋の前で一度深呼吸をする。

 この部屋の主はこのライナード王国の中で『星剣』を扱える王や姫を除いたら誰もが納得するほどの強さを持つ方——グラーダム・イクス将軍である。

 そんな方がなぜ私のような一師団長を呼び寄せたのか疑問に思うがそれを断るわけにもいかないため未だに緊張で心臓の音がうるさいが私は覚悟を決めてその部屋の扉をノックした。


「入れ」



 私はそのたった一言で緊張など吹き飛ぶほど圧を感じた。


(これが実質王国“最強”。たった一言だけでこれほどとは……)


 私はさっきとは違った緊張感を持ってドアノブに手をかける。


「失礼します。 ライナード王国第2軍団、第1師団長アインハッド・アスカルただいま参上しました」


「うむ。忙しい中わざわざすまないな」


「い、いえ自分はそんな……」


「そう緊張するな。お前のことはラグから聞いてる」


「ラグレク軍団長が……ですか?」


「うむ。あいつの見る目は確かだからな。だから今回君を呼んだ」


「は、はあ……」


 私は今回自分が呼ばれた理由が上司に信頼されてるからという理由に思わず生返事をしてしまった。


「まあただそれだけの理由で呼ばれるなんて普通は思わないな」


 将軍は私の生返事の理由をズバリ当てる。

 私は何も言えずに自分の顔が引き攣るのを感じた。


「まだまだ若いな。だがまあ君の予想はあながち間違いじゃない。今回私が君をここに呼んだ理由はとある任務で君に指揮を取ってもらいたいと思ったからだ」


「わ、私にですか?」


 私の問いかけに将軍は頷く。


「そのお話は光栄なのですが私はまだまだ若輩者です。ですので……」


「大丈夫だ。今回の人選にもっとも重要なのは長期の間動いても問題がなくなおかつ信頼に値する人物ということなんだ」


 私は最初辞退しようと口を開いたが将軍にこう言われ少し考え込む。


「とりあえず君の意思を聞きたい。すまないがそれからじゃないと任務の詳細は話せない」


 私は迷う。この話はとても光栄な話だと思う何故ならばこの国の軍部のトップであるあのグラーダム将軍から直接の任務だからだ。

 だが逆に考えるとそれだけの大物から託される任務だ。それだけ重要なことなのだと思う。


 私がそう悩んでいると不意に目の前の将軍はフッと柔らかい笑みを見せる。


「いや、すまない。君のそのような姿を見ると親友の若い時を思い出してね」


「親友ですか?」


「ああ。私と親友が君ぐらいの歳の時にな、私は今もそうだが即断即決で動いているんだが私の親友はとても慎重派でね。他の人間ならすぐにでも飛びつきそうな話があったとしても少し悩んで色々調べたあと決めるやつだったよ」


 将軍の噂は色々聞くがどれもだいたいは成した功績や武勇伝が多い。だからだろうか将軍がこんな楽しそうに笑う時期があったことに私は少々驚きを覚えた。


「すまないな。つい私の昔語りをしてしまった」


「い、いえ。大丈夫です。むしろとても興味深いお話を聞かせて頂いたと思っています」


「そうかそうか、ならいいんだ。では、悪いんだが君の返事を聞かせてもらってもいいだろうか? 本来なら少し時間をとるべきなんだが内容が内容でな時間との勝負になるんだ」


 将軍は先ほどの楽しそうな笑顔ではなく仕事の顔に戻っていた。


 正直私はもう少し悩んでから答えを出したかった。だがそうも言ってられないみたいだ。

 それだったら私は自分の納得できる返事をしよう。

 私はそう心に決め将軍に返事をした。


「今回の任務の指揮、まだまだ若輩の身ですが誠心誠意努めさせていただきます」


 私の答えを聞き将軍の表情は少し柔らかくなった。


「そうか。君の決断に感謝を。ではアインハッド・アスカル、君に任務を言い渡す。内容は…………」






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「アインハッド師団長。兵への伝達終わりました」


 先程の伝令兵が全兵に出発の伝達を伝えたらしく完了の報告を受けた。

 私は一度頷き馬の手綱を操り反転する。


「今回の任務に参加する全兵に告げる。私は

 第2軍団第1師団長アインハッド・アスカルである!! 今回の任務の指揮を勤めさせていただく」


 先程まで少しだけ騒がしかった兵たちは私の名乗りを聞いて静かになった。


「今回の任務は将軍閣下からの極秘任務である。そのため皆には申し訳ないがこんなところに集まってもらった」


 私がこんなところと言ったようにここはいつも軍が出陣の際に使う場所とは違い王国の外れの方にある谷で出陣の用意をしていた。


「今回の任務は長期にわたる任務となる。任務内容は周辺国の情勢の調査・探索。場合によっては周辺だけではなく遠くの国に行くこともある。だが他国に入るため人数は50人ほどと少数による任務となる」


 今回集められた人員は私の師団からも何人かはいるが他の軍団や師団出身の人間も多い。

 だから私の顔を知らない者も何人かおり私自身知らない顔がちらほらといる。


「他国に入る場合は5人1組となり分散して任務を行うことになるがそれ以外の時は基本私が指示を出す。そして注意事項としては極力祝福ギフトの使用は控えるように、我々の祝福ギフトは他国の人間に周知されている。以上それでは出発する」


 私は馬を反転させ人がいるはずのない谷から最初の目的地グラム共和国に向け出発した。




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「いやー50人っていう少ない数なのになんか壮観ですねー」


 本来なら誰もいないはずの谷に2つの人影があった。


「ライナード王国は……帝国と違って…一人一人が戦士。だから……少ない数でも…強い。この前の戦争負けたのそれが原因……でもある」


 片方は饒舌に喋る一方もう片方は少しカタコトで喋る。側から見ると相性はあまり良くなさそうに見えるがこの2人に限ってはそうでもない。


「にしてもよくこんな場所見つけましたね『暗殺者』さん」


「この国の将軍……張ってたらあの指揮官入った。だから尾行………した」


「相変わらずデタラメですね。ここの将軍って『英雄』さんの未開放時同等もしくはそれ以上の実力ですよ」


「拙は暗殺のみ……の人間。だからこれくらいできなければ…………所属している……意味がない」


「『暗殺者』さんは自己評価が低すぎると思いますけど……まあそこが『暗殺者』さんの美点だと僕は思いますけどね」


 2人の会話はここで止まる。

 2人の視線は動き始めた兵士たちに集まった。


「動き始めましたね」


 こくんと『暗殺者』と呼ばれた者は一回頷いた。


「とりあえずこの兵たちはなんで集まったんですかねぇ?」


 ふと『監視者』がなんの思いとかもなく疑問を口にした。


「それは……ライナードの行方不明になった……………姫を探しに行く……らしい」


「…………え? それホントですか?」


「ん……拙はそう聞こえた」


「そうですかー、これは厄介ですね」


 『監視者』のつぶやきを聞いた『暗殺者』は首を傾げる。


「あーこれに関しては他の案件になるのでいくら『暗殺者』さん相手でも教えられないんですよ」


 『監視者』にこう言われては『暗殺者』も深く聞くわけにもいかず少し気になりはしたが聞くのは諦めることにした。


「さて、『暗殺者』さんすいません。僕は少し用事ができたので出掛けてきます。ついでにこのことの報告と監視の継続は僕がしときますので『暗殺者』さんは本来の任務に戻ってもらって大丈夫ですよ」


 『暗殺者』が頷いた。『監視者』はそれを確認したあとその場から消えた。




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(さて、これから忙しくなるなー。とりあえず目下は元老院の作戦の邪魔とレオナードさん達の監視。……タイミングをみてライナードの動きをレオナードさんに伝えないとなー)


 そんなことを考えながら『監視者』は宮殿の中を歩く。目指すべきはただ一つ『監視者』が所属する組織〈番人〉の長の元へ一直線に進む。


 そして『監視者』は宮殿の地下にたどり着いた。そこは罪人などを繋ぐ牢屋であるが『監視者』はそんなことを気にせず一番奥へ向かう。

 一番奥の牢屋にたどり着いた『監視者』は懐からⅣとマークのついた懐中時計を取り出す。すると『監視者』の姿は元からその場にいなかったかのように忽然と消えてしまった。




 『監視者』はその場にたどり着くとすぐ膝をついて頭を下げた。


「やあシモンお疲れ様」


 そんな『監視者』を労う言葉が彼の頭を下げた先から聞こえた。


「いえいえ陛下、僕は他の皆さんと比べたら直接の戦闘がない分苦労は少ない方ですよ」


「そう謙遜することないのに、シモンはみんなと違って戦闘が少ない分一番僕のワガママに付き合ってもらってるんだから」


 陛下と呼ばれた声の主はさっき『監視者』が『暗殺者』に言ったのと同じようなことを『監視者』に言う。

 つくづく自分は他人の影響を受けやすいなと『監視者』は内心苦笑する。

 だが目の前の存在の次の言葉でその苦笑するほどの余裕が消えた。


「で、首尾のほうは?」


 目の前の存在は少年のような無邪気さが見える声がするのにその奥底には幾年もの修羅場を越してきたそんな老獪さを感じた。


「はい、陛下。まず〈ガニス獣国〉の方への仕込みは完了しました。とりあえずそっちの方は『指揮者』さんがやります。不確定要素としてはつい最近目覚めた『災厄』さんの方でしょうか?」


「あ、そこに関しては問題ないよ。彼には満を辞して登場してもらうから」


「そうですか。では、次の報告です。先日『英雄』さんと少し交渉しました」


 目の前の存在は『英雄』という言葉を出した瞬間やはり興味があったのか食いついた。


「へぇーレオナードにね……」


「はい、『英雄』さんがちょっとした事件に巻き込まれたのでそれの後始末をする代わりにガニスの方への不干渉としばらくの待機をお願いしました」


「そうかいそうかい。確かにレオナードが干渉したらガニスの方はどうなるかわからなくなるからね。まあでも、そっちの方が面白いかもしれないけど」


 そんな不穏当なことを楽しそうに言う彼に『監視者』は背筋が軽く凍える感覚を覚えた。


「そんな不安そうな顔しなくていいよシモン。君が作り出した結果に僕は干渉するつもりはないからね。ガニスの方は最初の計画通りシモンとランドルフそれとギリウスの3人にやってもらうつもりだよ」


 それを聞いて安心したのか『監視者』は思わずホッと息をついてしまう。そしてそんな態度を取ってしまったことに慌てるが目の前の存在の笑い声でそれは杞憂に終わる。


「やっぱり緊張するかいシモン?」


「ええまあ自分は1番の新参ですしまだまだここに加わって日も浅いですし……」


「日が浅いって言ったってシモンが加わってからもう5年経つけどね。……まあそうだね僕も含めて〈番人〉は全員化け物って言っても過言じゃない人間が揃ってるからね」


「いえいえそんな……」


「ま、そこは別にいいさ。ある意味悠久の時を生きる僕や『守護者』それに『英雄』とかと比べたら君はただの人間なんだ。それぐらいは構わないさ」


 目の前の存在は軽い調子でそんなことを言うが『監視者』からしてみればそんな軽い調子で済む話ではなかった。


「そ、そうですか……。では、僕からの報告は以上です」


「うん、ありがとシモン。じゃあガニスの方はよろしくね」


 『監視者』は一礼するとその場から立ち去った。




 『監視者』が立ち去った後その場には2残っていた。


「で、『皇帝』これからどうするんだ?」


『監視者』の報告を聞いていた時は全く口を開かなかった男が隣にいる存在に聞く。


「まあそうだね……サイガはどうするべきだと思う?」


 サイガと呼ばれた男はため息をつく。


「俺はお前の意見を聞いているんだからこっちに聞き返すな」


「ふふ、それは悪かったよ。うん、じゃあ教えてあげるよサイガ」


『皇帝』そう言い指を一つ挙げる。


「まず、今回の元老院側へのちょっかい確実に成功するから僕たちは何もする必要はないよ」


 そして二つ目を挙げる。


「次にレオナードのことだけど、レオナードとは然るべき時に絶対に関わることになるけどそれは少なくとも今じゃない。だからそこも気にする必要はないさ」


「最後に……」


 そう言って『皇帝』は三つ目の指を挙げる。


「僕自身このにやっと慣れた。だからそろそろ表舞台に姿を表すとしよう。それこそ元老院の作戦を潰してからね」


『皇帝』楽しそうにそう言うとさっきまで座っていた椅子から立ち上がった。


 立ち上がった『皇帝』を見るとすぐにわかるがその姿はまだ幼さの残る少年であった。


 そんな少年の後ろにサイガと呼ばれた男は付き従う。


「さてサイガ、今回も好き勝手して暴れ回ろうじゃないか」


 少年は振り返りサイガに手を差し伸べる。

 サイガはその少年に跪きその手をとる。


「ああ。俺はあの時の約束同様お前に一生ついていくと誓おう。オルフェリウス・X・バルレーベン皇帝陛下」

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