グラム共和国編④ 〜傭兵殺し〜

 2人はゾンダの出した料理を一通り堪能した後、辺りを確認し声を潜めて話始めた。


「そういえばレオ。さっき都市会館で聞いた話なんだけど……」


「あー傭兵殺しか? 俺らにはあまり関係ないから気にするな」


 レオのこの物言いにステラはムッとする。


「確かに関係ないかもしれないけど人が死んでるのよ!! それなのに関係ないで一蹴するのはおかしいわ」


 ステラの声が少し荒くなる。レオはそれを宥めつつ周りに目を向ける。

 幸い今のところ2人に注目してる人間はいなかった。その様子に少し安堵する。


「ステラ、俺らの立場を忘れるな。そうやって安易に事件に首を突っ込んでそこから足がつく可能性もあるんだぞ」


 レオが言うことは正しい。レオたちは一応死んだということになっているが実際に2人が死んだというがない。

 だから旅に出るのに2年という月日を『秘境』と呼ばれる普通なら人に見つからないような場所で隠れ住み保険をかけといたのだ。


 だがそこまでしても万全とは言えない。その理由の1つは祝福ギフトだ。

 他人の痕跡を看破することに特化した祝福ギフトを持つ人間がいればすぐにでも2人が生きているとバレてしまう。


 そういうこともあってレオは自分とステラの痕跡を残さないためにもやむを得ない事情を除いて極力面倒なことに関わるのは避けたいのだ。


 ステラもそれは頭ではわかっているのだ。だがまだ18歳の少女だ。レオのように自分とは無関係だからと割り切ることは難しかった。


「わかった。ならレオはいい!! 私1人でやるから」


 ステラはバンと机を叩き立ち上がるとレオの制止の声を上げる前にすぐに出口に向かってしまった。


 ステラが出て行った後店の中に静寂が訪れた。

 店の中にいた人間はレオに同情の視線を向ける。


 ステラを制止しきれず席を立ち上がって固まっていたレオに店主であるゾンダは近づき


「まぁドンマイ」


 と声をかけた。


 瞬間、店の中は大爆笑に包まれた。


 レオはそんな店の中で大きくため息をついた。



────────────────────


(ほんとになんなのよレオのやつ!! 人殺しが出てるのに関係ないからって見逃すってどういうこと!! )


 ステラはさっきのレオとの会話を思い出しては苛立つを繰り返しながらあてもなく街を歩いていた。


 ステラは美人だ。それも元とはいえお姫様だ。怒りで少々我を忘れているとはいえその顔は美しく。歩き方も優雅とは言えないがどこか気品を感じられるものだった。


 そんな美人である彼女のことを道ゆく男が放っておくわけがなく彼女に声をかけようとするがだいたいは彼女が放つ不機嫌な雰囲気を察して実行には移さなかった。


 だがそんな不機嫌オーラを放つステラに声をかける男がいた。


「やあやあ可愛らしいお嬢さん。私とお茶を一杯でもどうだい? 」


 ステラに声をかけた男は年は二十代後半で黄土色のトレンチコートに身を包んでいた。

 だがそれよりも特徴的なのがその目だった。

 右目が黄色、左目が緑色、所謂オッドアイだった。


 ステラがしばらくその目に見入っていると


「反応を返してもらえないと私はどうするべきか困ってしまうんだが」


 と青年の戯けた口調で困った顔をした。

 ステラは慌ててその目から意識を外した。


「ごめんなさい。ついあなたのその綺麗な目に意識を持ってかれてしまって反応を返すのが遅れてしまったわ」


 青年にならってかステラも戯けた口調でそのように言葉を返した。

 そんなステラの返しに青年は微笑み。


「なかなか聡明なお嬢さんのようだこれは是が非でも一緒にお茶をしたいものだ」


「あら、口がお上手ですね。ですけどごめんなさい。私やることがあるのでお茶をしている時間ないんですよ」


 ステラは愛想笑いを浮かべやんわりと青年に断りを入れる。


「そっか……それは残念だ。ならせめて名前だけでも教えてもらえないかい? 」


 青年のお願いにステラは首を振る。


「いえ、私はお兄様に知らない男性相手に無闇矢鱈と名前を教えてはいけないと言われてまして……」


 ステラはさすがに気を悪くするかなと内心思い青年の反応を伺うが青年はステラが思っていた反応と真逆の反応を見せた。


「ハハハ。確かにその通りだお嬢さん。これは失礼。私はボニラ・アベンジという。この街に住んでいる商人さ」


 と青年は軽快に自分の名前を伝える。


 ステラは青年のその反応に驚きつつも


「すいません。さすがに言葉が過ぎました。私はステラ・フリューゲルといいます。この街には旅の途中で来ています」


 と丁寧にお辞儀をして自分の名前を伝えた。


「ふむ、ステラさんか……良い名前だね」


 青年ボニラの褒め言葉にステラは一礼する。


「ありがとうございます。是非次の機会があったらまた声をかけてください。その時は一緒にお茶をできるといいですね」


 ステラはそう言ってボニラに背を向け歩いて行った。

 心なしかステラの機嫌が少し良くなっていたのか足取りは先程とは違ってどこか軽いものだった。



────────────────────



 ステラが店を飛び出したあとレオは会計を済ませてステラを探しに街を歩いたが見つかる気配がなかったから諦めて少し早めに宿に戻った。


「ステラのやつなんであそこまでキレんだよ。確かに人殺しは許せない。その意見はわかるけど俺たちがどういう立場なのかわかってんのか? 」


 レオはベットに仰向けに寝っ転る。

 日はまだ落ちてないが窓の位置の都合上部屋は暗く、目を瞑ればそのまま意識も暗闇の底に落とせそうだった。

 だがレオはそれをせずに目を開いたままだった。


 そうしてベットの上でじっとしていること3時間。

 部屋の扉がゆっくりと開かれた。

 扉を開いたのは何も情報を得られなかったのかムスっとした顔のステラだった。


「よう、おかえりステラ」


 レオはベットから降り灯りをつける。

 暗闇に目を慣らしてしまったためかレオは眩しそうに目を細める。

 ステラはそこまで眩しそうにしてないことから外は日が落ちてからまだそこまで時間は経っていなかったのだろう。


「ただいまレオ」


 ステラは未だに不機嫌な様子で口調もぶっきらぼうだった。


「その様子だと大した情報は得られなかったみたいだな」


 レオのこの言葉にステラは眉をひそめる。

 レオはそんなステラの様子に御構い無しに自分の手荷物から食糧を入れている袋を取り出した。


「どうせ何言ってもお前は聞かないだろ。だからこれでも食って今日は早く寝ろ」


 レオは取り出した袋をステラに投げ渡す。

 ステラはそれを受け取り袋の口を開く。中には干し肉やパンなどの保存食が入っていた。


 ステラはなぜ街にいるのに保存食を? と首を捻った。

 だがしばらくしてあることを思い出した。


 レオの傭兵時代にやっていたよくわからない流儀の1つ。

 同じ街に5日以上留まることになる場合6食までは外食をするが7食目以降は自分で調達して調理するか保存食にする!! という流儀。


 レオ曰く金の無駄遣いを防ぐためというのとその街に知り合いを増やさないためだそうだ。


 聞いたばっかの時は前者はまぁわかったが後者はよくわからなかった。

 だけどこの街に来てその意味がよくわかった。


 街の人間からすると良くも悪くも外の人間は目立つ。そのため食事処など人が多く集まるところに行くとどうしても人と関わることが多くなる。

 そして人と関わると自分を知る人間が増えてしまう。

 普通ならそれは良いことだが今の私たちは逃走中の身、一応死んだということにはなっているがどこでその嘘がバレるかわからない。だから残す情報は少ないに越したことがない。


 ステラはそんなことを考えながら袋の中から干し肉を1つ取り出し口に入れる。干し肉は塩味が強く水が欲しくなった。

 ステラは宿の女将さんから水をもらおうと扉に向かおうとしたらいつのまにか近づいていたレオに水筒を渡される。


「ありがと」


 ステラは礼を言うと


「4日だ」


 レオの唐突なこの言葉にステラは首をかしげる。


「この街に滞在できる最長時間はあと4日だ。それまでに見つからなかったらスパッと諦めろ」


 レオはそれだけ言うと自分のベットに向かい布団を被った。

 さっきまでの寝っ転がっているだけの状態とは違い今度はちゃんと寝るようだ。


 ステラは干し肉とパンを1つずつ食べ水を飲む。そして部屋に備え付けてある洗面室で体を拭き着替えてすぐに自分のベットに潜り込んだ。


 ステラはベットに潜り込んだはいいが何度かバタバタと悶えしばらくしてやっと規則正しい寝息が聞こえた。


 レオは上半身だけ起こしそんなステラの様子を苦笑いして見ていた。


────────────────────




「ふぅ今日も街から出て行くことなく寝たか」


 ショートカットの髪を風になびかせ少女は息をつく。

 少女がいる場所はこの中央都市の中でも数少ない高い建物の1つグラム共和国の政府会館である。

 何故少女がこんな場所で陣取れるかというと今回の依頼主である青年が何故かここの入場許可書を持っていてからだ。


「あの胡散臭い男は本当に何者? 」


「んー何者? と言われても機密事項ですから申し訳ないですが答えられませんよ」


 少女は突然聞こえた声に驚き腰に隠していたものを抜き振り返る。少女が武器を突きつけた先にあるのは今回の依頼主、少女が胡散臭いと言っていた男だった。


「驚かせたみたいで悪いとは思いますけど、そんな風に武器を突きつけられると少し悲しいですね。それに胡散臭いですか……まあそれなりに自覚はありますがいざ言われるとちょっとショックですね」


 男は口ではそう言うもののその表情は全くと言っていいほど悲しんだりショックを受けてたりしていなかった。


「それで何の用? 」


「明日で4日目ですからね。進捗をと思いまして」


 少女は1度目を閉じてゆっくりと開き青年に報告する。


「昨日の時点で標的はここでの目的を終わらせた。だから予想では今日にはこの街を出ると思ってたが、同行者との間で何かあったみたい。そのおかげか結局今も宿で寝ている」


 少女の報告を聞き青年は顎に手を当てて考え込むポーズをとる。


「なるほど。報告ありがとうございます。では、引き続き依頼の方よろしくお願いしますラピスさん」


 青年はそう言って立ち去ろうとラピスに背を向ける。


「ちょっと待って」


 だが立ち去る前にラピスが青年を引き止めた。


「なんでしょうか? ラピスさん」


「一つだけ聞かせてレオナード・アインテイルの同行者のあの少女は一体何者なの? 」


 ラピスのその問いに青年は首を横に振る。


「お答えしたいのは山々なんですが確証を得られていないのでお教えできません」


「なら予想だけでも教えて。情報が少ないと依頼に……」


 とラピスが言い終える前に言葉を止めることになった。

 理由は単純、生命の危機に晒されたからだ。


 具体的に言うなら目の前にいたはずの青年がいつの間にか背後に立っていて見えない何かでラピスの首を絞めているからだ。


「これ以上情報欲するのはやめといた方がいいですよ。こちらの事情に深入りすると僕はあなたをしなければいけなくなりますから」


 青年はそう忠告するとラピスの首を絞めていた何かを緩めた。

 首を絞めつけていたものが無くなった瞬間ラピスは今まで自分の首を絞めていたものが見えた。


(糸? )


「さてと、それでは僕はもう失礼しますね。多分次会うのはラピスさんが依頼を成功もしくは失敗した時の報告の時ですので良い報告期待してますよ」



 青年はそう言ってラピスに背を向けて立ち去った。

 ラピスはその背中を無言で見送った。




────────────────────



 レオとステラがグラム共和国中央都市に着いてから3日が経ち4日目の朝を迎えた。


「さてステラ。問題解決に使う時間は今日を含めてあと4日だ。それより長い時間の滞在は流石に認められない」


 レオの念押しにステラは一度頷く。


「それと正体不明の相手を探すことになる。だから効率的に考えて別々に調査した方がいい」


「で、でもそれは……」


「そうだな。もし俺らの正体を知る奴がいたら色々と厄介なことになる。だけどお前はこの件を解決したいんだろ? 」


 レオのこの問いかけにステラは真剣な表情で頷く。


「なら覚悟を決めろ。正直俺もこの人殺し案件は少し胸糞悪いと思っているからな。だから次の被害が出る前に迅速に片付けるぞステラ」


「えぇ!!」


 こうして2人は傭兵殺しの捜索を開始した。

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