旅の始まり③ 〜動き始める者たち〜

 そこはライナード王国。その城の廊下を老人は駆け抜けていた。周りの人間はその老人を何事かと眺めていたがその老人が向かう先を確認するとすぐに自分たちが声をかけて邪魔をしてはいけないと気づき仕事に戻って行く。

 やがて老人はある部屋の前に着きその扉に手をかける。

 普段その部屋はノックをしてからではないと入ってはいけない場所なのだが老人にとって今はそうも言ってられないほどの緊急事態であった。


「陛下。ノックもせずに失礼します」


 老人が部屋へ入るとそこには長机につき様々な資料と格闘していた男性とその隣に煌びやかな宝石を身につけ男性同様資料と格闘していた女性がいた。


 その2人のうちの男性の方が睨みつけていた資料から視線を外し急に部屋へ入ってきた老人に視線を向けた。


「どうしたカーマン。普段滅多に地下から上がってこないお前が珍しいじゃないか」


 陛下と呼ばれた男性は資料を机に置き老人の話を聞く姿勢をつくった。

 カーマンと呼ばれた老人は走って来たことによってかいた汗を拭き呼吸を整えた。

 そして一回を大きく深呼吸をして完全に呼吸を整え話し始める。


「実は陛下。陛下のお耳お入れしたいことが先ほど起こりまして」


 カーマンはチラリと女性の方へ目を向ける。


「悪いがティアナ少し外してくれないか? 」


 それを察した男が女性に席を外すよう伝える。女性は顔をしかめたが渋々納得し部屋を出た。


「それで何が起きたんだ? 」


 男はティアナが部屋を出るのを確認しカーマンに尋ねる。


「先ほど国宝の召喚が確認されました」


 その報告を聞き男の眉が少しつりあがった。


「というと新たな担い手が見つかったというのか? 」


 男のその問いにカーマンは首を振る。

「いいえ陛下。担い手が見つかった場合国宝は全てが召喚されます。ですが今回は一振りのみ召喚されました」


「なんだと!! 」


 男は勢いよく立ち上がった。その顔は驚愕の色が濃く浮かんでいた。


「カーマン。お前が言うことは本当なのか?」


 男は興奮気味にカーマンに問い詰める。


「はい陛下。私めが今伝えたことは全て事実でございます」


 それを聞いた男の目からは涙が溢れていた。


「あぁ生きていたのか、生きていてくれたのか我が娘よ。良かった。良かった」


 男は安堵の息をつき再び椅子に座る。


「して、カーマン。召喚された剣は何だったんだ?」


「はい、今回召喚されたのは獅子宮・レオ。闘気を斬撃に変える剣であります」


 男はその答えに顎に手を当て悩む仕草を見せる。


「レオを出したと言うことは目標物が大きかったあるいは接近しすぎると危険な相手と戦っていたということか」


 男は少しの間悩み顔を上げる。


「カーマンご苦労だった。このことは誰にも言わないでくれ。それからグラーダムをこの部屋に呼んでくれ。そしたら仕事に戻ってもらって構わない」


「かしこまりました陛下。すぐにグラーダム将軍をお呼びいたします。それでは失礼致しました」


 カーマンは男に頭を下げ部屋を出た。


────────────────────


 カーマンが部屋を出てしばらくしてノックの音ともに鎧を着た大柄な男が入ってきた。


「陛下、グラーダムです。カーマン殿に言伝を聞きただいま参上しました」


 グラーダムのその態度に王は手を振る。


「今回は私的な用事だグラーダム。陛下はやめてくれ」


 男がそう言うとグラーダム恭しい態度を一転長年付き合ってきた友人への砕けた態度になった。


「お前がそう言うならそうするがどうしたんだレド。王のお前が私的な用で俺を呼ぶなんざ珍しいじゃねえか」


 グラーダムの役職を将軍である。将軍とは軍の全権を握る最高位の役職の1つだ。その将軍に対し王とは言え私的な用事で呼び出すのは珍しいことである。


「グラーダム今から話すことはなるべく人に話さないでくれ。いいか?」


 レドの前置きにグラーダムは頷きながら彼の向かいの席に着く。


「まず先ほどカーマンから『星剣』の召喚の報告を受けた」


 レドのこの言葉にグラーダムの顔は納得の色を見せた。


「だけど召喚は全ての剣じゃない。一振りのみだ」


 だがそのことは予想してなかったのか驚愕の色を見せた。


「な、てことはまさか……」


「ああ多分そのまさかだ。娘が、カーネリアンが生きている可能性がある」


 レドが続けた言葉にグラーダムの顔は歓喜の色を見せた。


「だがまだ可能性だ。そこでだグラーダム。お前に頼みたいことがある聞いてくれるか?」


 レドは真剣な眼差しでグラーダムを見つめる。グラーダムもその眼差しに返すよう同じく真剣な表情に直した。


「任せろ。俺はお前の第一の剣だ。お前が間違えさえしなければ俺はどんな頼みでも聞いてやる」


 グラーダムの返した言葉にレドは嬉しそうな笑みを浮かべた。


「そうか、そう言ってくれるとありがたい。実は秘密裏に娘の捜索隊を出したいと思っている。そこでお前の信用の置ける部下を何名か貸してもらいたい」


「秘密裏なのか?」


「ああ、あくまで秘密裏に進めたい。特にティアナにはバレないようにしてもらいたい。カーネリアンが死んだと聞いた時あいつが1番ショックを受けていたからな」


「確かにな。今もショックから脱しきれなくて仕事をして紛らわしてる感じがするしな」


 グラーダムは納得した表情をする。


「まぁそういうことなら確かにその方がいいな。じゃあ俺の信頼の置ける部下何名かでまず姫さんの生存確認をして生存を確認したら大々的に部隊を引き連れて姫さんを連れ戻すって形でいいのか?」


 グラーダムの提案にレドは頷く。


「ああそれで頼む。くれぐれも慎重に事を運んでくれ。もしかしたら帝国が何かしら介入してるかもしれない。カーネリアンの生存を確認しても下手に接触しないよう気をつけてくれ」


 グラーダムは頷くと立ち上がった。


「それじゃあ俺は早速準備してくるわ。お前も王妃同様仕事で紛らわし気味なんだから少しぐらい安心して休憩しろよ戦争終わってから働き詰めだろ」


 グラーダムはそれだけ言うと部屋を出て行った。


「全く敵わないなお前には」


 レドはポツリとそんなことを零しながら首につけたロケットを開く。中には3人の子供が映る写真が入っていた。


「ルベラ、ガーネット、カーネリアン。良かったお前たち誰1人も失わずに済んで」


 レドはしばらくの間その写真を見ていた。




────────────────────


 ギィィィィ


 そんな音ともに木の扉が開いた。

 そこはとある酒場だ。その酒場には主に傭兵稼業で生計を立ててる者たちが多く集まる。

 そんな酒場に足を踏み入れたのはそれなりに整った身なりをした二十代前半ぐらいの青年だ。


 青年は酒場の中をいくらか見回して探していた人を見つけたのか酒場の奥にある1つのテーブルに近づいていく。


 そのテーブルにはおよそその酒場には似つかわしくない少女が1人座っていた。


 青年はそのテーブルの前に着くとその少女を少し観察する。


 少女の髪はショートカットで少し青みがかっている。目は白銀に近い色で肌は真っ白って程ではないが白く綺麗であった。だが一際異彩を放っているのは少女が着ている服である。少なくともこの世界のものではない上はこの世界の船乗りが着てるような服を黒くしたもので赤いリボンを胸元につけている。そして下はスカートに白いハイソックスを着用している。靴もおおよそこの世界のものとは違うものである。


「ジロジロ見られるのはそれなりに慣れてるからいいけど。あなた何か私に用があるんじゃないの?」


 少女から感情というものが全く感じられないどこか機械的な口調で話しかけられる。

 青年は少し驚いたがそれを顔には出さずいつも話す時に作る笑顔を顔に貼り付ける。


「これは失礼お嬢さん。あなたが可愛らしくてその可愛らしさについ目を奪われてしまいました」


 青年がそう答えると少女は何を思ったのか全く変わらない表情で青年の顔を見る。

 そしてしばらくして

「私に依頼があるならそこに座ってそうじゃないなら1人にして欲しい」

 少女は青年にそう伝える。青年は満足そうに頷くと席についた。


「席につくってことは依頼なのね」


 少女は事務的な口調で確認する。青年はそれに頷く。


「そ、じゃあ依頼内容を教えて」


 少女は変わらず無表情で聞く。


「その前に僕のお話に付き合ってくれないかい? 流れ者ドリフター


 ——流れ者ドリフター この世界における三大ブラックボックスの1つこの世界とは別の世界から流れて来たと本人達は言うがその真意は不明。流れ者ドリフター曰く実年齢よりも若返ったりしてるものが多く中身はいくつかわからないがだいたい外見の年齢は流れて来たばっかの時は13〜18ぐらいの見た目になっている。本人達はどうしてこの世界に来たのかの原因はわかっておらず。判明した範囲ではこの世界の何者かによる召喚か何かしらの現象に巻き込まれた可能性というだけである。流れ者ドリフターは大抵この世界流れ着いた時に何かしらの祝福ギフトに目覚める。——


「私は依頼内容以外は聞くつもりはない」


 少女はキッパリと青年のお話を断る。だが青年は顔に貼り付けた笑みを剥がすことなく

「ちょっとぐらいいいじゃない。傭兵ラピスさんいや、シアン・ギンナミ」

 青年の言葉に少女は初めて驚愕という無以外の表情を見せた。


「どこでそれを」


 少女は見せてしまった表情を即座に無に戻す。


「依頼する相手の情報は先に仕入れるそれは雇う側の人間の必要最低限の常識ですよ」


 青年は貼り付けた笑みをさらに濃く人を嘲笑うようなピエロの笑みを浮かべる。


「まぁ知られたならしょうがない。だが他言はしないでするようなら消す」


 少女は静かにただ静かに強い殺意を向ける。青年はその殺意すらどこ吹く風と受け流す。


「それぐらいはわかってますよ。で、お話に付き合っていただけます?」


 少女は相変わらずの無表情で

「しょうがない話ぐらいは聞く。だけどつまらない話なら依頼は受けない」

 と答える。


 青年はその答えを聞き満足そうに何度か頷き話し始める。


「僕の友人にねレオナード・アインテイルっていう男がいるんですよ。聞いたことあります? 」


 青年の問いかけに少女は頷く。


「傭兵業界では有名。始めたばかりのやつでも一度は耳にするほどの凄腕の傭兵。でもそれがお前と友人なのは信じられないが」


「いやー心外だな。僕そんなに友達少なそうに見えます? これでも結構顔は広いんですけどねー」


 青年は大仰に残念そうな仕草をみせる。


「誰もが知るほどの傭兵がお前みたいな胡散臭い男とつるむ姿を想像することができない」


「なるほどー確かにそうですね。実際彼が僕のことを友人と思っているかどうかは疑わしいですしね。まぁその彼がここ最近消えたって噂は知ってますか? 」


 この問いかけにも少女は頷く。


「確かここ2年前ぱったりと消息を絶ったって話は聞いてる。それと消息を絶つ前に受けた仕事は確かライナード王国とバルレーベン帝国との戦争って話も知ってる」


 少女のこの答えに青年は嬉しそうな笑みをみせる。


「そうですか……そこまで知ってるんですか。それなら話が早い。実はですね、その消息を絶った彼がつい最近やっと見つかったんですよ」


 少女はいつの間にか青年の話を聞き入っていた。


「それでですね、お話はここまででここから依頼の話なりますがよろしいですか? 」


 少女は迷うことなく頷く。


「では、そのレオナード・アインテイルなんですが近々グラム共和国を訪れるそうなんですよ。それでですねラピスさんにはそのレオナード・アインテイルを出来ることなら暗殺無理だったら1週間ほど足止めしてもらいたいんですよ」


 青年の依頼に少女はまたしても驚きの表情を見せてしまった。


「それはまた物騒な依頼」


 少女はもう驚きの表情を隠そうとはしなかった。


「いえいえ彼はもう色々知ってしまいましたからね。そろそろ退場していただかないと」


 青年の見せた別の笑みに少女は背筋に冷水を浴びせられたような感覚に陥った。


「おやおやそんなに怯えないでください。僕はあなたをどうこうするつもりはありませんよ。で、受けてもらえます? 」


 青年はいつの間にか元の笑みに戻していた。そのおかげで少女は張りつめていた緊張を解き依頼について考える余裕ができた。


 そしてしばらくして

「私を雇う場合の報酬はご存知で? 」

 少女が青年に尋ねる。


「えぇ存じております。前金で純度の高い鉱石と火薬、成功報酬として仕事相応の金額ですよね」


 青年の確認に少女は頷く。


「では、前金の鉱石と火薬はこちらでよろしいでしょうか」


 青年が指を鳴らすと大きなトランクが机の上に出現した。青年が慣れた手つきでトランクを開けると半分は鉱石、半分は火薬が大量に詰められていた。


 少女はそれらを確認する。

 そして少女はトランク越しの青年へ頷く。


「では、成功報酬は金貨20枚、銀貨80枚でどうですか? 」


 少女は少し考え込むがトランクへちらりと目をやり頷く。


「では、依頼の件よろしくお願いします」


 青年は立ち上がり少女に握手を求める。

 少女はその手を見て首を振る。


「私は依頼主と握手はしない。代わりにこれを渡す」


 少女は胸のポケットに手を入れ指輪を取り出した。


「これは私が依頼を受けると決めた時に渡す指輪。これをつけた相手はどこへ逃げようとも居場所がわかる。私は依頼が成立した時これを依頼主につけてもらうことで依頼の受理を確認する」


 少女はそう言い青年に指輪を渡す。


「ちなみに一回つければいいからつけたら返してくれ」


 青年は相変わらず笑みを貼り付けながら頷き人差し指に指輪をはめる。そして外して少女に返す。


「ん、これで契約成立だ」


 少女に言われ青年は一礼する。


「それではよろしくお願いします。ラピスさん」


 青年はそれだけ言うと席を立ち酒場を後にした。

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