グラム共和国編③ ~レオナード・アインテイルとは〜

 夜が明けた。

 まだ日が昇って間もない時刻だからか街は静寂に包まれている。


 そんな静寂もあと少ししたらこの街の賑やかさで影もなくなるだろう。


「さて、今日で3日目か。依頼人からは対象の暗殺か7日間の足止めか……」


 宿屋のとある一室でベットから少女が起き上がる。少し青みがかった短い髪を手櫛でときながら少女はクローゼットに近づく。


「対象は昨日の時点で用事を済ませていたから今日明日にはこの街を出てもおかしくない」


 少女がクローゼットを開けると一着の服とスカートが掛けてあった。

 少女はその服を取り出すと着ていたワイシャツを脱ぐ。


「どちらにせよ対象がいつ動き出しても対応できるように今日は外に出なきゃかな」


 少女は取り出した服を着ると次はスカートをクローゼットから取り出し履く。スカートも服の両方とも黒く少女はそんな黒い服の胸元に赤いリボンを結ぶ。


 その服装はおおよそこの世界の人間には馴染みはないが少女の世界の人間、つまり流れ者ドリフターにとっては見れば誰もがわかるセーラ服である。


 少女にとってセーラー服は普段着兼戦闘着である。少女が持ってるトランクにはわざわざ同じタイプのセーラー服があと2着収納されている。


 少女は脱いだワイシャツを丁寧にたたみ、しまうためにトランクを開く。

 トランクは開くとしまうスペースが階段状で三つ現れる機能になっており1番上は服や貴重品。真ん中にはナイフや食料などのサバイバルキット。そして1番下には分解された金属製の部品がしまわれている。

 少女は1番上のスペースにワイシャツをしまいトランクをゆっくりと閉じる。


「受けた依頼は確実に達成するそれが傭兵の矜持だ。だから『最強』私はあなたに挑む」


 少女は決意を胸にトランクを持ち上げ部屋を出る。




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「ほんと気持ち良さそうに寝るなこいつ」


 俺はステラが寝ているベットの隣に椅子を持っていきステラの寝顔を眺めていた。


「こんな顔を見ているとつい2年前まではあんなに辛そうな顔をしてたのが嘘みたいだな」


 初めて会った時のステラは戦場を知らないお姫様だった。使命感に溢れ戦場の悲惨さを知らないそんなお姫様だった。

 そんなお姫様は当然戦場というものに耐えられるはずがなく最初の邂逅はわずか数分で終わった。


 次に会った時はいくつかの戦場を超えたのだろう最初の頃とは違い隙がなくなっていた。戦場に立つことへの恐怖を知り戦場での心構えを知った顔だった。だが、まだ足りず。結局俺に剣を折られ敗走するしかなかった。


 3回目に会った時はもう見ていられなかった。敵国の主力で殺さなきゃいけない相手なのにその手を止めてしまうほど彼女の心はボロボロになっていた。


 彼女のそんな辛そうな顔を見たくなかった。16歳の少女が戦場を駆ける現実を受け入れたくなかった。だからなのか俺は気づいたら彼女に手を伸ばしていた。そして彼女はこんな血塗られた手を取ってくれた。



 俺は気づいたらステラの頭を優しく撫でていた。


「んーむ、むにゃ」


 ステラはすごく幸せそうな顔をしていた。


「願わくばこれからのこの娘の人生に幸あれってな」


 俺はそう呟きながらステラが起きるまで彼女の頭を撫で続けていた。

 そのあと起きたステラが俺の行動に驚き叫びながら祝福ギフトを使ってきたがギリギリ斬りつけられる前に部屋を脱出できた。



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「さすがにさっきのは命の危機を感じたな」


「それはレオが寝ている私にイタズラをしたからでしょ!! 」


「なっ!? イタズラって言い方が悪いぞ変な誤解されるだろ」


「寝ている女の子の頭を撫でるのがイタズラじゃなかったら何になるのよ‼︎ 」


 そんな言い合いをしながら朝のちょっとした騒動を終えた2人は大通りを歩いていた。


「ねえレオ今日は何をするの? 」


「とりあえず最初に都市会館に行こうと思ってる」


「また都市会館にいくの? 」


「ああ。ま、今回は手続きとかじゃないけどな」


「じゃあなんで行くの? あそこって主に手続きとかをする場所じゃないの? 」


「まあ基本そうだけどあそこはそれなりに調べものもできる。だから向かうんだよ」


 レオとステラがそんな問答しているうちに気づいたら都市会館の前に着いていた。

 俺は都市会館の扉を開ける。都市会館の中は昨日同様そこその人がいた。だけど昨日と少し違い


「おい、例の資料はまだか!! 」


「はい、その資料はこちらに。また奴がやったんでしょうか? 」


「そんなもん知るかそんなこと考える前に資料まとめろ!! 」


 といった具合で喧騒に包まれていた。その喧騒の中心はカウンターの奥の職員でステラやレオの他にも都市会館に用があってきた人の大半が何が起きているのかわかっていなかった。


「何が起きてるのかな? 」


 ステラがレオに聞くがレオも理由がわからず首を振ってわからないと伝えるだけだった。レオとステラが入り口前で立ち尽くしていると背後から声をかけられた。


「どうされましたか? お困りですか? 」


 2人が振り返ると大量の紙束を持った女性職員が立っていた。


「いや、困ってるわけではないんだが。ここの様子がなんか慌ただしいようで何があったのかと思ってな」


 レオがそう答えると女性職員の顔は苦いものになった。


「申し訳ありません。今朝早くにある事件が起きてしまったせいで都市会館の職員がその資料整理等で少し慌ただしくなっているんですよ」


「へぇー、そうなんですか。ちなみにその事件ってのはどういうものなんだ? 」


 女性職員は顔をしかめ少し言いにくそうだったが周りを確認して2人に近づきこそっりと教えてくれた。その後職員は持っていた紙束を届けるためカウンターの奥に下がった。


 職員から事件の内容を聞いた2人は揃って苦い顔をしていた。



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「さてと、用事を済ませるとするか」


「あ、結局用事ってなんだったの? 」


 2人は職員の話から気を取り直して本来の目的を果たそうと都市会館のある部屋へ向かう。


「色々考えたんだが早くて明日、遅くても明後日にはこの街を出ようと思ってるんだ。だからそのためにも次どこに行くか決めるためにここに来る必要があったんだよ」


 レオはそう言いとある部屋に入る。その部屋には色々な国の資料が置いてあり中央には大きな地図が飾られていた。


「何この部屋? 」


「この部屋は主に旅人や商人に向けた今の各国の情勢とかをわかりやすくまとめた資料を置いてる部屋なんだよ。で、あの中央にある大きな地図が大陸地図、まあこの大陸の地図だな。あれはかなり簡略化してるからこの街周辺を調べたいなら奥にあるもう少し小さいあの地図の方がいいな」


 レオが指差した先には中央にある地図よりも二回りぐらい小さい地図があった。


「とりあえず色々見て行きたいと思った国があったら言ってくれ。それに合わせて情勢とか見てこれからの進路を決めてくから」


 2人はそれからしばらくの間その部屋で色々な国の資料を見ていた。

 ステラにとってライナード以外の国はどれも目新しく色々と見ていたら気づいたら時が進んでいた。


 ステラは空腹を感じ昼食しないかと提案しようとしてレオを探した。


 しばらく探してようやく見つけたレオはある国の資料を見ていた。


 その資料を見ているレオの顔にステラは驚いた。

 その顔はいつもステラに諭すような優しい顔ではなく、戦闘時に見せるような勇ましい顔でもない。思い出話をするときの懐かしそうな顔でもなければ経験を語るときの自慢げな顔でもない。

 この時レオが見せたその顔はなにか大きな過ちを犯した後悔と大事なものを失った人間がみせる悲しみの顔だった。


 ステラはレオに声をかけるのを躊躇った。が、何故か踏みとどまってはいけないと思った。ここで一歩踏み出さなければならいと直感で感じた。


「悪いなステラ」


 だが苦笑いをしたレオがステラが踏み出す前に振り返った。


「……いや、いいの。ところでレオ、私はお腹が空いたわ。お昼を食べましょ」


 ステラは自身の声が震えていたことを自覚した。だがなぜ震えていたかまではわからなかった。


「あぁわかった。昨日みたいに露店巡りにするか? それとも店で落ち着いて食うか? 」


 レオはステラの声が震えていることに気づいたがあえてそれは口にしなかった。そしてレオの顔は先程の顔とは違いいつもの優しい顔に戻っていた。


「そうね。次の目的地の相談もしたいから落ち着いて話せる店の方がいいわ」


「わかった。なら俺が1人でこの街に来た時によかった店があるからそこに行くか」


「ええ、楽しみにしてるわ」


 ステラの心にはなんとも言えないモヤモヤした感情が滲んでいた。




────────────────────



 レオのオススメの店はちょっとした裏路地にあった。店に入ると一般の客だけではなく傭兵も何人かいた。


「このお店は傭兵の人も入れるのね」


 ステラは一部の客がつけている首飾りを見て傭兵がいることに気づく。


「あぁ傭兵はいるけどこの店では悪さはできないぜ悪さした瞬間にここの店主にボコボコにされるからな」


 レオが視線を向ける先には横幅がステラの2倍はあるであろう男性がいた。

 その男性はレオの視線に気づいたのか2人のもとにやって来た。


「いらっしゃい。ここはテリアの料理店へようこそ。俺はここで店主をやってるゾンダ・テリアだ。よろしくなお嬢ちゃん」


 店主ゾンダは言葉は少し粗暴なものの温かみを感じる人だった。


「久し振りだなゾンダ」


「ああ久し振りだなレオ。元気にしてたか? 」


「ああ、この前リジトリスでのドラゴン退治で少しケガしたぐらいだぜ」


 レオとゾンダは昔からの知り合いみたいで固い握手を交わしていた。


「相変わらずだなお前は、なんだ? まだレオナード・アインテイルに憧れてんのか? 」


「もちろんだ。2年前の戦争で失踪したって話を聞いた時はショックだったがあの人のことだ。どうせ生きてるだろうよ」


「ああ違いないな」


 と笑い合ってる2人の会話にステラはついていけてなかった。


 それからレオとゾンダがしばらく話した後ゾンダに連れられてレオとステラはテーブルについた。



 テーブルについてすぐステラは周りを確認してから小声でレオに尋ねる。


「ねぇレオどういことなの? 」


 この言葉だけでレオはステラが先程のゾンダとの会話で混乱していることが手に取るようにわかった。


「ステラはレオナード・アインテイルという傭兵についてどこまで知ってるんだ? 」


 レオはステラに合わせ小声で尋ねる。

 ステラは少し考え込む。


「私が知ってるレオナード・アインテイルはあなたのことよ。だから私はさっきの会話の意味がわからないの。どういうことなの? 」


「まあステラは箱入りのお姫様だから知らないのも無理はないか。まず傭兵レオナード・アインテイルってのはその姿形を認知してるのはほんの一握りの人間だけなんだ」


 その事実にステラは驚愕する。


「え、でもあなたはすごい有名なのよ」


「あぁ、たしかに有名だ。まあこれは俺の知人がもつとある祝福ギフトの影響なんだが……」



 レオ曰く、とある知人がいるのだがその知人は偉い役職の人間らしい。その知人はレオを雇っているということを他には知られたくないためレオナード・アインテイルという傭兵の名前と功績以外の情報全てを自身の祝福ギフトで抹消したらしい。


 ステラはこの話を聞き恐ろしさを感じた。自分もいつかレオのことを思い出せなくなってしまうのではないかと恐怖を感じた。


 そんなステラの様子に気づいてかレオは優しい笑みを浮かべる。


「大丈夫だ。抹消したのは一回きりしかも世界規模かつ人の記憶に干渉するような祝福ギフトだ。そんなホイホイ使われるようなものじゃねぇよ」


「でも、その祝福ギフトが使われた後もレオは行動しているはずよね? それなのに誰もわからないの? 」


「それに関してはまたややこしい説明になるからまた今度にしてくれ。まあでも簡単に説明するならその祝福ギフトの力を込められたある道具を俺が所有しているからってところだな」


 ステラはまだ色々な疑問が残っていたがゾンダが料理を持って来たためそれを聞くことはできなかった。


 ゾンダが一通り料理を運んで席を離れたのを確認してレオが


「まあとりあえず、俺はレオ・アイアン。最強の傭兵レオナード・アインテイルに憧れたしがない傭兵さ」


 とイタズラっ子のような笑みを浮かべる。

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